磁力と重力の発見〈3〉近代の始まり

著者 :
  • みすず書房
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本棚登録 : 235
レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622080336

作品紹介・あらすじ

近代物理学成立の真のキーは力概念の確立にある。そこから"遠隔力"概念の形成過程を追跡してきた長い旅は、第3巻でようやく近代科学の誕生に立ち会う。霊魂論・物活論の色彩を色濃く帯びたケプラーや、錬金術に耽っていたニュートン。重力理論を作りあげていったのは彼らであり、近代以降に生き残ったのはケプラー、ニュートン、クーロンの法則である。魔術的な遠隔力は数学的法則に捉えられ、合理化された。壮大な前=科学史の終幕である。

感想・レビュー・書評

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  • 全3巻、なかなか長大

    でも、こんな歴史、めちゃ楽しい
    素晴らしいな
    こんな本が書けたらなー

  • YY3c

  • ウィリアム・ギルバート(1544-1603)
     地球が巨大な磁石であると初めて看破した。実験重視を唱えていたが、その磁石にかかわる実験は先人のものと大きくは異なっていなかった。ギルバートの『磁石論』の新しさは、実験よりも、その結果に与えた解釈、実験からの帰納を越えて(むしろ仮説ありきで)展開した包括的な磁気哲学にあった。例えば、子午線や極を決定する同じ実験からでも、ペレグリヌスは磁針が指すのは天球上の極であると結論づけたが、ギルバートは磁極が地球上にあるとした。両者の違いは仮説と理論の違いだった。
     そのギルバートの仮説は、地動説と深く関連している。アリストテレスの宇宙像では、地球は不活性な土の塊である。慣性原理も角運動量の保存も知られていない時代、地動説をサポートするには、何の力が地球を動かしているかを説明しなければならなかった。ギルバートはそれを磁力に求めた。地球をその磁力ゆえに生命的で霊的なものとする世界観は、アリストテレスや魔術的な伝統に連なるものだった。またギルバートは磁力の定量的な測定も志向していなかった点でも、形而上学的であった。しかし彼の磁気哲学はケプラーに大きな影響を与える。

    ヨハネス・ケプラー(1571-1630)
     チコ・ブラーエの残した観測データをもとに定量的な解析で惑星運動の法則を発見した。コペルニクスの地動説に天体の運動に関する力学を導入することで天文学(それまでは天空の地理学とでも言うべきものだった)を物理学化したと言える。軌道半径と公転周期の関係を説明するために、惑星を動かす動力を太陽の発する力に求めた。ギルバートが唱えていた磁力がその惑星を動かす動力(=重力)であると解釈した。しかし、慣性原理がまだ発見されていなかったので、太陽からの力が竿のように伸びて惑星を捕まえて運ぶという、物活論的な議論から離れられず、惑星運動の原理を整合的に説明できなかった。。ただ、重力の作用・反作用を理解していたし、潮汐の原因も月の「磁力」に求めていたので、万有引力概念にあと一歩まで近づいている。
    →数学的な第1〜3法則からするともっと近代寄りの人のイメージだったが、意外と魔術的。慣性の法則もまだの時代だったとは

    ギルバートとケプラーが磁力をそのまま遠隔力として受け入れると同時に、なお物活論・霊魂論の影響下にあった一方で、スコラ哲学・新プラトン主義・魔術思想にかわる合理的な機械論哲学が17世紀に湧き上がってきた。しかし機械論的自然観は、遠隔力である重力・磁力を説明することには失敗した。

    ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)
     ガリレイの時代には潮汐の原因を月に求める議論が常識だったが、遠隔力を認めるには合理的すぎる精神の持ち主だったガリレイは、それをむりやり大地の運動に求めた。また地球上の物体に働く重力に対しては、物体が「なぜ」落下するかという疑問を退け、「どのように」落下するかという問題に守備範囲を限定した。仮説・論証・実験のプロセスを重視し、自然学から存在論を遠ざけるガリレイの姿勢は近代的だが、地動説の擁護者にもかかわらず天体力学を捉えることに完全に失敗した。

    ルネ・デカルト(1596-1650)
     物質が無性質・不活性・受動的とする機械論はガリレイと同一だが、演繹第一で実験的検証を顧みなかった。力学においては、「慣性の法則」を正しく定式化し、「運動量の保存則」の萌芽的形態を唱えたのは功績。物体間の相互作用を直接的接触による作用だけに限定したので、宇宙空間をエーテルが満たしていると仮定しなければならなかった。惑星運動の渦動仮説。磁力を説明するのには、磁極から磁極へ微細な通孔を通り抜けるネジのような切込みの入った粒子など「つくり話」を拵えた。機械論哲学はその明快さゆえに広く支持されたが、その寿命は短かった。


