反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー

  • みすず書房
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感想 : 33
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622088653

作品紹介・あらすじ

豊かな採集生活を謳歌した「野蛮人」は、いかにして原始国家に隷属し家畜化されたのか。農業革命についての常識を覆し、新たな歴史観を提示する『Economist』誌ベスト歴史書。

感想・レビュー・書評

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  • この本は完全に大学の教科書。
    読み進めていくのがかなりつらい(笑)。

    こうやっていろいろと学術書を読んでみると、読みやすく分かりやすい文章を書く学者さんとそうでない学者さんがいるのが面白い。

    この本はかなりの歴史的な知識を有していないと読みこなすのが難しい。

    本書で論じられるのは、農耕が始まったのは、狩猟採取生活よりも農耕生活の方が有利だからという理由ではなく、狩猟採取が上手くいかなくなり、仕方なく農耕を始めたという仮説を唱えているのだが、なかなか面白い。

    また、古代の戦争は、相手の土地や人々(奴隷として使うため)を獲得するための戦争だったということは、考えてみれば当たり前なのかもしれないが、今の現代人の感覚すると、ある意味新鮮である。

  • 今40歳前後から上の世代は、おそらく歴史の時間に、農耕により社会が豊かになり定住が開始されたというように習ったと思う。しかしこれは机上の空論で、実際には農耕の始まる遥か前から人類は定住をしていた。ここまでは考古学では数十年表も前からコンセンサスがとれており、特に真新しい指摘ではない。
    ただ、著者はそこからさらに思考を進める。定住から農耕革命までタイムラグがあるのは何故か。定住・栽培から国家の誕生まで4000年もタイムラグがあるのは何故なのか。そして、なぜ、人類は国家というシステムを維持するのか。キーワードは「飼い馴らし」である。
    疫病について多くのページが割かれるのは、このコロナ禍にあっては感慨深い。疫病は都市化がもたらしたものであり、それにより初期国家は何度も崩壊を繰り返した。
    わずか400年前まで、世界の1/3は狩猟採集民、遊牧民などが占めていたという。われわれが所属する国家とは何なのか考えさせられる。
    驚くべきは、著者は考古学者でもなければ人類学者でもない。政治学の泰斗である。御歳83歳。常に学び続ける姿勢を見習いたい。

  • 移動性狩猟採集民を野蛮人と定義し、国家を作ることになる定住農耕民との歴史的な対照と兼ね合いを綴った専門書です。
    獲得経済と生産経済について、初期段階では前者のほうが確実にお得であることを著者は提唱しています。
    国民として生きるよりも野蛮人として生きるほうが楽である“野蛮人の黄金時代”、人間らしさはどちらにあったのでしょうか。
    奴隷制という手段によって国家と人口を巨大化することで生産経済が伸びるわけですが、この時には既に人間自身の飼い慣らしが完了して自然な存在を逸脱しています。
    家畜と化した農耕民は数と道具(それと伝染病)によって野蛮人を同化・駆逐し増え続け、今に至ります。
    農作物や家畜とは人間の手入れがないと死ぬものですが、我々はそれらを食べずに自然へ帰れと言われたら戻れるでしょうか。
    副題のディープヒストリーは今後も続きそうですね。
    とても難い内容ですが、著者の軽快な筆致で読了できました。

  • 人類の歴史というと文明化の歴史と同意のように思えないだろうか。農耕を始め、牧畜を始め都市化し、技術革新を経て現在に至ると。しかし人類学の教えるところでは文明化する以前の歴史の方が圧倒的に長い。長さが問題なのではなく文明化される前は暗黒時代のような印象がないだろうか。
    この本の著者ジェームズスコットは人類が国家を成立する過程について研究している研究者である。
     メソポタミア文明の歴史をみると農業化から文明化(都市化)まで数千年もかかっている。またマレーシアの19世紀までの歴史をみると王国が勃興と滅亡を繰り返している。
     国家とは薔薇色なものではなく、国家に組み入れられない野蛮人と国家の営みと関係のない未開人と国家に組み入れられた国民に分けられるという。国家の成立には野蛮人の存在も必要で、野蛮人は国民のアンチテーゼだという。
     農業に喜んでとびついたわけではない。
     文明化すると、疾病は増え、死亡率も上がる。ただし出生率もあがる。
     文明化により、景観も家畜も、皆変わる。
     文字は国家の成立要件。(キープも含む)
    全体を通して勉強になることが多い本であったが、国家をディストピアとして描きすぎの感がある。著者は「国家は当然おこるべくしておこったこと」という常識を覆したくてそのような記述になったとおもわれるが、国家の境界にいる人を国家に組み入れるには「国民になると都合がいいよ、ただし税金は払ってね」という仕組みが大切であったと想像する。この本では力で民衆を囲い込んだのが国家という立場でそこま少し納得がいかなかった。

  • 一部で凄く話題になっていたので手にとってみた。これまで考えられていた人類史の基本的な考え方、つまり狩猟民族、遊牧民族がより安定した生活を求めて農耕と定住に移行した結果、国家が生まれて文明が発展してきた、という流れが本当に正しいのか、という疑問を呈している。つまり人類にとって狩猟や遊牧は野蛮で劣った状態であり時代の推移とともに農耕と定住を目指していくものだ、という考え方に疑問を呈した作品。例えば同じ時代の遺骨を比べると明らかに農耕民族の方が栄養が欠けていて体格も貧相だという。ダイエットの話ではないけれど定住し穀物を育て穀物を中心に食べる社会のほうが実は人間にとっては条件が悪く、環境の変化でやむなくそうしただけではないか、という説が提示されている。それではなぜ農耕民族の方がマジョリティを得ているのかというとそれは出生率の問題であると。同じ動物でも家畜化されたものは野生のそれに比べて発情の回数も多くより繁殖するらしい。なので農耕は人類が自らを家畜化してしまったプロセスであると。現代においては定住した農民達が発展して国家となり後世に残る遺跡をいくつか見ることができたり主に徴税のために文字や数字を持っていたために農耕民族は洗練された優れた人たちで狩猟民族や遊牧民族はそういうものを持たないために野蛮人と見なされているが本当にそうだったのか、中世など都市国家が衰退した時代を「暗黒」と呼んだりするがそれは本当に人類にとって不幸な時代だったのか、など言われてみると尤もと思える内容。万里の長城は遊牧民族を防ぐためではなく農民の逃亡を防ぐためだったという説も興味深い。作者が専門外ということもあって深い掘り下げは為されていないけれども今後こうした観点で従来の歴史観が覆される発見や学説がいろいろ出てくるのでは、と思わせれれた。非常に面白かった。

