海馬を求めて潜水を――作家と神経心理学者姉妹の記憶をめぐる冒険

  • みすず書房
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本棚登録 : 113
感想 : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622090151

作品紹介・あらすじ

ノルウェーの神経心理学者イルヴァと作家ヒルデの妹姉コンビが記憶の不思議に迫る旅へ。実験やインタビューなど体当たりの探訪記。

感想・レビュー・書評

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  • 海馬を求めて潜水を | みすず書房
    https://www.msz.co.jp/book/detail/09015/

  • 人の脳に棲むタツノオトシゴ——海馬。作家のヒルダと心理学者のイルヴァ姉妹は、地理と記憶の関係性や、他人の記憶を捏造することは可能かどうかなどを過去の研究に基づいて自らも実験し、記憶を司る器官の謎を探っていく。また、警察官、タクシー運転手、チェスプレイヤー、俳優、テロ被害者でもあるテロ研究者など、幅広い人びとへのインタビューを通じて「人の生にとって記憶とは何か」という問いに軽やかな答えを提案してくれる、記憶と忘却にまつわるノンフィクション。


    面白かった!オリヴァー・サックスに近い読みごこちだが、サックスが脳神経科医として患者の脳に接しているのに対して、こちらは作家と心理学者のコンビなので固い定義に拠らない、柔らかい意味での〈精神〉や〈心〉に触れるような書き方。この距離感がとても読みやすかった。「私たち」という一人称複数も心地よい。
    面白かったエピソードは、まず脳の機能不全でエピソード記憶がない人が一定数いるということ。意味記憶はあるので日常生活を送るには支障ないが、他人が幼少期の記憶をありありと語るのを聞いて「作り話だ」と思っていたという。なにせ他人の頭のなかの話なのでわからないが、こういう人はそれなりにいるんだろうな。個人的にはエピソード記憶がないとどんな夢を見るのか気になる。見ないのかな。
    PTSDのような心的後遺症を残さないためには、激しいショックを受けた直後にテトリスをすると記憶が定着するのを防げる、という実験の話も面白かった。実践向きじゃないと言われてたけど、たぶんみんな好きな芸能人のスキャンダルにショックを受けたあと、自然とスマホゲームして記憶定着を防いでたりするよねきっと。ノルウェーのウトヤ島で起きたテロ事件の被害者へのインタビューによって浮き彫りになる目撃証言のみを頼ることの危うさや、かつて脅迫めいた取り調べを行なっていた警察官へのインタビューも印象深かった。
    人はなぜ過去を記憶するのだろう。本書の著者、オストビー姉妹によれば、それは未来を想像するためだ。〈未来思考〉と〈過去の記憶〉は分かち難く結ばれている。

  • 記憶をめぐる小説としては『失われた時を求めて』のプルーストが有名だが、記憶の特性を理解するのに、研究者による数値を用いた精緻な科学的分析よりも、実は作家による自身の感覚から掴んだ描写の方が、脳の作用を的確に表現していることがある。
    しかも記憶と物語は深く関わり合っていて、小説家が真実と作り話を組み合わせて物語を創作するように、私たちの記憶も回想と事実をごちゃまぜにする。
    記憶とは正確な思い出がいっぱい詰まった鍵付きの箱などではなく、いわば創造的なスポンジで、なんでも吸い込んで、新しいものを生み出しているのだ。

    この印象的なタイトルにあるように、中心にあるのは海馬だ。
    記憶がどのように蓄えられ、想起されるのか - 脳内のタツノオトシゴ(海馬)に、記憶を理解するための鍵がある。
    記憶とは静止したものでも信頼できるものでもない。
    また、山のように動かざるものでもない。
    常に詳細な事柄を加えて生まれ変わっていく。
    曖昧で移ろいやすく、時に物事をひっくり返す。
    海藻の間でゆらゆらと踊っているタツノオトシゴのように。

    MRIで明らかになったのは、私たちが何かを想像している時の脳の活動は、実際に体験している時のものとほぼ変わらない。
    想像も記憶も、虚偽記憶でさえ、実際に観察すると、脳内では同じような動きを見せている。

    まるで願望によって創られているように、本当の記憶とは想像の一形態で、想像による再構築だ。
    生きた有機体のごとく、心象風景を取り入れ、新しい構成要素が入ってくると元々あった記憶の映像と縫い合わせてしまう。
    自分の想像力のせいで、縫い目もなくひとつになるため、真実と作り話の境界は常に曖昧だ。
    しかもそれを無意識に、何も考えずにやっている。

