ソーシャルメディア・プリズム SNSはなぜヒトを過激にするのか?

  • みすず書房 (2022年6月3日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784622090830

作品紹介・あらすじ

「本書は、データに基づく解決策が私たちを崖っぷちから救い出してくれるという希望を与えてくれる」
J・ゴルベック(『サイエンス』誌)

「エコーチェンバーが作用しているという仮説に、スマートかつ魅力的に挑戦している」
F・ブルニ(『ニューヨーク・タイムズ』紙)

「ベイルによる発見は、社会の成り立ちについての興味深い結論を教えてくれる」
N・ヘラー(『ニューヨーカー』誌)

「われわれのチームは、何千何万というソーシャルメディア・ユーザーの複数年にわたる行動を記述した億単位のデータポイントを収集してきた。自動化されたアカウントを使って新実験を行ったり、外国による誤情報キャンペーンが与える影響について先駆けとなる調査を実施したりしてきた」
「その真実とは、ソーシャルメディアにおける政治的部族主義の根本原因が私たち自身の心の奥底にあることだ。社会的孤立が進む時代において、ソーシャルメディアは私たちが自身を——そして互いを——理解するために使う最重要ツールのひとつになってきた。私たちがソーシャルメディアにやみつきなのは、人間に生得的な行動、すなわち、さまざまなバージョンの自己を呈示しては、他人がどう思うかをうかがい、それに応じてアイデンティティーを手直しするという行動を手助けしてくれるからである。ソーシャルメディアは、各自のアイデンティティーを屈折させるプリズムなのだ——それによって私たちは、互いについて、そして自分についての理解をゆがめられてしまう」(本文より)
計算社会科学Computational Social Scienceの最先端を走る研究者が、政治的分極化への処方箋を提示する。

