タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源

制作 : 夏目 大 
  • みすず書房
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本棚登録 : 526
レビュー : 39
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622087571

作品紹介・あらすじ

■ 進化は「まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくった」。一つはヒトや鳥類を含む脊索動物、そしてもう一つがタコやコウイカを含む頭足類だ。練達のダイバーでもある著者によれば、「頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、異世界の知的生命体に出会うことに最も近い体験だろう」。私たちとはまったく異なる心/内面/知性と呼ぶべきものを、彼らはもっている。本書は頭足類の心と私たちの心の本性を合わせ鏡で覗き込む本だ。
■ 海で生まれた単細胞生物から、現生のタコやイカへの進化の道筋を一歩ずつたどれば、そこには神経系の発達や、感覚‐行動ループの起源、「主観的経験」の起源があり、それは主体的に感じる能力や意識の覚醒につながっている。「タコになったらどんな気分か」という問題の中には、そもそも心とは何か、物理的な身体とどう関係するのかを解き明かす手がかりが詰まっている。
■ 知能の高さゆえのお茶目な行動や、急速な老化と死の謎など、知れば知るほど頭足類の生態はファンタスティック。さらに著者が通う「オクトポリス」(タコが集住する場所)では、タコたちが社会性の片鱗を示しはじめているという。味わい深く、驚きに満ちた一冊。

【海外レビューより】
エキサイティング、ドラマティック、鮮烈で、目から鱗。あっと驚くような見方やスリリングな可能性に満ちている。……すべてのナチュラリスト、すべてのダイバー、そして人間以外の生物がどんな「経験」をしているかに思いをめぐらせたことのあるすべての人の思考を刺激して、愉しませてくれる本。つまりは、誰もがこの本を読んでほしい──それによって、この地球と海を私たちと共有する他の動物と、もっと複雑で相互に思いやりのある関係を結びたいという気持ちを誰もがもつように。
──サイ・モンゴメリー(『愛しのオクトパス』著者)

本書の哲学は海の岩礁の上、砂の中で始まり、じわりじわりと上方へ、高度な抽象概念へと這い上がっていく。こんなふうにボトムアップで哲学ができるとは。哲学はいつもこうあるべきだ。
──チャールズ・フォスター、『リテラリー・レビュー』誌

38億年前の単細胞生物に始まり、頭足類の意識の覚醒と発達へと至る壮大な旅路をたどる本。
──ダミアン・ホイットワース、『タイムズ』誌(ロンドン)

感想・レビュー・書評

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  • 動物のなかで「知性」が発達しているのは、人間を含む哺乳類、鳥類などいわゆる脊椎動物だと思っていたら、軟体動物のタコやイカが実はかなり高い「知性」をもっているらしいという本。

    たとえば、タコを研究で飼育していると、人間の個別の違いを区分しているみたいで、「嫌い」な研究者には、水槽から水をかけたりするらしい。あと「好奇心」があるみたいで、直接、食べたり、生存にはかかわらないことでも、なにか新しいものがあると、それがなんなのか知りたくなっちゃうらしい。

    なぜ、そんなことになっているのだろうか、進化論とか、観察と実験、他の動物との比較などを通じて、探求していく。

    ちなみに著者は科学者ではなくて、哲学者。

    人間とは全く異なる「心」が存在することをしることで、人間の心をより理解しようというところにゴールはある。

    といっても、そんなに哲学的にはならなくて、基本、一般むけの科学書として書かれていて、読みやすい。

  • タコ・イカの生態が続いたあと、気づくといつの間にか意識に関する本になっていた、感じられる。タコを通じて、意識を考えさせられる。タコにとって、興味とはどのようなものなのだろうか。

  • ずいぶん前に読んだのだけれど、あらためてじっくり読んだので。

    まず、表紙勝ちの訳書だと思う。原題のメインタイトル部分に「タコ」を入れ込んだ邦題、華麗に足をぐるぐる巻いた博物画の装丁。これにそそられない読書好きはなかなかいない。しかも、著者は哲学の研究者。どうしてタコなんだ。ただタコが好きなだけなのか、タコには哲学上の大きな命題を解く鍵が何かあるのか、という引っかかりもこの本を読む理由としては十分である。

