アンネ・フランクはひとりじゃなかった アムステルダムの小さな広場 1933-1945
- みすず書房 (2022年6月20日発売)
本棚登録 : 78人
感想 : 6件
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (416ページ) / ISBN・EAN: 9784622090908
作品紹介・あらすじ
ヒトラーが政権を掌握した1933年、アンネの母親エーディトは、母国ドイツからアムステルダムに家探しにやってきた。物語はここから始まる。
ドイツは1940年にオランダを占領、そしてフランク一家が隠れ家に消えるのはその2年後だ。しかし潜伏までの約8年間、アンネは家の前のメルウェーデ広場を親友たちと「少女ギャング」よろしく闊歩し、小さな子供たちの世話をやき、隣人たちと豊かな時間を過ごしていた。
一方、アンネの親友たちとその家族はどうなったか。外国に脱出する一家もあったが、大半は拘束され、収容所に送られた。
著者は、この広場でかつてくり広げられたユダヤ人住民の日常、祭り、迫害、密告、抵抗の一部始終を、元住民へのインタビューや史料の渉猟から再現する。大きな歴史を反映した、小さなコミュニティの物語だ。
感想・レビュー・書評
-
アンネ・フランクはひとりじゃなかった | みすず書房
https://www.msz.co.jp/book/detail/09090/詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
東2法経図・6F開架:316.8A/V61a//K
-
アンネ・フランクはひとりじゃなかった、その通りの本だった。世界的ベストセラーとなった『アンネの日記』の背景になる、実際の風景がここにあった。周りの人々の生活、想いが年毎に史実に基づいて描かれていた。いい意味で、アンネたちフランク家が主題になっていないこのストーリーこそ、ホンモノの史実なんだろうな。
p.365 しかし、「アンネフランクの家」の本当の場所はどこだろうか。もしアンネたちの隠れ家生活がそのまま無事に継続し、終戦と解放の時を迎えることがあったならば、その時、日の光を浴びてアンネが真っ先に向かったのは、あの懐かしいメルウェーデ広場だったのではないか。仲間と友情を取り結び、肩を組んで写真に納まり、恋も喧嘩も含めて思い出のぎゅっと詰まったの広場、しかし一言も声をかけずに、友人達と別れたことが悔いとして残る、あのメルウェーデ広場の37番地の家こそ、自分の還るべき家、「アンネフランクの家」だったのではないか。そして彼女は広場で友人たちとの再会を心から喜び、その溢れる嬉しさを格子縞の日記帳に書き綴ったのではないか。長かった翻訳作業がようやく終わりを迎えた今、そんな広場の情景が、考えるともなしに浮かんでくる。しかし、アンネの生きて帰りたいと言う願いは、ついに叶えられる事はなかった。メルウェーデ広場には、今日も子供たちの声がこだましている。
-
1942年7月28日からアムステルダムで自転車の供出がはじまると報じられると、怒りと憤激はさらに高まった。自転車はほおとんどの人にとってもっとも重要な移動手段だったから。特別な許可を受けた者のみが自転車を使い続けることを許された。犬の供出の時と同様、アムステルダム市長には自分の自転車を手放すことを望まない市民たちの手紙が殺到した。すでにその1週間前にはアムステルダムのユダヤ人たちが自転車を供出させられていた。
著者プロフィール
水島治郎の作品