感想・レビュー・書評

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  •  クリス・ベイルの『ソーシャルメディア・プリズム』は、現代のソーシャルメディアが社会の分極化を加速させるメカニズムを実証的に解明し、それに対する解決策を模索する一冊である。本書は、従来の「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」という単純な説明を超え、ソーシャルメディアがどのように個人のアイデンティティを歪め、社会の分断を助長するかを明らかにする。ベイルは、ソーシャルメディアが単に人々を偏った情報空間に閉じ込めるのではなく、むしろ「プリズム」のように人々の社会的アイデンティティを変容させ、極端な意見を促進する場となると主張する。一般的に、ソーシャルメディアは同じ意見を持つ者同士を囲い込み、異なる意見に触れる機会を減らすことで分極化を進めると考えられてきた。しかし、ベイルの実験では、異なる意見を強制的に見せることが必ずしも意見の多様化にはつながらず、かえって自らの政治的立場をより強固にする可能性が示された。この現象は、政治的に異なる意見を持つユーザーに対し、反対派の意見を積極的に提示した際に確認された。特に保守派とリベラル派の双方が、相手側の主張を見たことで敵対心を強め、自らの信念をより過激にする傾向を示したのは興味深い結果である。この現象を生む要因として、ベイルはソーシャルメディアが「自己ブランド化」の場となっていることを指摘する。人々は、自分がどのように見られるかを意識し、フォロワー数や「いいね!」の数によって社会的評価を測る傾向がある。これにより、穏健な意見よりも、極端で挑発的な発言の方が注目を集めやすくなり、結果として過激派の声が増幅される。一方で、穏健な意見を持つ人々は、過激な議論が支配する環境では発言を控える傾向があり、これが「沈黙のスパイラル」を生む。これによって、現実の社会よりもソーシャルメディア上では極端な意見が支配的に見える状況が生まれる。このような状況に対し、ベイルは単に異なる意見を提示するだけでは分極化は解消されないと論じる。人々が異なる意見を受け入れる準備ができていなければ、対立はむしろ激化するため、異なるグループ間で建設的な対話を促進し、アイデンティティの対立を緩和する仕組みが必要だとする。従来のエコーチェンバー理論は、アルゴリズムの問題に焦点を当てがちだったが、ベイルはソーシャルメディアの影響を技術的な側面だけでなく、社会的行動の観点から分析しようとする。この点が、本書の大きな貢献の一つである。
     本書の意義は、単なる理論的な議論にとどまらず、実証的なデータとフィールドワークを通じてソーシャルメディアの影響を明らかにした点にある。特に、エコーチェンバー論に対する批判的な再検討は、これまでの議論を刷新するものと言える。加えて、本書は分極化を解消するための新たな方策を提案する。たとえば、単に異なる意見を提示するのではなく、建設的な対話を生むためのプラットフォーム設計や、ユーザーの行動を変える仕組みを導入することで、ソーシャルメディアをより健全な議論の場へと変える可能性を示唆する。
     もっとも、本書にはいくつかの課題や批判もある。まず、ベイルの実験は主にアメリカの政治的分極化を対象としており、国や文化による影響が十分に考慮されているとは言い難い。たとえば、日本や欧州の国々では、政治的分極化の度合いやソーシャルメディアの利用傾向が異なるため、本書の結論がどこまで適用可能かは慎重に検討する必要がある。また、彼の研究は主にTwitter(現X)やFacebookといった既存のプラットフォームを前提にしているが、新興のSNSや非中央集権的なプラットフォームでは、異なるダイナミクスが働く可能性がある点も見落とせない。さらに、本書が示す解決策には現実的な課題も伴う。異なる意見を受け入れやすくするデザインの導入や、建設的な対話の促進といったアイデアは理想的だが、実際にどのようにプラットフォームへ適用するかについては具体的な指針が不足している。また、ソーシャルメディア企業の利益構造が過激なコンテンツの拡散に依存している現状を考えると、これらの改革を進めるインセンティブが欠如しているという現実的な問題もある。政治的な分極化を緩和するためには、技術的な改良だけでなく、規制や政策の介入も視野に入れる必要があるが、本書ではその点への議論が比較的弱い。それでもなお、『ソーシャルメディア・プリズム』は、ソーシャルメディアが社会の分極化を促進する仕組みを、新たな視点から解明する重要な研究である。従来のエコーチェンバー論を批判しながら、ソーシャルメディアが「プリズム」のように個人の自己表現を歪め、過激な意見が優勢になりやすいことを示している。本書の示唆するように、単なるアルゴリズムの調整ではなく、人々のコミュニケーションのあり方を変えることが、社会の分断を解消する鍵となるだろう。もっとも、そのためにはベイルの提案を具体化し、企業や政策立案者がどのように行動すべきかをより踏み込んで議論する必要がある。本書はその出発点として重要な役割を果たすが、今後の研究や実践によって補完されるべき課題も多く残されている。

  • 私は政治に関して穏健派だが、SNSでの情報収集に偏りがあってはいけないので、最適化されたプラットフォームを期待している

  • SNS上で目にする過激な意見は、必ずしも多数派の声ではない。
    穏健な人ほど発言を控えるため、派閥内でも強い主張だけが可視化され、それが世論のように見えてしまう。
    また、異なる意見に触れることは理解を深めるとは限らず、むしろ自分の立場を強化してしまうこともある。
    SNSを見るときの前提を一段引き上げてくれる一冊。

  • SNSでは「分断」よりも「対立派を嫌う気持ち」の方が強まっていることを知った。
    承認欲求が絡むと、人は自然と極端な意見に寄ってしまうのが怖い。
    実際の人の考えは単純に左右で分けられるものじゃないのに、ネットではそう扱われがち。穏健派が黙ってしまうからこそ、過激な声ばかりが目立つ構造が見えた。(でも意見を言ったら言ったで過激派から誹謗中傷が飛んできたり、立場が悪くなったり面倒くさいことになるから、自分を守るためには意見表明を避けた方がいい。難しいね)
    思想とアイデンティティが結びついてしまうと、冷静な対話がすごく難しくなるのは、SNS上で私も感じたことがある。

