誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論

著者 :
  • みすず書房
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本棚登録 : 327
感想 : 28
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622089926

作品紹介・あらすじ

「私たち医療者にできるのは、依存症者が落ち着いて自分の今後を考えられる機会と情報を与え、彼らが自分を変えるための行動を起こしたときに伴走し、「それでいいんだよ」と応援することくらいしかない。たとえていえば、医療者ができるのは、海に溺れている依存症者に対して「浮き輪」を──できれば絶妙なタイミングで──投げてやり、陸地のある方向を教えることだけであり、その「浮き輪」を自分の手でつかんで陸地まで泳いでいくのは、依存症者自身なのだ」
わが国の精神科医療では、派閥主義や利権争いによって「患者にとって無意味な」治療が、あたりまえのように行われている。著者はアディクション(嗜癖障害)臨床の中で、ときに無力感にさいなまれながらも、常に患者のためになる治療だけを考えつづけてきた。
「薬物依存症者には刑罰よりも治療を」と訴えつづけてきた著者は、依存症患者を適切に治療し減らすためには、メディアや社会も変わるべきだと主張する――人びとを孤立から救い、「安心して誰かに依存できる社会」を作ることこそ、依存症への最大の治療なのだ。
雑誌「みすず」の好評連載を単行本化。アディクション臨床の最前線で戦ってきた著者の半生記。

感想・レビュー・書評

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  • 今週の本棚:渡邊十絲子・評 『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』=松本俊彦・著 | 毎日新聞(有料記事)
    https://mainichi.jp/articles/20210515/ddm/015/070/007000c

    誰がために医師はいる | みすず書房
    https://www.msz.co.jp/book/detail/08992/

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      猫はカフェイン中毒、カワイイ中毒である、、、
      猫はカフェイン中毒、カワイイ中毒である、、、
      2021/05/15
  • p5 薬物依存 20-30代 そして忘れてならないのは、人生早期より気分を変える物質を必要とした背景には、しばしば過酷な生育歴が存在するということだ

    p17 人は裏切るけど、シンナーは俺を裏切らない

    p20 人は裏切るが、クスリは裏切らない アディクション臨床で、これと同じ言葉を何人もの患者から聞かされた
    彼らは安心して人に依存できない人たち、あるいは、心にぽっかりと口を開けた穴を、人とのつながりではなく、クスリという物で埋めようとする人たちだ

    p29 覚醒剤依存症患者より、クスリのやめ方を教えてほしいといわれた

    p35 自助グループの2つの効果 過去と未来の自分と出会うことができる 

    p36 自助グループで一番大切にされるのは、初めてmeetingにやってきた新しい仲間 (過去の自分)

    p37 人生において最も悲惨なことは、ひどい目に合うことではありません。一人で苦しむことです

    p39 依存症は、道徳心の欠如や意志の弱さのせいではない。病気なのだ。最初に唱えたのは意志でなく、自助グループを立ち上げた当事者

    p42 どこかに「このままではだめだ」「もう少しマシな人生を送りたい」という気持ちが存在するからだ。その部分ーそのわずかな心の隙間ーにどうやって自分の足先を突っ込み、相手のドアを開けさせるか

    p52 たとえば入院などして安全な環境に身を置くと、その安堵感のせいか気が緩み、心の別室の扉が開き、記憶の解凍が始まってしまうのだ。
    どう考えても心的外傷後ストレス障害の症状、すわんわち、トラウマ記憶のフラッシュバックだった
    トラウマ記憶のフラッシュバックが引き起こす心の痛みを紛らわせる方法が、少なくともあの時点ではそれしかなかったからではないのか

    p55 あの患者のおかげで、私はアディクションに関してこれまでとは違う2つの視点を持つことができた。一つは、トラウマ体験が引き起こす深刻な影響であった。もう一つは薬物依存の本質は「快感」ではなく、「苦痛」であるという認識だった
    薬物依存症患者は、薬物が引き起こす、それこそめくるめく「快感」が忘れられないがゆえに薬物を手放せない(=正の強化)のではない。その薬物が、これまでずっと自分を苛んできた「苦痛」を一時的に消してくれるがゆえ、薬物を手放せないのだ(=負の強化)

    p71 少年鑑別所や少年院の子ども そのような環境を生き延びるには、リストカットや薬物の乱用によって自身の心の痛みを麻痺させるしかなかったような気がする。しかし、そのようにして自身の心の痛みに鈍感になるなかで、いつしか他人の痛みにもどんかんとなり、共感性が損なわれていってしまうように思われた

