ロラン・バルト 喪の日記 【新装版】

  • みすず書房
4.29
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本棚登録 : 43
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622079774

作品紹介・あらすじ

愛する母アンリエットの死から書き起こされた断章群。「この悲しみをエクリチュールに組みこむこと」バルトが遺した苦悩の刻跡にして懸命の物語。生誕100年。

感想・レビュー・書評

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  •  二十代で出会ったロラン・バルトですが、わかったと得心したことは一度もありません。にもかかわらず、ある種の深情けの網から逃れられず、読み続けていましたが、50を過ぎたころ諦めがついたようです。
     バルトはとっくになくなっていて、思い入れも思い出になった今日この頃、若い友人が「バルトを…」と口にしたことで、はっとして、手に取りました。
     わからなさに角が立たなくなっている自分に気付きました。年を取ったのでしょうか。ロラン・バルトが生きた時間を超えて生きていることに気付いたのが、いちばんの衝撃でした。
     ブログに、本文から少し引用しました。よければどうぞ。
     https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202007030000/

  • ロラン・バルトによる、"喪"の「ツイート」。彼はごく私的に=「鍵垢」で、喪の悲しみについて、つぶやいていた。
    悲しみというのは、いくら言葉にしたところで「ありふれたものでしかない」が、それでも人は、喪失(例えば失恋など)をしては専門垢を作ってツイート=言葉にし、定点を得ようとする。この時の言葉とは何だというのだろう?つまり、何のためにありうるのだろう?悲しみや喪の最中にあって、つねにすでに私は喪失された対象とは同一であり得ず、何者かであること=正体をも喪ったというのに。それでも言葉=エクリチュールは存在する。この時の言葉の力を私は知らない。
    カードに記述されたつぶやき=断章。このあり方は喪のエクリチュールとして、至極正しい。喪とは語り得ぬ何かであり、断章形式に示された空白のーー沈黙なのである。
    もし喪にエクリチュールがあるとすれば、この空白=沈黙こそがそれなのである。
    にもかかわらず、人は・ロラン・バルトは、書く/書いた。悲しみの岸辺遠く離れて言葉の座礁にあっても悲しみも喪失も変わらない。この私の心の楔とするための喪の言葉。弔うことなどできないのである。どれだけ語ろうと、言葉を紡ごうと。
    ただ、悲しみの岸辺遠く離れて、なお悲しいだけである。わりと真剣にいうのだが、おそらく、人が他者を真に愛し始めるのは、喪ってからなのである。すなわち、喪=愛なのではないか。愛とは喪の始まりであり、喪とは愛の始まりなのである。

  • 職業柄、難しい言葉をこねくり回すことで喪をやり過ごそうとしているけど、一番胸に迫るのはシンプルな言葉だ。

    "悲しみに生きること以外はなにも望んでいない。"

  • 一言ひとことの、短く深く捉えた喪失の悲しみが痛いほど伝わってくる。
    生まれ持った洞察力の鋭さが、自身の喪失をより一層えぐるように冷たい言葉を生み出しているが、しかしそれが、その作業を怠らずにいられないバルト自身の喪の作業である。

  • 原題:JOURNAL DE DEUIL 26 Octobre 1977-15 septembre 1979
    著者:Roland Barthes(1915-1980)


    【目次】
    喪の日記 1977年10月26日-1978年6月21日
    日記のつづき 1978年6月24日-1978年10月25日
    (新たなつづき) 1978年10月26日-1979年9月15日
    日付のない断章 
    マムについてのメモ 
    訳註・解説 


    【みすず書房のPR】
    「1978年8月18日
    彼女が臥せっていて、そこで亡くなり、いまはわたしが寝起きをしている部屋のその場所。彼女のベッドの頭部をくっつけてあった壁に、イコンを置いた――信仰からではない――。そこのテーブルの上には、いつも花をかざってある。それゆえに、もう旅をしたくなくなっている。そこにいられるように、けっして花をしおれさせたりしないように、と。」

     最愛の母アンリエットは1977年10月25日に亡くなる。その死は、たんなる悲しみをこえた絶望的な思いをもたらし、残酷な喪のなかで、バルトはカードに日記を書きはじめた。二年近くのあいだに書かれたカードは320枚、バルト自身によって五つに分けられ『喪の日記』と名づけられた。
     とぎれとぎれの言葉が、すこしずつかたちをなして、ひとつの作品の輪郭をえがきはじめるのが日記からかいまみられる。そうして、母の写真をめぐる作品『明るい部屋』が生まれたのだった。
     『喪の日記』は、最晩年のバルトがのこした苦悩の刻跡であり、愛するひとを失った者が「新たな生」をはじめようとする懸命の物語である。そこから浮かびあがってくるのは、言葉で生かされている者が言葉にすがって立ち上がろうとする静やかなすがたなのである。


    【書誌情報】
    四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/304頁
    定価 (本体3,600円+税)
    ISBN 978-4-622-07977-4 C1010
    2015年12月10日発行予定

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著者プロフィール

1915-1980。フランスの批評家・思想家。シェルブールに生まれ、幼年時代をバイヨンヌに過す。パリ大学で古代ギリシア文学を学び、学生の古代劇グループを組織、結核のため1941年から5年間、スイスで療養生活を送りつつ、初めて文芸批評を執筆。戦後はブカレストで図書館勤務、アレクサンドリアでフランス語の講師。帰国後、国立科学研究センター研究員、54年に『零度のエクリチュール』を発表。高等研究員教授を経て、77年からコレージュ・ド・フランス教授。75年に彼自身が分類した段階によれば、(1)サルトル、マルクス、ブレヒトの読解をつうじて生まれた演劇論、『現代社会の神話』(2)ソシュールの読解をつうじて生まれた『記号学の原理』『モードの体系』(3)ソレルス、クリステヴァ、デリダ、ラカンの読解をつうじて生まれた『S/Z』『サド、フーリエ、ロヨラ』『記号の国』(4)ニーチェの読解をつうじて生まれた『テクストの楽しみ』『ロラン・バルトによるロラン・バルト』などの著作がある。そして『恋愛のディスクール・断章』『明るい部屋』を出版したが、その直後、80年2月25日に交通事故に遭い、3月26日に亡くなった。

「2020年 『恋愛のディスクール・断章【新装版】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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