天皇の逝く国で[増補版] (始まりの本)

制作 : 大島 かおり 
  • みすず書房
4.22
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本棚登録 : 43
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622083436

作品紹介・あらすじ

「この社会で差しだすご褒美に膝を屈するのを拒んでいる」-「自粛」「常識」という社会の抑圧に、抵抗できるか。全米図書賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 原題:In the realm of a dying emperor: Japan at Century’s End (1991)
    著者:Norma Field


    【目次】
    はじめに [v-vii]
     
    「哀のパラドックス」(詩) 宗秋月 [003-005]

    プロローグ 007
    I 沖縄  スーパーマーケット経営者 039
    II 山口  ふつうの女 129
    III 長崎  市長 213
    エピローグ 329

    後記 ジャパン・バッシングについて(一九九二年二月) [339-345]
    日本語版へのあとがき(一九九四年一月 シカゴにて) [346-349]
    あれから二十年余 増補版へのあとがき(二〇一一年一〇月三日) [351-384]

  • これは大事な本だ。今の、日本で、読むべき本ではなかったか。

  • 130519 中央図書館

    著者は、シカゴ大の日本文学教授。<span style='color:#ff0000;'>終戦直後の1946年、来日していた米軍の軍属の父と日本人の母の間に生まれた</span>「混血児」で、大学に入るまで日本で過ごした。

    著者が中年になる頃に、昭和天皇の崩御が迫った。日本でも<span style='color:#ff0000;'>近代史の中での天皇の役割が再検討されたり、逆に天皇への「畏れ」の蘇りが議論</span>となっていた。このとき著者は、子供らとともに日本に1年間帰省し、日本人の祖母、母と暮らしながら、近代日本が、国として形をなすにあたって、どのような精神的折伏をその内部に強いたのかを照らし出すために、象徴的なインタビューを行い、エッセーとしてまとめた。取材したのは、普通の日本人であるが、少しだけ他の日本人と異なる苦しみを背負ってきた3人である。<span style='color:#0000ff;'>沖縄国体で国旗を燃やした沖縄の人、自衛隊で殉職した夫の護国神社への合祀に疑問の声をあげる山口の人、議会で天皇の戦争責任に言及した長崎市長</span>。

    シンプルに言えば、<span style='color:#ff0000;'>日本が沖縄を包摂していることの内部軋轢、自衛隊という組織にまつわる矛盾、キリスト教と日本の「軍国主義」の相性の悪さ</span>、ということを読者に考えさせる本である、といえる。

    著者は、普通の日本人から見ればやはり<span style='color:#ff0000;'>エトランゼ</span>であり、本書でのスタンスも、現在の日本人の大多数が天皇制や昭和史について普通に感じているものとは微妙に異なっているだろう。しかし、本書がベストセラーにもなったことを思うと、<span style='color:#ff0000;'>日本の中だけ見ていては気付かないこの国の空気</span>について、国際社会ではこの本で提示されたような見方がもっともおさまりが良いのではないか、ということに留意する必要がある。

  • アメリカ人の父、日本人の母を持つ著者が、昭和末期の日本で「天皇制」に関係する言動を起こした3人の人々を訪ねて記した本。
    沖縄国体で日の丸を燃やした知花昌一、自衛隊だった亡夫の靖国神社合祀に対して訴訟を起こした中谷康子、天皇の戦争責任に言及した長崎市長本島等。3人へのインタビューだけでなく、道中の様子や筆者自身の生い立ちや思想、そして昭和天皇が病に倒れてからの日本の空気感も丁寧に描かれています。
    3人の言葉に共通するのは、世間からの注目とは似つかわしくない「普通の人」らしさと細やかさ。そして、そういう人が己の主張を述べた途端、良くも悪くも─多くは悪い方へ─甚大な注目を集めてしまう、裏を返せば声をあげる人の少ない、日本の様子。それは二十余年経った現在でも、さして変わらないように感じられます。
    3人、そして筆者の考えに全面的に賛同するものではないけれど、何を賭しても声をあげ続けることの難しさと尊さに、上手く言えないけど感じるものがたくさんありました。
    時間をおいてもう一度読みたい一冊です。

  • 回送先:府中市立新町図書館

    94年に刊行された同名書籍の増補分を含めて「始まりの書」シリーズの一冊として刊行。事実上の復刊に当たる。

    89年に死去したヒロヒトと「過ぎ去らない戦後(あるいは過ぎ去らない記憶)」の問題について論じる書籍はたくさんあるが、本書が復刊までにいたったのは、その出発点が「祖母のくに(=祖母の郷里)」と「日本という国民国家」との同一化をしなければならないのかという個人的でありつつも公共的でもある問いだからであろう。確かに増補箇所であるように「表面的にしか知らなかった」がために、その表面さから自らが投げかける「質問」の文言にあとから「顔から火が出る」のもわからなくはないが、しかし「原因はこれだ」(あるいは「これによってこうなった」という幼稚なルサンチマンの表明)と断定するだけの書籍と見比べて、本書は「顔から火が出てしまったこと」を率直に認め、それから何を得たのかについてもキチンと加筆されている。書きっぱなしで終わったのではなかったのである。

    「権威」や「同意」によって翻弄された格好の言の葉のみを選り好みするのではなく、単語(あるいは文字ひとつひとつ)を真摯に紡ぐことの責任を、さりげなく投げかけられたような読後感をもっている。

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著者プロフィール

一九四七年、東京に生まれる。アメリカン・スクール卒業後、アメリカ・プリンマー大学へ進む。一九八三年プリンストン大学で博士号取得。
現在、シカゴ大学人文学部東アジア言語文化学科長。
著書
『天皇の逝く国で』『祖母のくに』『へんな子じゃないもん』(みすず書房)

「2007年 『平和の種をはこぶ風になれ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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