  • p57
     政治的分極化に重大な影響力を持つソーシャルメディアには、非常に残念な側面がある。社会環境を読み誤りがちという私たちの性向を悪化させることだ。私たちはソーシャルメディア・プラットフォームを、自分の社会的位置づけの把握に役立つ巨大な鏡であるかのように使っている。だが実際には社会環境を曲げたり屈折させたりするプリズムであり、自己や対他人の感覚をゆがめている。ソーシャルメディア・プリズムが最も甚大な影響を及ぼすのは、人がその存在に気付いていない場合だ。

  • 「SNSでは自分の政治信条にあうフォロワーばかり揃えて対立意見が見えなくなるエコーチェンバーが起きる」とされている。これへの処方箋として、よく「対立意見もよく聞いて対話をすれば、自身の意見も適切に軌道修正できて妥協点が見つかり、建設的なやり取りができる」「相手の意見に触れることが大事」などと言われる。本書はこの解決策が逆効果であることを、大規模な実験を通じて浮き彫りにしている。アメリカ共和党と民主党のそれぞれの支持者による対立が舞台になっていて、第1次トランプ政権の頃の話が載っている。第2次トランプ政権の衝撃が続く今読んでも納得感はとてもある。
    課題の提示と実証は的確かつ興味深いのだけれど、最終章の解決策で大きな飛躍があって残念。本読んでてよくあることだけど、それだけ課題解決は難しいってことなんだなと思う。

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  •  表題となっているソーシャルメディア・プリズムという言葉には、ソーシャルメディアが社会を俯瞰する鏡となるどころか、ときに他者や、あるいは自己への理解さえも大きく歪ませてしまうことへの警鐘が込められている。
     近年の調査結果をもとに、エコーチェンバー現象への理解の更新や、進行し続ける偽りの分極化への注意を促しつつ、今後も一つの公共の広場として存在し続けるであろうソーシャルメディアの適切な扱い方について社会学の立場からの検討がなされる。

  • 【書誌情報】
    『ソーシャルメディア・プリズム――SNSはなぜヒトを過激にするのか?』
    原題:BREAKING THE SOCIAL MEDIA PRISM: How to Make Our Platforms Less Polarizing
    著者:Chris Bail 社会心理学、計算社会科学。
    訳者:松井 信彦[まつい・のぶひこ]
    判型 四六判
    頁数 240頁
    定価 3,740円 (本体:3,400円)
    ISBN 978-4-622-09083-0
    Cコード C0036
    発行日
      紙 版 2022年6月 1日
      電子書籍 2022年6月 1日

     「われわれのチームは、何千何万というソーシャルメディア・ユーザーの複数年にわたる行動を記述した億単位のデータポイントを収集してきた。自動化されたアカウントを使って新実験を行ったり、外国による誤情報キャンペーンが与える影響について先駆けとなる調査を実施したりしてきた」

     「その真実とは、ソーシャルメディアにおける政治的部族主義の根本原因が私たち自身の心の奥底にあることだ。社会的孤立が進む時代において、ソーシャルメディアは私たちが自身を——そして互いを——理解するために使う最重要ツールのひとつになってきた。私たちがソーシャルメディアにやみつきなのは、人間に生得的な行動、すなわち、さまざまなバージョンの自己を呈示しては、他人がどう思うかをうかがい、それに応じてアイデンティティーを手直しするという行動を手助けしてくれるからである。ソーシャルメディアは、各自のアイデンティティーを屈折させるプリズムなのだ——それによって私たちは、互いについて、そして自分についての理解をゆがめられてしまう」(本文より)

     計算社会科学Computational Social Scienceの最先端を走る研究者が、政治的分極化への処方箋を提示する。
    [https://www.msz.co.jp/book/detail/09083/]

    【目次】
    1 エコーチェンバーの伝説
    エコーチェンバーについてのエコーチェンバー
    分極化に向ける新たなレンズ

    2 エコーチェンバーを壊したらどうなのか?
    エコーチェンバーを壊す
    悪いボット、良いボット
    謎の解明

    3 実際に壊すとどうなるか?
    群れることを習うパティー
    ジャネット
    正しいことはいい気分
    ハードリセット

    4 ソーシャルメディア・プリズム
    大して合理的ではない大衆
    ソーシャルメディアとステータス追求
    プリズムの威力

    5 プリズムが過激主義をあおる仕組み
    孤独な荒らしたち
    あなたの知らない荒らし
    過激主義というカルト
    プリズムから映し出される過激主義

