ポチョムキン都市

  • みすず書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622085676

作品紹介・あらすじ

「ポチョムキン村を知らない者がいるだろうか? 抜け目なく立ちまわる女帝エカチェリーナの寵臣ポチョムキンがウクライナにつくった村のことである。布と厚紙でできたこの村は、女帝陛下の目を楽しませるために荒野をみごとな風景に変えるという使命を負っていた。だが、ほんとうに村々を全部まるごと変える必要があったのだろうか?
これから語ろうしている〈ポチョムキン都市〉とは、じつはわが愛すべきウィーンのことである。リングシュトラーセをぶらつくと、いつもこんな感情にとらわれる。現代のポチョムキンがこの町を歩く人々に〈じつに洗練された町に来たものだ〉と思いこませようとしているのではないかと」

「私は平面図も立面図も断面図もつくらない。空間をつくるのです」。世紀末に出現した書割都市ウィーンを痛烈に批判した表題作をはじめ、近代建築史上最大の躓きの石にしてラウムプランの提唱者がロースハウス、ミュラー邸、シカゴ・トリビューン本社ビル競技案、グランドホテル・バビロン計画案ほか自作について、オットー・ワーグナー、ヨーゼフ・ホフマンほか同時代の建築家について、さらには家具・工芸品、絵画・映画、モード・立ち居ふるまいにいたるまでジャンルをこえ縦横無尽に語った全45篇(本邦初訳38篇)。日本独自編集によるロース「第三の書」。解題・鈴木了二。図版多数収録。

著者プロフィール

オーストリアの建築家。1870年、モラヴィア地方ブルノ市(現チェコ共和国)に生まれる。ドレスデン工科大学で学び、1893年より3年間アメリカに滞在。帰国後ウィーンで建築家としてキャリアを積むかたわら種々の新聞・雑誌に多くの批評を寄稿。1922-28年、パリに拠点を移すも晩年はふたたびウィーンに戻って活動を続けた。1933年没。作品「カフェ・ムゼウム」(ウィーン1899)「アメリカン・バー」(別称「ケルントナー・バー」、同1908)「シュタイナー邸」(同1910)「ミヒャエル広場に建つ建築」(通称「ロースハウス」、同1911)「ショイ邸」(同1912)「ホーナー邸」(同1912)「ルーファー邸」(同1922)「トリスタン・ツァラ邸」(パリ1926)「モラー邸」(ウィーン1928)「ミュラー邸」(プラハ1930)ほか。

「2017年 『ポチョムキン都市』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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