    ドキュメンタリー映像のような正確性を求めても無駄。私たちの記憶は司法制度のためにできていない。
    記憶は、将来起こりうる危険を予測し、それに向けて備えるために進化したのであって、事件の目撃者として間違いのない証言をするようにはできていない。
    思い出す度に、筋書きは必ず再構成され、隙間はもっともらしい事柄で埋められる。

    しかし過去を思い浮かべ、未来予想図を描くことができるという、人間だけが持つ能力は、一種の記憶の副産物だ。
    「未来は暗黒の”時の深淵”の向こう側にあるのではなく、川の中に配置された飛び石のようなもので、常に私たちの目の前にある。私たちはその一つ一つに足をのせることで先へ進む」

    ノルウェーの姉妹による作品であるためか、同国のウトヤ島で起きた2011年のテロ事件の被害者が抱えるトラウマは、かなり詳細で生々しい。
    トラウマはありとあらゆる手段で記憶と結びつき、被害者の感情を強く揺さぶり続ける。
    予告もなく飛び出すびっくり箱のように、記憶は元のままの残酷さを保ちながら、何度も何度も飛び出してきて、決して箱を閉めることができない。
    考えずにいろというのは困難で、それは「象のことは考えるな」と言うようなもの。
    いない振りをしたところで、象は地面を踏みならし、辺りのものをひっくり返す。
    トラウマの犠牲者はまるで象使いになったように、ずっとそばに象がいつづけるため、考えずにはいられない。
    そしてある日自分が象になってしまう。
    トラウマと同化して、自らの一部になってしまうのだ。

    親が我が子に幼児期の様子を話すと、それが子どもの記憶として定着する話が興味深い。
    ただし親の話し方が重要で、それが子どもの記憶の維持には関係してくる。
    「子どもに覚えておいてほしいことがあれば、そのことをお子さんに話してください。そして、お子さんの体験のポジティブな面に重きを置いてください」
    そうやって親は、すてきな幼児期の思い出を子どもに贈ることができる。
    「幸せな子ども時代を送るのに遅すぎることはない」

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼ https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000053900

  • 海馬から始めて記憶への考察実験が始まる。お決まりのラットに電流を流すものからMRIや不幸なきっかけで海馬を除去したヘンリーの記録、ダイバーによる記憶やイルヴァ自身による100日間の実験など実に多方面から記憶を見つめる。そして未来との関係、鬱との関連など興味は尽きない。
    忘れることにも意味があり、忘れてもいいんだよということにほっとした。

  • 記憶と脳の働きについて書かれた本。神経心理学者と作家の姉妹の共著ということで、海馬をタツノオトシゴに、記憶を真珠に例えて、読みやすくうつくしく様々なエピソードを紹介している。今まで読んだ「情動はこうしてつくられる」「私はすでに死んでいる」などに比べると専門性はそんなに高くなくて、実験や研究の軽い紹介にとどまるものが多く、目新しい話はあまりなかったけど、わくわくする語り口と分かりやすさで読んでいて楽しい。
    記憶は何度も何度も再構成して解釈され、全く同じ形を保つことはできない。忘却し、変容する。そうでなくては大事な記憶を守ることができないとは、何たる悲しい性。

    一つ「どうもあれ以降めっきり記憶力と集中力が落ちた気がする」と思っていたことが、この本ではっきり解説されていたのですっきりした。やっぱりそうだったのか!一度そうなった場合、通常の人と同じように記憶するには繰り返して時間と手間をかける必要があるとあって、ちょっとがっかりするけれど、まあやる気を出して頑張っていくしかない。当然だけど気分と好奇心を盛り上げていかなくては記憶もやる気を出してくれないみたいだし…。
    トラウマ体験の定着予防にテトリスが有効というのも納得感がある。昔本当にしんどかった頃に狂ったようにスパイダソリティアやってたのを思い出した、脳が無意識に求めていたのかもしれない。テトリスが脳の(言語ではなく)視覚的領域だけをトラウマと取り合うことで、強烈な記憶が意味を得ずに暴れまわるのを抑えることができるってすごいな。トラウマを肥大化させず理解という支配にどう取り込むのかということなんだろうか。感情も記憶も、本当に脳って解釈、解釈、解釈の繰り返しだ。

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著者プロフィール

思想史学者、作家・ジャーナリスト。オスロ大学にて思想史の修士号を取得。著書に、『愛と憧れの辞典(Leksikonom lengsel)』(Tiden Norsk Forlag, 2013)『創造性(Kreativitet)』(Cappelen Damm, 2020)『お腹の本 自分の体を好きになるための7つのステップ(Mageboka: Sju steg mot å like kroppen din)』(Kagge forlag, 2021)がある。

「2021年 『海馬を求めて潜水を』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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