    6 プリズムは穏健派を“ミュート”する
    穏健な大多数
    過激主義者との遭遇
    失うものが多すぎる穏健派
    穏健派の抱く絶望感
    穏健派の不在

    7 アカウントを削除すべきか?
    離れられない理由
    プラットフォームが独力では私たちを救えないわけ
    私たち次第

    8 プリズムをハックする
    認識のずれを狭める
    プリズムを見て取る
    プリズムを通して自分を見る
    プリズムを壊す

    9 より良いソーシャルメディア
    コロナ時代のソーシャルメディア
    新手のプラットフォーム
    目的を定めたプラットフォーム

    付録 調査手法
    ボットを使った量的な実験
    ボットを使った質的な実験
    シミュレーションされたソーシャルメディア・プラットフォーム実験

    謝辞
    索引/原注/参考文献

  • ちょうど本書を手にとるタイミングでナンシー・ペロシ下院議長宅に侵入した男による襲撃事件が発生し、読み終えたところで、Twitter社を買収したイーロン・マスクがこの事件には隠された裏があると意味深なツイートし削除する騒動があった。
    著者はSNSが「偽りの分極化」を加速させたのだと主張しているが、それはどういうことか?
    「偽り」ではなく「真正」の分断ではないのか?
    それに答える前に、まずよく語られる「エコーチェンバー」に関する通念を疑う必要がある。

    エコーチェンバーとは、閉鎖空間で似た者同士で意見をSNSで発信すると自分と似た意見が返ってきて増幅していく状況を指し、偏った意見でも容易に増幅されていく現象を示している。
    たいていの人は自らの意見を強化する情報を探し求め、肯定する情報に触れるほど、自身の信条体系は正当で、合理的で、事実に即しているという思いを強くする。
    しかも昨今ではアルゴリズムの後押しによって、いっそう効率良く対立見解を避けられるようになった。
    そうなるとますます人は俯瞰的な視点を失い、近視眼状態に陥るからと、エコーチェンバー効果のさらなる悪化を懸念する声が強まっている。
    すなわち、エコーチェンバーを壊せとか、アルゴリズムを見直するべきだという意見だが、これは正しいか?

    著者は計算社会科学者だがデータサイエンスの限界も熟知していて、質的調査(ツイートの内容の読み込みやインタビュー)で肉付けした分析を続けている。

    人は自身のエコーチェンバーから出るとどうなるか?
    多様な意見と向き合うことで内省が促されて、新情報を注意深く検討して自身の意見を微調整する?
    ひいては対立者との和解が進む?

    そんなことには全然ならないことが調査でわかった。
    敵対する見解に接触させてもそれまでの意見は穏健にはならないどころか、逆に強化された。
    例えばライトな左派の実験対象者は、SNS上での激しい個人攻撃を自身のアイデンティティーへの攻撃として経験したため、かえって自分の意見を民主党の見解に合わせはじめた。
    エコーチェンバーは、過激な攻撃から隔離する繭でもあったのだ。

    「エコーチェンバーを出たことで、”私たち”と”彼ら"の違いがいっそう大きく見えてきたようだった。どちらのタイプの場合も、自身のエコーチェンバーを出て何が起こったかといえば、考えのより良い競争ではなく、アイデンティティーの悪しきせめぎ合いだった」

    じゃあSNSなんて使わなければと考えたくなるが、これも難しい。
    数年前、フェイスブック離れが進んだことがあったが、ほとんどの人は元に戻ったか、別のプラットフォームに移行しただけだった。

    「私たちがソーシャルメディアに繰り返し戻ってくるのは、社会的ステータスを得るために自分のアイデンティティーをつくり、手を入れ、保つ、といういかにも人間らしい営みにとってソーシャルメディアが便利だからだ。ソーシャルメディアを使うと、さまざまなバージョンの自己を呈示しては、他人の反応をうかがい、前例のない速さと効率でアイデンティティーを手直しできる」