    ただ「聞くこと」だけでも拒絶的な硬い態度がやわらぎ、好ましい方向に変化する子どもも少なくなかった

    たとえ過酷なトラウマ体験に関する質問をした場合でさえ、子どもたちの話を信じる態度で傾聴し、「とても大変だったね」「本当によく生き延びたね」「あなたは悪くない」というありきたりな言葉かけだけでも、彼らは顔を上げ、少しだけ目に光が灯るのだ

    p73 安心できない場所では自傷行為さえできない

    p74 暴力は自然発生するのではなく、他者から学ぶものである

    なぜ、一部の人はコミュニティの規範を軽視し、それを逸脱するのか。その答えはあまりにも明瞭ではないか。それは、その人がコミュニティに対する信頼感を抱けていないからだ。

    p112 次回の診療予約をとること自体に治療的な意味があり、予約の有無こそが生ける人と死せる人とを隔てるものなのだ

    p118 覚醒剤依存症患者のなかにはワーカホリックといってもよいほどの働き者が意外に多いのだ。そういった人たちは、週末の夜にハイになるために覚せい剤を使うのではなく、平日の日中にルーティンをこなすために使う

    p122 断言しておきたい。もっとも人を粗暴にする薬物はアルコールだ

    アルコールが人と楽しい時間を過ごすための薬物だとすれば、覚醒剤は自分の世界に引きこもり、孤独に没頭するための薬物なのだ

    p124 人間は薬物を使う動物である

    p131 最近つくづく思うことがある。それは、この世にはよい薬物も悪い薬物もなく、あるのは薬物のよい使い方と悪い使い方だけである

    p156 精神科 煎じ詰めれば3つしかない 泣き言と戯言と寝言
    うつ病や双極性障害のうつ状態を泣き言、統合失調症や双極性障害の躁状態を戯言、せん妄などの意識障害を寝言

    p175 我が国の精神科医療 ドリフ外来 つまり夜眠れるか、飯食べているか?、歯磨いたか?、じゃまた来週
    といったやり取りで、次々に患者を診察室に呼び込み、追っ払う

    p178 ベンゾ依存症患者は、快感を求めて薬物を乱用しているのではなく、あくまでも苦痛の緩和をもとめて薬物を乱用している

    p190 そのときようやく気づいたのは、ご婦人の「手のかからなさ」とは、実は援助希求性の乏しさや、人間一般に対する信頼感、期待感のなさと表裏一体のものであった、ということだった。彼女もまた人に依存できない人だったのだ。そのような患者が、治療経過のなかで予期せぬネガティブな出来事の遭遇し、あるいは精神的危機に瀕すれば、どうなるのか。無力感を否認し、まやかしのセルフコントロール感を維持するために、手元にある藁にしがみつくのは容易に想像がつく。彼女の場合、その藁がベンゾだったのだろう

    白衣を着た売人

    p205 やっぱり最後にたどり着くのは、世界最古にして最悪の薬物、アルコールなんだな

    p211 作家ジョハンハリは、TEDトークのなかで、「アディクションの反対語は、しらふでなく、コネクション(つながり)と主張している。

    p211 ネズミの楽園 楽園ネズミと植民地ネズミ 楽園ネズミはモルヒネ水に目もくれず、ふつうの水をのみながら他のネズミとじゃれあう 植民地ネズミはモルヒネ依存症になるが、楽園に移すと、楽園ネズミと交流し、一緒に遊び、ふつうの水を飲み始める

  • 大学時代に精神科の講義を受けたことがある。
    その時、精神疾患の定義の曖昧さに驚いた。
    しかも診断のポイントは社会的な摩擦があるかどうかという話だった。
    恐ろしいと思った。
    患者のための医療が行われているとは思えなかった。
    患者を社会から排除したり、社会に都合の良いように矯正するための医療としか思えず、数回講義を受けた後、単位を取るのを諦めた。

    この本の著者、松本先生は、逆だ。
    「困った人」は「困っている人」かもしれない、とおっしゃっている。

    松本先生は私より年上なので、きっと、私が講義で聞いたような精神科治療を先輩医師から教えられたはずだ。
    松本先生はそんな先輩医師の指導を居眠りしてやり過ごし、患者や元患者から必要な医療を見出して構築されたようだ。
    あの、象牙の塔で!
    かっこいいったらありゃしない。


  • 想像していた以上におもしろくて、一気に読んでしまいました。中でもセガラリーのお話やイタリア車のお話に愛を感じ、ぐっと引き込まれました。(そこかいっ!笑)

    あ、メインはアディクション臨床のお話です。
    誰にでも、は勧められないけれど、アディクション臨床に興味があって、40代50代で車が好きな方には読みやすい本なのではないかと思います。

    個人的には自分がなぜこの領域に魅了され続けているのかを確認する時間にもなりました。
    今年のお気に入り本の一冊になりそうです。

  • 【書誌情報】
    著者:松本俊彦
    判型 四六判 タテ188mm×ヨコ128mm
    頁数 232頁
    定価 2,860円 (本体:2,600円)
    ISBN 978-4-622-08992-6
    Cコード C0047
    発行日 2021年4月 1日

