天文屋渡世 (大人の本棚)

著者 :
  • みすず書房
3.83
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本棚登録 : 43
感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622080862

作品紹介・あらすじ

天文学者にして文筆家。文学と芸能と山を深く愛し、そこに現れた星々の魅力を飄々たる文章で綴る。『天文台日記』で知られる著者の全貌を伝えるエッセイ集。

感想・レビュー・書評

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  • 科学者が綴るエッセイ・随筆を読むと、毎度のことながら、たおやかな文章には感嘆するばかり。それだけでなく彼らの文学や芸術への造詣の深さについても、いつも感心させられる。
    科学者というのは、元来ロマンチストな人たちなのだろう。彼らの綴る美しい文章からはいつも情緒的な香りが漂ってくるのだから。そしてそこに少しずつ、彼らの個性というものがユーモアや皮肉といったエッセンスとなって、ほどよい加減で注がれる。

    ところが「天文屋」を名乗る石田五郎先生のエッセイは、その注ぎ込まれるエッセンスの加減が少し他の科学者より多目であったように感じた。
    読み手であるわたしで例えるならば、何百人収容できる大きな会場で、満員の聴講者のひとりとして先生の講演を拝聴している……、そんな感じではなくて、大学の少人数のクラスで、先生との距離感が近い授業を受けている学生……、そんな気持ちにさせられるエッセイだったのだ。
    「あ、また先生のいつもの愚痴が始まっちゃったよ……」みたいな?

    それをとても強く思ったのは、清少納言の『枕草子』第254段に対するイチャモン(!?)である。

    「星はすばる、ひこぼし、ゆふづつ。よばひ星少しをかし、尾だになからましかば、まいて」

    「星の中でスッゴクすてきなのはプレアデス星団ね。それに牽牛星アルタイル、金星もきれいだわ。流星はマアマアだけど、あのスッとした尾さえなかったならネエ……」(石田五郎訳)

    その「よばひ星少しをかし、尾だになからましかば、まいて」の部分が、先生にとっては「許すまじ」となる部分だったらしい。
    「冗談ではない。あのスッとした尾が一番すてきなのにネエ!」
    とご立腹なのである。
    確かにわたしも同感である。しかしながら、
    「でもネエ、先生。ちょっとは清少納言の生きた時代を考えてあげてくださいよ」
    と授業を受けていたら反論してたかもしれない。
    平安時代の「流星」は、好きな女のもとへ、恋しいと思い続ける男の魂だけが抜け出して会いに行く姿だったとか。「よばひ星」には婚い・夜這いの名の通りの意味がそこにはあったのだろう。
    だからこそ清少納言は、
    「夜、男の人が好きな女の人の所へ,人にかくれて会いに行くというのに明るい尾っぽなどを引いていては人目に留まるでしょ」
    と言いたかったのだろうと今では説明されている。だから先生、この趣き深さにイチャモンつけないでね。
    それにしても、こういう科学的要素と文学的考えの繋がり方って面白い。

    清少納言のこの文章は他にも数回エッセイに登場する。
    たとえば「なぜ、牽牛星のみを文章にあげ、織女星、それにもまして、両星の間を流れる美しい天の川を落としたのか。」
    先生は、「ただ韻律的に気に入ったものをピックアップしただけならば、なんて教養をハナにかけた人だろう。紫式部の彼女に対する悪口にまったく同感である。」という具合だ。
    さらにそこからヒートアップしたのか先生は、まさに今、紫式部に同調したくせに(失礼、……されたのに)、なぜ『源氏物語』に「七夕」の章がないのか、「星に関していえば紫式部も同列ではないか」と文句を言う。これは八つ当たりというものではないですか、先生。作家・紫式部もとばっちりである。 

    さらにさらに同じく『枕草子』の
    「月は有明の東の山ぎはに細くて出づるほど、いとあはれなり」
    では、有明月と宵月の同じ眉月でありながら、宵月の月並みさを嫌った清少納言を「へそ曲がり」などと書いている。
    しかしながら先生は、そのあとにその清少納言のへそ曲がりぶりを「まことに天晴れ」と続けるのだから。わたしからしたら、石田先生もかなりのへそ曲がりぶりだと思うのだけれど。