    ソーシャルメディアは確かに、私たち人間に生得的な行動である自己呈示の機会を提供してくれているが、自分の社会的位置づけをありのまま映し、社会を俯瞰するのにも使える巨大な鏡とはなっていない。
    実際は、社会環境を曲げたり屈折させたりするプリズムであり、自己や対他人の感覚をゆがめている。
    各自のアイデンティティーを屈折させるので、私たちは互いについて、そして自分についての理解をゆがめられている。
    しかも我々はそのことにまったく気づいていない。
    プリズムがこちらに映し返えす社会状況は避けがたくゆがめられ、SNS上で"いいね”や”ナイス”をもらうたびに有頂天になって、自己に価値があるという妄想を抱かせる。

    なぜSNS上には、過激な意見が溢れているのに、実際にそのような意見の持ち主は全体のわずか数%しかいないのだろう?
    なぜ圧倒的大多数の穏健な意見の持ち主は沈黙しているのか?
    これもソーシャルメディア・プリズムがもたらすゆがみによって説明できる。

    まず、プリズムが過激主義者の自己理解をゆがめるのに加えて、相手方のアイデンティティーをもゆがめている。
    過激主義者の目に映る自分や他人をゆがめ、それにより生まれる自己成就的予言が人々をさらに引き離す。
    プリズムは、自らの過激主義を普通化するのとまさに同じようにして、相手方の過激主義を誇張するのだ。

    「ふたつのゆがみが相まって過激主義のフィードバックループができる。プリズムは、自身の過激主義を合理的だと —— あるいは普通だとさえ —— 思わせるのと同時に、相手方をより攻撃的で、過激で、粗野に見せるのである」

    「偽りの分極化」とは、自分たちと対立党派とのイデオロギーの差異を過大評価する傾向のことを指す。
    我々は対立党派のイデオロギー的過激主義を過大評価する一方で、自党側のそれを過小評価しがちであるのだが、プリズムによって「偽りの分極化」は一気に進んだ。

    「政治に関するソーシャルメディアでの議論に穏健派がいない、とはどういうことか?私の見立てでは、これこそがソーシャルメディア・プリズムによって生じる最も深刻なゆがみだ」

    「ソーシャルメディア・プリズムによる最も重要なゆがみは、政治についてまったく投稿しない人によって生まれていると私は考えている。ソーシャルメディアに穏健派の声が上がっていないことは、プラットフォームに過激主義者が大勢いることよりも政治的分極化に寄与しているかもしれない。穏健派がいないと過激主義者が公の場での対話を支配できるからだ」

    ソーシャルメディア・プリズムが過激主義を勢いづけ、穏健派を〝ミュート"し、私たちの大半に相手方への深刻な疑念を抱かせている。
    過激主義者は図に乗ってますます過激な信条を表明する一方で、穏健派を幻滅させる。
    そして、大勢の穏健派がそうした過激主義を相手方の典型的な考え方だと誤認するようになる。
    しかし、穏健派の不在が過激主義者の注目を高めていることは間違いないのである。

  • SNSへの一般的思い込みが大量の研究で覆されていて知らない事ばかりでとても驚き、大変に面白かった。

  • 日経新聞202286掲載

  • 《ソーシャルメディアは18世紀のサロンではなくだだっ広いサッカーフィールドであり、そこで私たちの本能を導いているのは着ているユニフォームの色であって各人の前頭前皮質ではない。》(p.50)

    《ソーシャルメディア中毒のより根源的な原因は、私たちのあまりにも人間的な営みが、ソーシャルメディアによってはるかに簡単にできるようになったことだ。その営みとは、さまざまなアイデンティティーを試しては他人の反応をうかがい、自己呈示を更新して帰属意識を味わうことである。》(p.57)