    ある患者は違法薬物を用いて仕事への活力を繋ぎ、ある患者はトラウマ的な記憶から自分を守るために、自らの身体に刃を向けた。またある患者は仕事も家族も失ったのち、街の灯りを、人の営みを眺めながら海へ身を投げた。
    いったい、彼らを救う正しい方法などあったのだろうか? ときに医師として無力感さえ感じながら、著者は患者たちの訴えに秘められた悲哀と苦悩の歴史のなかに、心の傷への寄り添い方を見つけていく。
    同時に、身を削がれるような臨床の日々に蓄積した嗜癖障害という病いの正しい知識を、著者は発信しつづけた。「何か」に依存する患者を適切に治療し、社会復帰へと導くためには、メディアや社会も変わるべきだ――人びとを孤立から救い、安心して「誰か」に依存できる社会を作ることこそ、嗜癖障害への最大の治療なのだ。
    読む者は壮絶な筆致に身を委ねるうちに著者の人生を追体験し、患者を通して見える社会の病理に否応なく気づかされるだろう。嗜癖障害臨床の最前線で怒り、挑み、闘いつづけてきた精神科医の半生記。
    [月刊「みすず」好評連載を書籍化。]
    https://www.msz.co.jp/book/detail/08992/

    【目次】
    「再会」――なぜ私はアディクション臨床にハマったのか
    「浮き輪」を投げる人
    生きのびるための不健康
    神話を乗り越えて
    アルファロメオ狂騒曲
    失われた時間を求めて
    カフェイン・カンタータ
    「ダメ。ゼッタイ。」によって失われたもの
    泣き言と戯言と寝言
    医師はなぜ処方してしまうのか
    人はなぜ酔いを求めるのか

    あとがき
    参考文献

  •  アディクションや自殺の研究、啓発の第一人者でもある松本先生の自叙伝にして、とても参考になる1冊。「ダメ、ゼッタイ。」の道徳教育によって失われた薬物依存に対しての正しい理解と処罰感情を煽る世論に対する怒りの熱量が文章からもうかがえる。「医師はなぜ処方してしまうのか」では、精神科に限らず、”薬がもっとも低コストで、しかも時間がかからない”という外来の真理がズバッと描かれる。「お薬を調整しましょう」という特効薬への魔術的期待は小児医療でも然り。アルコールも覚醒剤も薬には変わらない。薬でもあるが、毒でもある。人間は薬を使う動物だという前提で、薬を悪者にすることなく、その使い方を注意すべきだという言葉は重い。

     松本先生も書かれているように、「処方の美しさ」を実感するという体験は医師にとってとても重要なことだと思う。医師は薬の始め方は習うが、薬のやめ方には驚くほど無関心。「薬ではない治療、あるいは治療ですらない支援」への希求は長く医者をやっていれば必然なのだと実感した。パンクロッカーみたいな精神科医、いいよなあ。


     

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  • 本の雑誌・年間特集号から。高野秀行氏が絶賛オススメしていたもの。その中で”控えめに言って傑作”という評価をなされていたけど、私も大賛成。版元や装丁から、一見お堅い本に思えてしまうけど、これは医学書というより、誰でも手軽に手に取れるエッセイと言った方が近い。精神科領域の中でも、アディクションに焦点が当てられている、というか著者の専門がその分野なんだけど、”ダメ、ゼッタイ”で取り締まるばかりでなく、そこに至る背景にもっと目を向けないと、根本的解決に繋がらないってのは、激しく首肯。前にも読んだけど、アルコールの方がずっと社会に対する害悪は大きいっていうのも、まさにその通りだと思える。読み易いけど気付きの多い、素敵作品。

  • 2階書架 : WM270/MAT : 3410167286
    https://opac.lib.kagawa-u.ac.jp/webopac/BB50370395

  • HONZで仲野教授がレビューされていたので手に取った。
    著者は薬物依存症の専門家とのこと。
    流れるような秀逸な文章で、日頃馴染みのない精神科医の仕事、依存症患者の治療などが綴られて、あっという間に読んでしまった。
    著者自身も依存症気があるのでは、と思わせるような赤裸々な記載も読み物として惹かれた。
    著者は依存症は病気であり処罰は解決にはならないという。その点はよく理解できたが、一方で覚醒剤は決して危険極まりない物ではない、最も危険なのはアルコールだと。自分自身は政府の反薬物キャンペーンに毒されているのか、その点は半信半疑というところ。

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著者プロフィール

1967年生。精神科医。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部長。佐賀医科大学卒。横浜市立大学医学部附属病院精神科等を経て現職。主著に『薬物依存症』『誰がために医師はいる』がある。

「2021年 『世界一やさしい依存症入門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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