    いやはや、どうしても清少納言は石田先生にとって無視できない存在なのかもしれないな。
    そんな感じで、なかなか偏屈な教授の授業を受けたような思いで読み終えた。
    けれど、ふとした瞬間に思い出すのは、きっとこんな先生の言葉なんだろう。

    最後にフォローってわけでもないが、野尻抱影先生に捧げられたこの本は、石田先生の魅力がたくさん詰まっている。
    山口誓子の句や愛する山の話、歌舞伎など芸能の話、もちろん星空の話が散りばめられていて大変面白いエッセイ集だった。

    • トミーさん
      地球っ子さん

      おはようございます。実に面白いレビューです。門外漢の自分もぜひ読んでみたいと思いました。

      地球っ子さんの意味が少しわかりま...
      地球っ子さん

      おはようございます。実に面白いレビューです。門外漢の自分もぜひ読んでみたいと思いました。

      地球っ子さんの意味が少しわかりました。ふんふん。天文と、文学なんて!ウぁお。
      2021/03/30
    • 地球っこさん
      トミーさん、こんにちは。

      あはは、わたしも科学分野は全くわかりません。
      興味はあるのですけど、専門的なものは眠たくなります……

      ...
      トミーさん、こんにちは。

      あはは、わたしも科学分野は全くわかりません。
      興味はあるのですけど、専門的なものは眠たくなります……

      でも、科学者さんたちのエッセイや随筆はけっこう好きなんですよね(*^^*)
      まあ、わたしがつい注目してしまうところは、たぶん著者さんたちが「え、そこ!?」と思っておられるようなところだと思うんですけど 笑

      名前の意味ですかー。
      そうですね、天体とか星とかすぐロマンチックに感じてしまうんですよね。
      天体のなかでは、地球と土星が好きかな。
      土星の輪っかって、なんかいい感じ 笑
      2021/03/30
  • 幸福書房にて購入

  • 「星を見るのが好き」な文学少女の気持ちをよくわかってらっしゃる。という感想。
    天文学の専門家だけれど、ムズカシイことは抜きにして星々のロマンを語って下さってる。薄めだけどゆっくり読める。

  • 中公文庫の「天文台日記」が面白かったので本書を手に取った。東大岡山天文台に24年間勤務した天文学者なので星、星座、岡山、星の先達の野尻抱影等の随筆が主なのは当然だが、山の話題、若き日の恋愛、歌舞伎、能狂言、クラシック等の話題も有りその幅の広さと質の高さに驚かされる。理系、文系を軽々と乗り越える教養の高さはやはり旧制中学、高校教育の賜物なのか。

  • みすず書房の大人の本棚シリーズに新しい本が仲間入り。天文学者にして優れた教養人でもあったエッセイスト・石田五郎のこの作品である。1988年に筑摩書房から刊行されたものを改めて復刻したものだ。星と文学と古典芸能を織り交ぜたエッセイの珠玉のような数々。若き日の淡い片思いには、シューベルトの歌曲と共に夜空を仰いだ際の星・みなみうお座のフォーマルハウトの輝きが寄り添っている。単なる趣味人ではない、ユーモアに満ちた文才を持つこのような天文学者いや天文屋が日本にいたことに嬉しさを覚える。

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著者プロフィール

一九二四年、東京生まれ。東京帝国大学理学部天文学科卒。一九四九年東京大学助手、一九六四年助教授、一九八四年教授を歴任し、同年四月退官。この間、三鷹天文台に一年、麻布狸穴の天文学教室に九年、岡山天体物理観測所に二四年を過す。一九八六年東洋大学教授に就任。一九九二年没。著書に『星の歳時記』『天文屋渡世』など。

「2019年 『星の文人 野尻抱影伝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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