    哲学の分野においては「精神と物質の関係」は積年の研究テーマであり、感覚、知性、意識というものが物質からいかに生じるかという筆者の興味の対象にタコ(とイカ、つまり頭足類)が選ばれ、その進化が各種の研究を紹介しながら追いかけられていく。観察対象となったタコやイカの様子がリアルに、しかも親しみをもって語られるのはチャーミングだし、彼らの寿命の問題で、警戒心をそれほど抱かれなくなった個体とのつきあいがあまり長く続かない、あるいは研究期間を長く取れないというところにはほんのりとした哀しみが漂う。

    日本の読者の大部分にとって、タコは「生前には彼らもいろいろ考えているかもしれない」という思いがよぎるものの、最終的には唐揚げや煮つけや刺身の食材なので、そこまで突っ込んで考えることはないと思われる。だがそこに、「タコ・イカを切り口に、ここまで地球上の生物の進化を考えられるのか(生物学の研究では常識かもしれないが)」と見せつける面白みが圧倒的。紹介される学術的知見に圧倒されつつも、頭足類への思い入れが暑苦しくないのは、筆者のスタンスにあることはもちろん、訳文の適切さにあるのだと思う。

    巻末の原注・索引もしっかりとしており、基本的には研究書。でも、カンブリア紀のバージェス古生物群を扱ったスティーヴン・ジェイ・グールド『ワンダフル・ライフ』のような、サイエンス・ノンフィクション寄りの読み物、ハラルト・シュテンプケ『鼻行類』やレオ・レオーニ『平行植物』などの博物学的海外文学に親しまれるかたにもお勧めできる作品。

    ※ 本年の日本翻訳大賞にも推薦した作品なので、同賞に寄せた自分の推薦文をアレンジしたため、重複している部分があります。

  • 生物哲学・科学哲学界の雄にしてインテリジェント・デザイン批判の急先鋒の手による、タコを題材とした「意識の起源」論。意外にも著者の邦訳は本書が初と見える。著者はダーウィン的進化の過程そのものが複数の経路の競争により選別されたものであること、即ちダーウィン的な自然淘汰の産物であることを示す「ダーウィン的空間」の提唱で知られる。本書も直線的でなく複線的に、単発的でなく多発的に進化を捉えるアプローチのもと考察が進められる。曰く「進化が心を二度作った」と。

    ダイビングを趣味とする著者はタコを観察するうち、彼らに「心がある」との抜き難い印象を抱く。そしてその「心」を「主観的経験(自分の存在を自分で感じること)」と一旦定義した上で、いかにそれが生じたかを生物史学的な観点から考察して行く。

    この「主観的経験」の本書での語用は、通常「意識」という言葉でカバーされるよりはやや広義の概念を指しているようだ。高度な記憶機構をもつ人間のような高等生物が現れる前から動物に備わっており、「意識」では捕捉されない無意識の領域も含む、ある種の「気分」のようなものと説明されている。この「主観的経験」は、エディアカラ・カンブリア紀の生物群の相互影響に関する考察から、身体外部に起因するなんらかの変調(e.g. 痛み、快楽)に対する反応の結果生じたものと著者はみる。だとすればその経路を単路に限定する必然性は見出し難く、少なくとも脊椎、節足そして軟体動物それぞれに一度以上ずつ生じたのが現在の生物界の姿であるはず、と主張するのだ。

    この「主観的経験」の発生メカニズムを考察する第6章が面白い。カンブリア紀以降、自分の内部における情報コミュニケーションと、自分と外部とのそれを区別する必要が生じた。そこで「自分用のメモ」として機能する「遠心性コピー(意図した行動を脳内に保持しておき実際の行動と照合する)」が用意され、これを利用することで自分の知覚と行動を媒介する受容と生成のフィードバックシステム「再求心性ループ」が形成される。これが無数に集まって複雑な意識の主体が形成されているというのが著者の主張だ。この点、タコは大規模な神経系や複雑な身体構造を持っており、豊かな主観的経験を蓄積する主体としての資格を十分有する、ということなのだろう。