    その頃イギリスでは、、、

    フランシス・ベーコン(1561-1626)
     『ノヴム・オルガヌム』などで、古代ギリシャの知に対する偏重を否定し、職人や技術者の協働作業による技術の発展を意識した、帰納法にもとづく実験科学を唱えた。実験・観測を行うためには理論的枠組みが必要であることの理解がなかった。さらに質的な自然しか見ておらず、定量的把握に向かわなかったので、その後の数理的な自然科学には直接つながっていない。

     しかしベーコンの自然科学にあっては、熱でも磁石でも運動の様相が暗黙のうちに分類の基軸になっていたので、機械論と折り合いが良かった。イギリスでは機械論がベーコン思想の影響を受けて変質していく。機械論者であっても、デカルトが天下り的に論証しようとした事柄を、実験で検証すべき作業仮説と捉えた。実験により一定温度では気体の圧力と体積が反比例することを確かめたヘンリー・パワー。空気が生命や燃焼をささえていることを実験で確認して、空気中にそれを可能にする原質が存在するとしたロバート・ボイル。

    さらにイギリスでは、ジョン・ウィルキンズを中心に設立された「王立協会」のグループでも磁気哲学が影響を保っていた。

    ロバート・フック(1635-1703)
     機械論者であったが、重力については磁気哲学の考えを受け入れた。デカルトが慣性法則を定式化して以来、惑星公転に必要なのはケプラーが考えた軌道接線方向への推進力でなく、太陽方向に直線運動の軌道を曲げる力だと判明していた。機械論からは宇宙空間に充満する流体物質の圧力差というモデルが考えられ、一方に遠隔力としての重力=「磁力」モデルがあった。フックは、離心率の大きい彗星の太陽周辺の軌道(太陽に向かって直線的に接近するが、太陽の周辺で大きくカーブして直線的に離れていく)の観察から、太陽には引力だけでなく磁石的な斥力もあるのではないかと考えていた。(→うーん、面白い)フックは重力=磁力を証明するために双方の距離変化の測定を試みた。はっきりした結果は出なかったが、力の関数形が同等であるならば双方を同じ力であろうとする推論は、近代物理学的な考え方。フックは天体間の運動理論でニュートンに大きな示唆を与え、万有引力の逆二乗法則も(数学的証明にいたらなかったが)構想していた。

    アイザック・ニュートン(1643-1727)
     神秘的で宗教的な人物(力学より錬金術の研究をしていた期間の方が長い)であったので、遠隔力としての重力を素直に受け入れたふしがある。『プリンキピア』は機械論の大陸では批判にさらされた。しかしニュートンは、機械論のカラクリ的な説明による重力の原因説明を放棄し、数理的にその法則を明らかにすることを自らに任じていたのである。宇宙空間に充満する微細物質の渦動という機械論をニュートンが最終的に否定したのは、数学的にケプラーの第二法則を証明した時だと言う(公転が、動径に垂直な力の成分を持つ微細物質によるならば、第二法則は成り立たない)。数学的な才能で万有引力の逆二乗法則を厳密に数学的に証明(地上物体の落下も、月の周回も、潮汐も、地球の形状も、彗星軌道もただしく計算される!)したが、重力の原因は「神」に求めた。なお、磁力についてはその性質(熱すると失われるなど)から機械論的立場で、重力とは別モノとした。

    さて、あとは磁力の距離変化を正確に測定して、その数学的法則を確定することになる。この最終章はいきなり数学の奔流でぜんぜん分からず。ポイントは、磁石間の引力を測定しようとすると、接する極間の引力だけでなく反対の極の及ぼす引力・斥力も影響するため、形の整った人工磁石を用意したり、配置や大きさの比率もコントロールする必要がある点。これは磁針の回転の度合い(慣性モーメントとか、ここら辺は実験デザインすら理解できず。。。)の場合も同じ。その厄介な仕事をやりとげて逆二乗則を正確に証明したのは、フランスのクーロン(1736-1806)だった。

  • ガリレオはなぜ重力の遠隔作用を否定しながら地動説を信じることができたのだろう。
    コペルニクスが地動説を証明したわけではないように、ギルバートもまた、地球が巨大な磁石であることを証明したわけではない。
    だが、ケプラーはコペルニクスの地動説とギルバートの磁気哲学とティコ・ブラーエの観測結果から惑星運動理論を導くことに成功した。
    ただし、ケプラーが考えたその運動の原因とは、重力ではなく磁力であった。
    そしてニュートンもまた、ガリレオの運動理論とケプラーの法則から万有引力を定式化したが、なぜ重力が生じるかは説明できなかった。

