21世紀に読む「種の起原」

  • みすず書房 (2015年10月23日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (608ページ) / ISBN・EAN: 9784622079361

感想・レビュー・書評

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  • 進化生物学者が『種の起原』の内容を解説した本。筆者はダーウィンの進化論を実際の生物の環境適応のプロセスの中で実証する研究をしており、専門分野の研究者自身が丁寧に説明をしているため、進化論の論理構成やダーウィンが根拠とした事実などがとてもよく分かる。また、その後の研究で分かった進化論を支えるさらなる事実やダーウィンの推論の当否などにも触れられており、進化論について幅広く知ることができる本になっている。

    ダーウィンの進化論は、コペルニクスの地動説やウェゲナーの大陸移動説、アインシュタインの相対性理論などと並んで多くの人にその名を知られる、知名度の高い理論である。また当時の人々の認識を大きく覆す内容であったことや、その理論をもとに新たな発見や広範な科学理論の体系を生んだという点で、科学史に大きな影響を与えた理論である。

    一方で、その内容が誤解されたり、さらには誤用されることも多い。また、進化論を否定する議論も進化論自身の内容を正しく理解した上で展開されているものではないケースが多い。

    進化論をきちんと理解することはそのような落とし穴に陥らないために重要であるし、また本書はそのために最適の本であると感じた。


    筆者によると、『進化論』を著したダーウィンの目標は4つあるという。1つ目は自然淘汰という仕組みを明確に定義すること、2つ目は自然淘汰が種分化を引き起こす仕組みを示すこと、3つ目が進化論を基盤に幅広い理論体系を構築すること、そして4つ目がこの理論に対して予想される論争に対してあらかじめ論陣を張っておくことである。

    『進化論』自体はこれらの要素が入り組んだ形で書かれているため難解と言われることが多いが、筆者はそれらを解きほぐし、先ず自然淘汰、そして種分化についての理論を説明し、その後、進化論から展開される様々な議論を紹介する流れに再構成してくれている。


    ダーウィンが進化論の基盤としたのは自然淘汰というメカニズムである。自然淘汰の仕組みは、生物が次の世代を生むときに変異を起こすということと、その種の個体数を維持するのに必要な数より多くの子孫を生むということから成り立っている。このことから、少しずつ特徴の異なる多くの子孫の間に生存競争が行われ、その中で環境に最もよく適応した個体が生き残るというプロセスが出来上がる。このような形でランダムに発生する変異から一定の傾向を持った子孫が選択されていくことにより、徐々に種の特徴が変化していく。

    ダーウィンは、このような自然淘汰の仕組みを植物の品種改良や動物の家畜化のために人間が行っていた人為淘汰からの類推によって説明している。人工淘汰と自然淘汰の違いは、人工淘汰は人が意図をもって特定の特徴を持つ子孫を選択していくのに対して、自然淘汰における選択はそのような意図を持たず、ただその環境により適応したことが生き残っていくという仕組みであるということだ。

    自然の中で環境に応じた淘汰が働くためには子孫の個体間での競争が必要になるが、そのための仕組みとしてダーウィンは過剰な数の子孫が生まれることによる生存競争のプロセスを挙げている。この仕組みはダーウィンがマルサスの『人口論』を読んだことによって気が付いたものであるという。

    進化という複雑なメカニズムを、創造主の意思や外部からの介入を前提としないかたちで理論づけるために、当時の人々が慣れ親しんでいた技術やすでに知られている理論を利用しながら論を展開していくというダーウィンの手法は、とても印象深かった。


    続いて、自然淘汰が種の分化へとつながっていく仕組みが語られる。種分化という仕組みを説明するにあたってまず重要なのは、「種」とは何かということである。筆者によるとダーウィンは「種がどういうものではないかを立証することに関心があり、種をどう定義するかには、ほとんど気をとめていなかった」という。

    現在の生物学においても、種は1つの明確な基準で定義づけられているものではない。代表的な定義は「互いに交配ができないこと」である。しかしこのような定義は化石の分類には使えない。このような場合DNA塩基配列の分析や身体的な類似性などを用いた種の分類が用いられる。このように、種を定義する方法には幅がある。

    ダーウィンは、種は常に変化の途上にあり、種と種の間の境界線も固定的なものではないと考えていた。生物は世代交代によって変異が生まれるため、多様性の幅を持って生まれる。ダーウィンの考えでは、そのグラデーションのような幅の中から特定の特徴を持ったものが自然淘汰を通じて生き残り、徐々に主として分化していくという。