    本題と関連性の薄いエセー的な記述も多く、必ずしも意識論にのみフォーカスした本とは言い難いかもしれないが、逆に例えばタコの死を描写する箇所など、時折顔を出す叙情的な記述が良いアクセントとなっていると思う。また巻末の訳者あとがきも一読を。「タコ様生物」と「通常単数で用いられる単語の複数形」から、H.G.ウェルズの「宇宙戦争」を連想する訳者の発想力に驚かされる。

  • サルに心があるとか、カラスに高度な知能があるとかいう話を聞くと、それなりに感心はするけれど、ものすごく驚くというほどではない。彼らはヒトと近縁で、脳の構造もヒトと似ている。サルに心があるとしたら、おそらく私たちヒトの心と似たようなもので、同じ起源をもっているものだろうと想像できる。
    だが、タコに心(らしきもの)があり、ヒトと心を通わせることができるとなると話は別だ。ヒトとタコは進化の歴史上、約6億年前に袂を分かったとされる。その頃の動物はやっと原始的な目を持ち始めたという程度で、単純な体をしており、神経細胞は一応持っていたらしいが脳はなかった。ヒトとタコの共通祖先に心はまだ無かったのだ。だから、タコに心があるとすれば、それはヒトの心とは異なる起源を持ち、別個に生じたということになる。「進化はまったく違う経路で心を少なくとも二度、つくった」のだ。

    ヒトの心は進化の副産物に過ぎないという考え方があるという。大きな脳と複雑な神経系、それによって可能となる洗練された行動や高度な知能こそが主産物であって、心はそれに付随して生じた偶然の産物だというのだ。
    だが、もしタコに心があるならどうだろう?歴史も環境も身体の構造も共有していない2つの生き物が、心と呼ぶべき類似した精神活動を共におこなっているとしたら?それは、心というものが偶然の産物などではなく、進化の歴史の中で必然的に生まれたものだということの傍証になるのではないか。そんな想像を掻き立てられる。


    本書ではまず、タコが心を持っていると思わせるような行動をとることが紹介される。また、ヒトとタコが進化上かけ離れた存在であることを示し、全く異なる生き物である両者が「心を通わせる」ことができる不思議さについて触れている。そして、その後の数章では、生物の進化の歴史を数億年の単位で遡り、心の起源について探っていく。
    ヒトとタコは何もかも違うと言って良いほど違っている。たとえばタコは原口動物で、ヒトは新口動物だ、というレベルで違う。神経系について言えば、タコにも脳と呼べる構造はあるが、脳とそれ以外の神経系にヒトほど明確な境界線はない。また、驚くべきことに、消化管が脳の中を突き抜けるような体の構造をしているという。しかも、「中央集権的」なヒトの脳と異なり、タコは脳よりもむしろ8本の腕に神経が多く分布しているらしい。
    進化について述べられている章では、この分野における著者の造詣の深さに驚嘆させられる。著者の専門は哲学というからびっくりだ。進化生物学者だと言われても違和感がない。最近の論文も引用されており、その分野が現在進行形で研究されていることが良く分かる。ただ、この進化に関する数章は、ヒトとタコの心の違いを考えるという本書の主題からはやや脱線する部分もある。もし退屈に感じたら、最後の2章を先に読んでもいいかもしれない。この2章に、タコの持つ心の不思議さが凝縮されていると思うからだ。
    第7章「圧縮された経験」では、なんとタコの寿命がわずか2年ほどだということが説明される。それだけの期間で心を発達させることができるのも興味深いが、それ以前の問題として、そもそもそのような短い寿命の生物で心や知能が進化しうるのか、という問題がある。複雑な神経系は、経験や学習を蓄積させるほど能力を発揮できるので、基本的に寿命が長いほど価値を持つ。一方で、脳が大食いの器官と評されるように、神経は「維持費」が多くかかる。2年という短い期間では、複雑な神経系は、メリットよりもコストの方が大きくなってしまうように思われる。それにもかかわらず、なぜこれほどの高度な神経が進化したのか。
    最後の章「オクトポリス」では、頭足類の心について、より詳細に触れられている。タコとイカは頭足類に分類される近縁の動物だが、それぞれの高い知能が独立に進化した可能性があるという。また、頭足類にもエピソード様記憶という、ヒトと同様の記憶の能力があるという。心は、進化の歴史の中で、二度どころかもっと多くの回数生まれた可能性があるのだ。全く異なる起源をもち、異なる構造をしているにも関わらず、似た心や知能を持つに至ったのであれば、それは心にも収斂進化が起こっていると言ってもよいのではないか。
    最後の訳者あとがきも素晴らしい。本書の原題はOther Mindsだが、これがMind"s"と複数形になっていることの意味について書かれている。