    《ソーシャルメディア・プリズムは相手方を一枚岩で、揺るぎなく、理不尽であるかのように見せる。過激主義者が私たちの注意を引くのに対し、穏健派はほぼいなさそうに見えておかしくない。穏健派がソーシャルメディアで政治と距離を置く理由はさまざまだ。たとえば、過激主義者から攻撃されたから。あるいは、節度のなさに啞然とし、そんな言い争いにに首を突っ込む意味をほとんど見いだしていないから。ほかにも、政治について投稿すると実生活で苦労して勝ち得たステータスが犠牲になるかもしれず、それが心配で距離をおいている穏健派もいる。過激主義者に反論すればしっぺ返しに遭い、生計や友人関係、あるいは毎年感謝祭で顔を合わせる親戚との関係が崩壊しかねない。》(p.91)

    《共和党が優勢な投票区と民主党が優勢な投票区から来た人が混在していた場合、感謝祭のディナーの時間は30〜50分短かった。この結果は、移動距離などのさざまな要因を勘案してもなお揺るがなかった。アメリカ人は党派混在の感謝祭ディナーでの談笑時間を国全体で3400時間失ったと2人は見積もっており、その理由を政治的信条の異なる親戚同士が互いの意見にあまり寛容ではなかったからではないかと考えている。》(p.99-100)

    《社会科学からの提案は、自身のエコーチェンバーから思い切って出ること(実際に中にいる場合)ではなく、歩みを小さく何歩か進めることだ。山火事を起こすつもりでいた気の短い社会心理学者ムザファー・シェリフを第4章でご紹介したが、その妻のキャロライン・シェリフが他人を説得する方法についての先駆的な仕事をしており、その成果はあのような気分屋の伴侶を相手におそらく重宝していただろう。キャロラインの言うには、新たな主張、たとえば気候変動に関する意見に触れたとき、私たちの反応はその新たな主張と自分のそれまでの意見との距離に左右される。それまでの意見とかけ離れた主張だった場合、たとえばレイチェル・マドウの番組を見るようなリベラル派が超保守派のラッシュ・リンボーの主張を初めて耳にしたとき、説得される可能性は非常に低いだろう。一方。その主張がキャロラインの言う「受容域」――ある問題についてそれまで賛成していなかったとしても許容できると、あるいは理にかなっていると思える意見の範囲――に収まっていれば、その立場をもっと知ろうという気に、ことによるとその立場に近づこうとする気にもなるだろう。》(p.118-119)

    《政治の話に一刻も早く突入したい方は、相手方の信条を問いただす前に自分の側の見解について少々考えてみてはどうだろう。(…)私は共和党派のオピニオンリーダーによるツイートを民主党派が「いいね」した回数と、民主党派のオピニオンリーダーによるツイートを共和党派が「いいね」した回数を数えることができた。得られた結果にさほど驚きはなかったが、その結果自体はきわめて重要だと私は考えている。対立党派の人の心に最も響くツイートをしていたのは、自分の側を頻繁に批判していたオピニオンリーダーだったのだ。批判的な目を自党に向けると、人は耳を傾け出すのに必要な余地を頭のなかに空けたり、妥協の可能性をもっとはっきり見据えたりする気になるのかもしれない。》(p.123-124)

    《可能な限り、アイデンティティーよりも先に考えを示すことである。(…)相手方からのメッセージに触れることには、「私たち」と「彼ら」の対比をはっきりさせる効果がある。党派的な憎悪のボリュームが上がるからだ。ソーシャルメディアのあなたのプロフィールには、「progresive(進歩的)」や「conservative(保守)」など、支持政党をはっきりうかがわせる手掛かりが含まれていないだろうか? 含まれているなら、そうした語句によって相手方ユーザーの心の内で自分がどう決めつけられるかを想像してみよう。》(p.124)

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著者プロフィール

(Chris Bail)
デューク大学社会学および公共政策教授。同大の分極化研究所(Polarization Lab)所長。研究分野は政治的部族主義、過激主義、社会心理学。ソーシャルメディアのデータを、計算社会科学の手法を用いて研究している。Science、Nature、New York Timesなどに寄稿。2015年の前著Terrified: How Anti-Muslim Fringe Organizations Became Mainstreamは多くの賞を受賞した。

「2022年 『ソーシャルメディア・プリズム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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