ハイデッガーと日本の哲学 和辻哲郎、九鬼周造、田辺元 (Minerva21世紀ライブラリー 71)

  • ミネルヴァ書房 (2002年10月30日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784623037285

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  • 和辻哲郎、九鬼周造、田辺元という三人の日本の哲学者が、ハイデガーの哲学をどのように理解し、どのように対決したのかを明らかにしている。

    日本ではじめて独自の哲学を築いたのは西田幾多郎だった。彼は、みずからの生の深みから言葉を搾り出すようにして文章を生み出していった。そこに彼の思想の魅力があるのだが、他方で彼は、他の哲学者の思想そのものの内に入り込んでそれを内在的に理解するという努力を十分におこなってこなかった。これに対して、西田の後の世代にあたる和辻、九鬼、田辺らは、西洋哲学の伝統と対話を通じてみずからの思想を形成していった。

    中でもハイデガーの哲学は、彼らにとって重要な意義をもっていた。三人とも、ハイデガーが時間性を重視するあまり空間性を軽視してしまっているという批判をバネとして、独自の哲学を築いていったのである。ただし、彼らのハイデガーに対する批判や「空間性」の理解は一様ではない。

    和辻は、ハイデガーが個人的自己の立場を脱却するに至らなかった点を批判する。ハイデガーが時間性を重視するのも、個人の意識を中心に置いているからだと和辻は考える。そこから彼は、人と人との間柄という意味での「空間性」を基礎とする倫理学を構築することをみずからの哲学的な使命だと考えた。

    九鬼は、ハイデガーが実存を解明するに当たって採用していた解釈学的方法論から大きな影響を受けている。だが彼は、事実的・歴史的実存を可能性の地平において解明するハイデガーとは異なる道を選んだ。実存の時間構造を将来から照らし出すことで、被投的投企の統一を明らかにしたハイデガーの立場では、他者の問題が十分に論じられていない。こうした批判を踏まえて、九鬼は、他者を現在の深みにおいて受け入れ、その出会いを永遠化する垂直的時間構造についての思索を深めていった。彼にとっては、個体と個体が偶然に邂逅する同時性としての「空間性」が主要な問題となっていたのである。

    田辺は、過去の伝統を破り新たな伝統を打ち立てる主体の実践的行為によって生じる、過去と未来との相互否定的媒介の立場を採った。こうした立場から、彼はハイデガーの実存構造の解明が、観照の立場を脱していないと批判する。ハイデガーの思想は、社会性としての「空間性」の媒介を欠いているというのが、彼の批判の中心だった。著者は田辺の批判がハイデガー哲学の正確な理解に基づいてなされたものではないことを指摘しつつも、存在の暦運に思いをはせるハイデガーの哲学では、思索することと実践することとの関係が明らかにされていないという問題を浮き彫りにしたという点で、彼の批判に一定の意義があったと論じている。

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著者プロフィール

嶺 秀樹 京都大学大学院文学研究科西洋哲学史専攻博士課程修了。テュービンゲン大学哲学博士。関西学院大学名誉教授。著著:『存在と無のはざまで──ハイデッガーと形而上学』『ハイデッガーと日本の哲学──和辻哲郎,九鬼周造,田辺元』『西田哲学と田辺哲学の対決──場所の論理と弁証法』(ミネルヴァ書房),共著:『世紀末は動く』(松籟社),『京都学派の遺産──生と死と環境』(晃洋書房),共訳書:『時間概念の歴史への序説 ハイデッガー全集 第20巻』(創文社)ほか。

「2023年 『絶対無の思索へ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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