  • 『実践 日々のアナキズム』がとても良かったので、こちらも追読。視点がとても興味深い。学際的とはこういうことかと思う。

  • 従来言われてきた
    農耕牧畜>狩猟採集
    大帝国>小集団
    という価値観は多分に恣意的であり、
    定住生活←→移動生活
    と二者択一的な概念もまた誤りだった、という話。

    ではその「恣意」は誰のものかというと、ずばり支配者。
    王であり、長であり、父であり、男である。
    支配される民、奴隷、女性にとっては、省力的でエコな採集をしつつ、ゆるやかな共同体でフレキシブルに離合集散するのが最も幸福だった。ワークライフバランスも取れていたし、実際寿命も長かった。そうされては困る連中が、ことさらに「根なし草の行き当たりばったりな野蛮人」というイメージを捏造してくっつけたのだ。
    「軌道に乗るまでは」農耕は狩猟採集生活より大変、くらいの言説はたまに聞くようにもなったが、実のところ「軌道に乗るまで」どころじゃなかったんである。

    歴史とは「his story」なのだ、という事実をつくづく痛感した。
    今も、今までも、女性たちはどれだけ翼を捥がれてきたんだろう。

    2021/10/3〜10/4読了

  •  人類学の本。この本では、いままでとは異なる知見がいくつか含まれていた。
     一つ目は、農耕に関するのも。農耕は定住と結びつけて考えられがちだが、そうではない。定住は農耕しなくても行われていたし、狩猟採取民が農業に関与することもあったということ。第一に、農耕が始まってから定住するまでに、タイムラグがあること。また、狩猟採取民は、多くの知見を持っていて、選択的に農耕に従事した。例えば、焼畑をしたり、氾濫したシルトにタネを撒いたり。いくつもの研究が示しているように、農耕の方が狩猟採取よりも、大変。そんなものに、喜んで手を出す賢い狩猟採取民はいない。
     二つ目は、なぜ米や小麦が好まれ、レンズ豆や芋類が好まれなかったのか。これは、納税に関わる問題だ。もし国家が税を集めるならば、同じ時期に一斉に回収するのが好ましい。それを満たしていたのが、米や小麦などだ。豆類は転々バラバラに生るため、回収するのが難儀であるし、芋類は地中に隠せる。だから、穀物が選ばれた。
     三つ目は、国家の崩壊に関する考え方。しばしば、国家の崩壊は暗黒時代と称されるが、果たしてそうだったのかということである。農耕は栄養バランスに欠け、労働も多く求められる。国家の発展を支えていたのは、数多くの奴隷だ。あなたは、一部の支配者や国家の発展のために、身を粉にして働きたいだろうか?国家の崩壊は、それを嫌った人々の逃走が主な原因だ。つまり、大部分の人にとっては「崩壊」ではなく「エデン」への脱出だった。多くの人は勘違いしているが、万里の長城は外部の敵から身を守るだけでなく、奴隷を逃がさないためのものでもあった。
     他にも多々あるが、私の知識は充分では無いので、気になった方は直接読むことをオススメする。

     少し根拠が欠けているように思える部分もあったが、著者もここは「私の考えである」と明記しており、私見と客観的意見を区別しやすくなっている。

     内容も、通説だけでなく新しい考えも含まれており、非常におもしろ本であった。ただ、難易度は高いので、人類学の本を初めて読む人にはお勧めしない。

  • 図書館本。
    キーワードは飼い慣らし、野蛮人、奴隷など、やや陰鬱な言葉が並ぶ。訳に癖があり難解だった。
    著者の主張としては、狩猟民や採集民の方が労働コストが低く、何故コストの高い定住を選んだのか、と言うやや偏った様にも思えるもの。その見方はあちこちで感じられる。
    他に気になった事は、万里の長城などは外敵から守る為にあっただけでなく、中から逃亡させないためでもあった事。確かに不作にも関わらず法外な税を取り立てられたら逃げるしかない。また戦争もただの殺戮ではなく、奴隷と言う人的報酬の意味合いもあった事か。

  • ・農耕民族か狩猟採集民か、ではなく両方が共存していたのでは
    ・国家が疫病に弱いのは、今まさにコロナ禍で露呈していること
    ・確かに自身の感覚を考えると、国家という窮屈な枠に留まっているより、狩猟採集民の様に自由に放蕩している方が幸せを感じるのではないか

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著者プロフィール

1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。全米芸術科学アカデミーのフェローであり、自宅で農業・養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大学を卒業後、1967年にイエール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。2010年には、第21回福岡アジア文化賞を受賞。著書 『反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー』(立木勝訳、みすず書房、2019)『実践 日々のアナキズム――世界に抗う土着の秩序の作り方』(清水展他訳、岩波書店、2017)『ゾミア――脱国家の世界史』(佐藤仁監訳、みすず書房、2013)ほか。

「2019年 『反穀物の人類史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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