空也 我が国の念仏の祖師と申すべし (ミネルヴァ日本評伝選)

  • ミネルヴァ書房 (2009年2月10日発売)
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本 ・本 (404ページ) / ISBN・EAN: 9784623053735

感想・レビュー・書評

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  •  空也に関する自分の研究成果を渾身の力でぶちこんでこられてる。そんな印象の本です。
     素人はそんな浄土宗の細かい教理の違いとか分からないです。頭が疲れました。

     そうはいっても、その分この本にしか書いてない知見がたくさん入っているというのも事実だと思われます。

     ☆空也はどこかで大般若経を読んでおり、その教理を実践に移そうとしていた。

    ☆空也のいう「一念往生」を、源信とか慶滋保胤はあまり評価していなかったと思われる。

    ☆そうはいっても、勧学会は、空也の大般若経法要の一年後に始まった。

    ☆空也は十一面観音に縁があるようである。

    年表
    ☆尾張の元興寺
    ☆播磨の峯合寺(鶏足寺)
    書写山とほど近い

    ☆徳島県伊島・ 卒塔婆ケ崖観音堂
    十一面観音を自分で彫って祀ったという

    ☆京都愛宕山月輪寺
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E8%BC%AA%E5%AF%BA
    月輪寺

    天暦2年(948年)、比叡山で天台座主・延昌のもとに受戒し、「光勝」の号を受ける。ただし、空也は生涯超宗派的立場を保っており、天台宗よりもむしろ奈良仏教界、特に思想的には三論宗との関わりが強いという説もある[7]

    応和3年(963年)、鴨川の河原にて、大々的に金字大般若経供養会を修する。

    応和年間、六波羅蜜寺を建立。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%B3%A2%E7%BE%85%E8%9C%9C%E5%AF%BA
    六波羅蜜寺

    十一面観音を本尊とする道場に由来し、当初西光寺と称した[1]という。空也は疫病の蔓延(まんえん)する当時の京都で、この観音像を車に乗せて引きながら歩き、念仏を唱え、病人に茶をふるまって多くの人を救ったという。

    天禄3年(972年)、東山西光寺(京都市東山区、現在の六波羅蜜寺)において、70歳にて示寂。

    天禄3年(972年)、東山西光寺(京都市東山区、現在の六波羅蜜寺)において、70歳にて示寂。

  • [ 内容 ]
    空也(九〇三~九七二)、平安中期の僧。
    物の怪や怨霊のはびこった古代平安京で、民衆に「南無阿弥陀仏」の念仏を勧めた空也。
    その生涯と仏教思想を辿り、市井の聖として生きた人物像に迫る。

    [ 目次 ]
    第1章 弥陀の名を唱え、般若を求索す
    第2章 極楽往生を説く仏教
    第3章 『空也上人誄』
    第4章 生涯と行業
    第5章 空也仏教の思想
    参考資料

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