    また、自然淘汰のプロセスでは比較的形質の類似した変異個体の間での生存競争が激しくなるため、これらの種の間では淘汰が起こる可能性が高い。その結果、グラデーションの幅の中の極端なところに位置したものが生き残ることが多くなる。このようにしてランダムに発生する変異から徐々に種の分化が進んでいく。

    このような仕組みを前提とすると、個体数の多い種や生息域の広い種からは種の分化が起こりやすいことや、多様な種を含む属からは多くの変異と種の分化が起こりやすいといったことが論理的な帰結として導き出されてくる。

    また、自然淘汰の仕組みは元の種が残ったまま新しい種が生まれるのではなく、元の種が徐々に変化して1つまたは複数の新しい種へと変化していくという過程である。このことは、チンパンジーとヒトの共通の祖先がそのいずれとも異なる生物種であることや、多くの生物が進化の過程で絶滅しその後継である種が見つからないといった事実と整合的である。


    ダーウィンは以上のようにして、世代を経た変異の仕組みと自然淘汰から種分化が起こるメカニズムを体系立てた。

    以降の章では、進化論に反対する考えに対する彼の反論や進化論がその後の科学的な発見を含めて他の科学の領域にどのような影響を与えたのかが取り上げられている。

    印象深かったのは、進化論と地質学の関係性である。ダーウィンは非常に幅広い科学知識を持っており、地質学や古生物学の分野でも論文を著すほどの専門性を有していた。そのため、蔓脚類の研究やガラパゴス諸島での観察のような現在生息している生物の観察だけでなく、過去の生物の記録と進化論の関係についても『種の起原』の中で広く言及をしている。

    例えば、化石記録と進化論の整合性についての大きな議論を呼んだのが、進化論では種は漸進的に進化するのに対して、化石記録においては多くの場合に突然多くの種が登場したり絶滅したりしているように見えるという指摘である。

    このことについてダーウィンは、種の分化はその化石が見つかる堆積層が沈積した期間よりもより長い時間をかけて起こる緩慢なプロセスであるため、種がその層に突然発生したように見えるのではないかと推論した。また生物の死骸が化石になる環境は非常にまれであり、また地層による記録もその後の浸食等によって不完全なものになるため、種の段階的な変化の過程を化石から跡付けることは非常に難しいとも考えていた。

    ダーウィンの時代には炭素同位体を用いた年代測定法等は見つけられておらず、ダーウィンが推論できたのは地層やそこに含まれる化石の前後関係までである。現在では地球の歴史はダーウィンの時代に多くの科学者が考えていたよりも大幅に長く、生物の進化も現在の種の多様性を生むのに十分なほど長いということが分かっており、進化論の正しさが実証により補強されていると言える。

    もう一つ地質学と進化論の関係を表している事例として、共通の祖先種を持つ複数の生物種が非常に離れた大陸間で見つかる理由の探求がある。ダーウィンはガラパゴス諸島での研究などから、生物種は非常に離れた距離の間でも移動をすることがあり、また過去に氷河期を通じて多くの陸上生物が陸伝いに移動したという可能性を指摘している。

    これらの根拠は現在でも有効ではあるが、その後発見されたプレートテクトニクスによって、ダーウィンの進化論はさらに補強されることになった。特に南アメリカとアフリカにおける種の祖先の共通性やオーストラリアやニュージーランド、南極大陸を含む南半球の植物館の類似性など、多くのことがこの理論をもとに説明されている。

    その他にもDNA解析やそれを基にした遺伝のメカニズムの解明と進化論の関係なども触れられている。ダーウィンの理論が幅広い学問領域に影響を与え、またその後150年以上をかけて多くの学問と連携しながらその正しさが検証されてきたということがよく分かる。


    本書では各章のテーマに沿って進化論に関する最新の研究や発見も紹介されており、大変興味深かった。筆者自身の研究としては、グッピーの個体群が生息環境の違いによってどれだけ素早く変化するのかを調べたものが紹介されている。具体的には、捕食者の有無によって体の大きさや繁殖開始年齢が変化する速度を研究した結果が紹介されている。

    グッピーが生息する河川では上流と下流で捕食圧が異なり、捕食圧の高いところでは捕食される前に子孫を作るため、体は小さく繁殖開始年齢は早く、また一回に出産する仔魚の数が多い。捕食圧が低いところでは逆の傾向が見られ、これらの群の間に遺伝的な差異も存在する。

    筆者はこれらの個体を異なる捕食圧の環境に移したときに、新しい環境に適応して遺伝的な特徴がどの程度素早く変化するかを調査した。結果として雄の場合4年間、世代にして6~8世代、雌でも7年間の内に顕著な変化が見られたという。この結果は、進化というものが、ダーウィンの想定よりはるかに速く起こりうるということを示しており、生物の種の多様性や環境変化の影響を考える上で非常に示唆的である。

