自由人の暮らし方 池内紀の仕事場 (4)

  • みすず書房 (2005年2月14日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784622081340

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  • ポルトレというものがある。「人物素描」とでも言えばいいのか、対象とする人物の人格や気質、行為等をさらっとなぞってみせる17世紀フランスに始まる文学技法である。本格的な評伝ではないが、さりとてただの解説といってすませるには読みでのあるものばかりを集めた「ポルトレ」集である。池内先生ならではの選択眼で選び抜かれた、いずれ劣らぬ自由人が十人余り。

    素白先生、野尻抱影、内田百閒、吉田健一、長谷川四郎、小林太市郎、辻まこと、ガレッティ先生、リヒテンベルク、チェーホフ、フリーデル……。有名な人もいれば、知る人ぞ知るという人もいる。今までにこれらの人々の書いたものをいくつか読み、それらを愛でることのできる人なら、これ以上拙文を読む必要はない。逆にほとんど無縁という人にもまた、読んでいただく意味がない。それほど、読者を選ぶ人選ではなかろうか。

    「いつのころにか遭遇し、なぜかこころ惹かれ、印象深く読み、あの箇所、このくだりをそらんじたように覚えてしまった。」そう、これらの人々は池内先生が、これまでにその著作を愛読してきた人々で、「文学として読んだはずだが、いつしか文学以上のものになった」存在なのである。人がそこまで愛することのできる人々である。そこには何か共通するものが何かあるにちがいない。それについて述べた著者の文章を引用する。

    「共通して敏感な神経と鋭い感性をそなえていた。とともに、それをつつみこむ何かをもち、独特のスタイルで文をつづった。いずれにも決して酔わない精神があった。まるきり初めてのように世界を見る眼差し。集団や組織によらず、孤独を好み、さりげなく他人を吟味して厳しく世間を裁断した。その批評眼は、たえず学習することから生み出されていたような気がする。さいわいにもこのタイプは、しかつめらしいお説教をしない。意味ありげな訓戒をたれたりもしない。木の葉のように軽妙で、生得のユーモアをもち、風にしなる枝のようにやわらかい。」

    内田百閒、吉田健一、長谷川四郎、辻まこと。乏しい読書経験の裡でその文学と人となりについて何ほどかの知識を有するのはこの四人に限られる。池内先生ほどではないが、私もまた、この人たちの書くものに心惹かれつづけてきた。その人たちの文章を好む理由をこのように明確に整理されると目の前の霧が晴れるような気がする。まことにその通りとしか言いようがない。

    それぞれの書かれた文章からの適切な引用、豊富な逸話は先生自家薬籠中のものであろう、いかにも軽妙で、ユーモアに満ち、やわらかい。特に教授会にも学界にも出席しない自己韜晦者でありながら梅原猛をして「明治以後の日本の美学者の中でもっともすぐれた美学者」と言わしめた小林太市郎を扱った章が秀逸。

    春画の名手で「芸術のすべてのジャンルにわたり、エロスの効用をみてとる小林芸術理論」の一端が紹介されているが、京都というブルジョアの街が育んだ人物のポルトレは豪奢にして快活。その末尾の文にいわく「こんにちわが国にブルジョワが存在するかどうか、すこぶる疑わしい。金持ちはどっさりいるが、それは要するに金を儲けただけである」と。よくぞ言ったり。読後、気が清々する名著である。

    なお、フリーデルと辻まことについては、本格的な評伝から半分近くの章を抜き出し、あらたに編んだものである。前者は『道化のような歴史家の肖像』、後者は『見知らぬオトカム』。いずれも、みすず書房から出ている。

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著者プロフィール

1940年、兵庫県姫路市生まれ。
ドイツ文学者・エッセイスト。
主な著書に
『ゲーテさんこんばんは』(桑原武夫学芸賞)、
『海山のあいだ』(講談社エッセイ賞)、
『恩地孝四郎 一つの伝記』(読売文学賞)など。
訳書に
『カフカ小説全集』(全6巻、日本翻訳文化賞)、
『ファウスト』(毎日出版文化賞)など。

「2019年 『ことば事始め』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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