    タコという不思議な動物についてよく知ることができるだけでなく、タコを通して私たちヒトの心について考えることができる本。面白かった。進化や、私たちの心がどこから来るのか、ということについて興味のある人は楽しめるのではないかなと思います。

  • オーストラリアの海底にタコのコロニーのような場所を見つけ、そこを観察している筆者がタコとイカ、いわゆる頭足類の魅力的な生態について語った本。
    脊椎動物が全身の神経を脳に結びつけ、中央集権的に身体をコントロールするのに対し、無脊椎動物であり、軟体動物である頭足類は例えば、吸盤には多種多用な感覚器があるにもかかわらず、必ずしも脳にそれらの神経が集約されず、個々に独立して動いているかのように思われる。
    また、タコは頻繁に様々な色に体色を変化させる複雑な皮膚の構造を持っているにもかかわらず、視覚には複数の色を識別できる能力がないため、自分の色の変化を自分では識別できない。それなのになぜタコはあんなに見事な擬態ができるのか?
    興味深い生態や謎が提示されるのだが、それが解明されているわけではないので、謎の提示だけで終わってしまい、さらに後半は話題が尽きて少し息切れしている感じも、否めない。
    前半が面白いだけに、惜しい。

  • 前半は面白いんだけど、後半は失速

    事実は小説より奇なり
    最終的な結論に至れていないのであれば、タコやイカの観測事実をもう少し詳しく話して欲しい
    そこから驚きが得られればよいのでは

    著者がそれに驚いた様子や驚いて抱いた発想などは、最後にちょっとまとめてくれればいい
    著者も人なので、タコの異世界感に比べて著者の解釈のなんと人間ぽいこと、と、胡散臭くなること多数

    そのあたりが、著者が科学者でなくて哲学者なのでそんなもんか

    後半、前半と同じ話をまぜっかえしたり、なんとも整理が中途半端でもある
    単に、結論はまだ調査中、みたいな

    意識の思索の怪しさに対して観察や観察に基づく洞察はみずみずしい

    心身問題、人間のものが解決してないので、結論はまだまだ先

    タコのを知ることから人を知ることもできるかもしれないが、そんなに昔に分岐したタコに人を投影しすぎるのも怪しい

  • タコの心身問題を扱いながら、実は論じているのはヒトの心身問題。海深く潜り、オクトポリスくんだりまで遠出しても、けっきょくそこで出会うのは自分自身。どこまで行っても自分を映し出してくる鏡の地獄から抜け出せない。「内なる声」や、ホワイトノイズのあるなしは科学的にもきっとしばらく解明されないかもしれない。けど、タコにもミラーニューロンがあるかどうかは確認できるんじゃないかな。誰かタコの脳に電極差し込んで実験してくれませんか。

  • 学生購入希望で購入した図書(2019年度)
    【所在】3F開架
    【請求記号】464.7||GO

    【OPACへのリンク】
    https://opac.lib.tut.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=187820
    これまでに学生購入希望で購入した図書の一覧は
    http://www.lib.tut.ac.jp/irai/kibo.html#konyu_kibolist
    こちらで確認できます

  • タコに興味を持てきれず挫折。哲学者のダイバーの著書ということで気になって読んでみた。生物や神経などに興味がある人が読むと、また違うと思う。

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