    この他にも、ロンドンの地下鉄に生息するカは、年間を通じて暖かい環境に生息するため、冬季の間も継続して繁殖する形に進化しているなど、われわれが持っている進化の時間軸の印象を覆すような印象的な事例が紹介されている。


    ダーウィンの『進化論』をその理論の展開に沿って丁寧に読み解くことは、進化論についても我々の誤解や理解の不十分さを解消してくれるとともに、科学的な探求や科学理論というものについても大切なことを教えてくれる。

    本書では「理論とは何か」ということについても章を割いて説明しているが、その中で進化論のような理論は単なる憶測ではなく、観察された事実に基づいた論理的な推論であるということが述べられている。そして理論はその後も多くの観察者による検証に耐え、新たな知識や発見をその上に積み上げていくことができる土台となっていくものであるとされている。

    このような理論を構築するため、ダーウィンはまず徹底的に事実を観察し、その上でその事実を合理的に説明するための論理を先入観やこれまでの常識を排して考えた。進化論はそのような観察と思考の上に築かれたものであり、このプロセスを徹底したからこそ、ダーウィンはそれまでの常識や科学界の一般的な見解とは大きく異なるものでありながら、進化論という大きな成果に辿り着いた。

    もう一つダーウィンが偉大だったのは、不都合な事実から目をそらさなかったという点である。それまで支配的であった創造者の存在を前提とする理論では合理的に説明がつかない生物種の絶滅や痕跡器官の存在を、ダーウィンは決して無視することなく自然淘汰のメカニズムに基づく理論体系に組み込んだ。このような理論構築は、後から見れば非常に当たり前のように見えるが、そのような不都合な事実を素直に受け止める姿勢なしでは生まれないものであると思う。

    本書を丁寧に読み込んでいくことによって、ダーウィンが行った観察や理論を組み立てていく道筋を知ることができ、科学的思考の大切さやそのために必要なことを理解することができる。進化論の解説という枠組みに止まらず、非常に有益なことを伝えてくれる本であると感じた。

  • 原著を読むには手間のかかるダーウィン『種の起原』について,当時の時代背景を整理しつつダーウィンを評価し,さらに現代科学からも構築した教科書。

  • 進化論をきちんと勉強したり、当時の状況を把握しながら理解したりするためには大切なのかもしれないが途中で挫折。
    断片的ながら伝わってくるのは生物は神が作ったとはとても考えられないということを様々な事例で遠回しに説明しようとしていること。
    今では自明のことでも、当時の常識を覆す作業がいかに大変で、説明するために苦労するのかは再認識できた。

  • 種の起源の読解本。進化論の勉強用。

  • とかく読破するのは難しいと言われているダーウィンの
    「種の起源」をわかりやすく章ごとに追いかけてくれる。
    現代的な視点からの進化論解説と当時の科学史的背景の説明
    によって苦労すること無く読み進めることができる。

    が、それでも大著なのは間違いない。分量的に読み始める
    にはある程度の覚悟が必要かと。

    本来なら「種の起源」そのものを読み終えてからこの本を
    読むのが正しい姿勢なのだろうが、まぁそこは大目に見て
    下さい(笑)。

    それにしてもダーウィンの観察眼と先見の明には頭が下がる
    思いだ。そしてそれをなかなか受け入れることの出来ない
    宗教的な頑迷さは未だに存在している。

  • 「種の起源」と「資本論」は読んでない引け目がなんとなくある。
    本書は、章単位で種の起源を追いかけて当時の支配的な考え方と現在の最新の研究成果とを解説してくれる大著。
    「種の起源」というタイトルにもかかわらず、ダーウィンは「起源」そのものには触れていない。ケンブリッジ大学の教授は国教会によって任命されていた当時、神による個別創造論に対して、ダーウィンの自然淘汰と種分化から当然推測されるヒトの起源は衝撃が大きすぎると考えたのだろう。
    ケンブリッジの先輩であるニュートンの万有引力のような統一的な理論が生物界でも探求されており、ダーウィンの進化論の射程の広さと深さをもって漸くそれに成功したのである。
    「今日の進化論」という章では、ロンドンの地下鉄で暮らす蚊が種分化が想像以上に早く進む話が紹介されている。ヒトの捕食圧によって絶滅する種があるだけでなく、また進化する種もあるというのは、なんとなく慰めにはなる。

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著者プロフィール

【訳者】 垂水雄二 (たるみ・ゆうじ)
1942年生まれ。出版社勤務を経て翻訳家、科学ジャーナリスト。

「2018年 『利己的な遺伝子 40周年記念版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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