家司と呼ばれた人々:公家の「イエ」を支えた実力者たち

制作 : 中脇 聖 
  • ミネルヴァ書房
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本棚登録 : 29
感想 : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784623089949

作品紹介・あらすじ

伝統儀礼の継承者であり続けてきた公家には、その実務を担い屋台骨を支えた家政職員たる「家司」(家礼・家僕とも)たちがいたが、その実態は一般には知られていない。公家家司とはいかなる存在で、いかなる役割を担っていたのか。時には主家の諸事を処理する「政所」(家政機構)の機能が不全化すると、特定のイエや個人に集中することで絶大な権力を握った家司たちを見ることにより、公家の社会的・政治的立場がより浮き彫りとなる。

感想・レビュー・書評

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  • 面白すぎる信濃小路長盛(∩´∀`)∩
    醍醐源氏だそうです(初耳)

    かいつまんで言うと、九条家の家司として公家を
    支え続けた長盛は波乱万丈の人生だった
    仕えた人が飛んでる人であり、前関白九条政基が
    従兄弟であり九条家の筆頭家司であった唐橋在数
    を成敗したのが1496年、長盛は家司として在数に
    代わり日根荘奉行に赴き請負代官の根来寺と交渉
    (前任の在数は根来寺から多額の借銭し弱い立場)

    政基嫡子、関白尚経に使える頃(1501)は筆頭家司
    の頃は土倉との借金返済のピンチを乗り越えた
    尚経嫡子、植通は近衛植家の留任希望を抑え関白
    となる(1533)が、近衛は将軍義晴へ正室を送り、
    一年で植通を関白の座から降ろし出奔させる
    (植の字が悪い説w)信濃小路長盛を共にして、
    植通主従は大阪本願寺や阿波の足利義維(!)の
    もとに身を寄せ、最後は三好長慶に接近
    (尼子・大内には断られた)

    植通は十河一存(長慶の実弟)を婿をしていたw

    1552、植通主従は17年ぶりに帰京し(植の字が良
    かった説w)長盛も苦労のかいもあり従三位に昇進
    している

    三好義継は植通の外孫である

    家司の説明してないケド、最高の人物を知った

  • 公家の家政を支えた人々について、その起源から近世までを扱った通史。その活動内容の変遷を追うことで、それぞれの時代における公家社会の有り様も伝わってきて非常に勉強になる。

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