    多くの人間がその肩に乗って立つ過去の巨人たちの中で、非の打ち所のない完璧な理論を作り出せた者はいるだろうか。
    実験をせずに自分の理論を信じたもの、論拠の薄い新しい考えを否定したもの、数値よりも目で見られる経験と感覚に頼るもの。
    昨今ならば老害の一言で片付けられてしまいそうな先人たちは、しかし嘘をついて事実を歪めたわけではない。
    当時の技術では観測不可能な現象は多く、稚拙で曖昧な実験の精度が低いことも多々あった。
    それは後のアインシュタイン、ファインマン、ヒッグスの時代でも変わらない。

    理論や予測が長足に進んでも、事実の観測と認識は段階的にしか進まないのだから、
    今正しく思えることが、後から間違いだと指摘されるのは当然のことだ。
    ならば、あらゆる可能性に備えて何もしないよりも、今ある材料だけで進む方が良い。
    間違った結論にだって、価値があるのだから。

  • 配置場所:摂枚普通図書
    請求記号:423.02||Y||3
    資料ID:50301433

  • 山口先生がこの本についていて話していたことを思い出して購入。

  • 1-1 科学論・科学史

  • 作者の資料収集力には脱帽。
    ただ、古代から近代にかけて偉人といわれる哲学者たちの謬説をすべて読見通すだけの気力が自分にはなかった。
    現代科学登場以前の”自然”哲学というのがいかに不毛なものだったかよく理解できた。
    遠隔力としての重力を認めるのに魔術的下地のあるニュートンが必要とされたというのは納得。所詮科学は、自然の行う魔術を無限後退させているに過ぎない。そこに存在論的なものを持ち込んではいけないのだ。
    そこらへんが宗教と科学の違いの1つだろうか。

  •  大航海時代を経て、ついに磁力と重力の発見の時を迎える第3巻。

     ここでいう「力の発見」という言葉に疑問を感じる方もいるかもしれない。力は日常で感じられるものなのだから、改めて発見するものでもないだろうと。この日常の力には必ず”接触”が伴っている。しかし、太陽と地球、鉄と磁石の間には何もないのだ。この間に力という概念を持ち込むのはかなり難しいと思う。
     ギルバートによる地球磁場の発見とその起源としての生物的地球観は意外な効果を生む。それは、ケプラーによって定式化された天体運動法則が天体の持つ磁場によって引き起こされているという思想であり、もう1つは、卑しい土くれゆえに動かないと考えられていた地球が、生物ゆえに動きうるという、天動説から地動説への転換の原動力としてである。

     ルネサンス時代は、磁力の第一原理として神や自然魔術が持ち込まれた。近代に入ると、そのような思想から脱却するため、自然は微小な機械によって構成される、という機械論が全盛をしめるが、その機械的な仕組みを考案するために、逆に実験的事実がないがしろにされる事態が発生してしまった。
     これは、磁力を扱う理論が自然哲学の範疇に入っていることが大きな原因だと思う。つまり、形而上の問題が重要で、形而下の問題はそれに付随的なものだとみなされてしまうのだろう。

     ケプラー、ガリレイ達の仲介によって出会った自然哲学と数学から近代物理学という胎児が生み出されるのはフック、ニュートンに至ってからである。観測事実に基づき、それを再現しうる数学的定式化を行う。問いの中に、どのような仕組みで起こるのかという疑問を含まない、数理物理学が親元から離れたのだ。この子が親元に戻ってくるには、この時点からしばらくの時を必要とする…

     終着点の都合上、本巻には前巻までと比べて多くの数式が登場する。それも含めて理解しようと考えるならば、大学初等程度の電磁気学の知識を必要とするだろう。しかし、それを除いたとしても、「遠隔力の発見」に至る道筋を知ることができる良作だと思う。

  • 1ヶ月半くらいかかってようやく全3巻を読み終えた。
    率直に言いうとマニアックで、良くいろんな賞を受賞したなぁという感じ。
    誰もが「ニュートンが重力を発見」という言葉に違和感を感じたことがあると思うが、本書を読めばその意味が理解出来る。

    メモ
    ・理解し難い現象と出会ったとき、その現象の原因を考えるよりは緻密なデータを集め解析することが、理解する近道である。
    ・そのとき数学的手段が大いに役立ち、数式化することで物理学の中で位置づけられるようになる。
    (万有引力の公式に理由なんて無いもんね。)

    というわけで、物理学は哲学から切り離されて、WHYでは無くHOWを探求する学問になったんだなぁ、と実感出来る本でした。

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著者プロフィール

1941年、大阪に生まれる。1964年東京大学理学部物理学科卒業。同大学大学院博士課程中退。現在 学校法人駿台予備学校勤務。

「2019年 『現代物理学における決定論と非決定論 [改訳新版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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