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Amazon.co.jp ・本 (260ページ) / ISBN・EAN: 9784625684067
感想・レビュー・書評
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読む人によっては扱いに困る本である。藝大を出て作家活動ののちアーティストを「やめた」作者が、巷にあふれる「アーティスト」という呼称(ヘア・アーティスト、いけばな・アーティストetc.)への疑義を述べてゆく。アーティストという言葉は「人とは違う特別な何かを持つ自分」として自己形成したい人間の"被承認欲"を満たすのに都合の良い言葉として流通している、と。ここで話題は"自分探し系"の問題系へと繋がりかかるのだが、ここ数十年の社会状況と、芸能人上がりの"アーティスト"の印象論を、美術史的なそもそも論を織り交ぜながら語る前半は、取り上げられた芸能人や社会現象の"偽物臭さ"を指摘されて溜飲を下げる人を除けば、読む意義に乏しく感じられた。
自分にとって興味深かったのは終盤、著者が作家であることを「やめる」に至った考えを述べたくだり。著者は、アートの意義は、作品に対峙することで人のモノの見方が変わる、ということにあり、デュシャン以降の現代アートはそうした「視線の更新」の運動であった、とする。ではその果てに何があるのか?あらゆる行為がアートであり、あらゆる人がアーティストであるような「自由化」がアートの行く末だとすれば、整備された美術教育の現場と、そこからの卒業生を受け入れる美術市場というアートの閉域のなかで、「自由の気配を感じさせる思想」を不断に更新してゆくという作業の有効性を信じながら、そのじつシステムの延命に加担してゆくことを、単に無意味と感じるようになったのだ、と。
ここでの著者のこの回答は、万人にとっての正解ではない。つまりアート作品/活動の意義(著者の言葉を借りれば、「予断を除いた世界の姿/あるいは逆に、世界に対する予断の姿、を端的に指し示すこと)が完全に失われたわけではないし、そのためのさまざまな試みは行われている。その意味で著者の「女性性」をめぐる問題への態度変更は、狭義のアーティストであることをやめることにすぎない、と自分には了解された。
「アーティスト症候群」の罹患者に対する「やめたくなればやめてよいのだ」とでも言うような、その厳しくも誠実な態度表明は、アーティストでいることのしんどさを知る著者ならではといえる温かなものにも感じられた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1959年生まれ、父と同い年、東京藝大の彫刻家出身の作者。
私は父親に「東京藝大かムサタマなら美大入学を許してやる」と言われ、反発し、地方の公立大学の美術科に入った。まずもってこの作者と生きる時代や世界が違いすぎる。作者は相当「恵まれた」側の人間だと感じてしまった。美術を学んでいた当時にこの本を読んでいたらまだエネルギーがあって頑張れたかもしれないけど……出会うのが遅かったのかもしれない。
2008年に書かれた本を2025年に読んでいるので情報が古いと感じるのは当たり前としても、最初と最後だけで充分言いたいことは伝わるので、そこだけ読めばいいと思う。
最後まで読んでも結局肩透かしを喰らうような印象。本の構成で損してる感じがする。それも時代でしょうか。 -
社会
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アーティストを名乗る人たちをプロの芸術家の観点から、厳しく批判した本。アーティストやクリエーターと名乗る前に、この本を一読し、それでもアーティストと名乗るかどうか塾講したほうが良いと思う。
芸能人アーティストの章は、賛否はともかくおもしろい。最初のほうを飛ばしても、この章だけは一読の価値あり。 -
同感するところが多く、最後に話をどうまとめるのかと思いきや、結局は一般論になっていたので少し拍子抜けした印象。
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平成20年2月8日、初、並、帯付
2013年4月26日、津BF -
アーティストねえ…アーティスト…アーティスト…
アーティストっていう肩書きを見たら、何か最先端のことをしてるよく分からない人っていう印象。
色々アーティストという言葉に鬱憤がたまってたのかもしれない。
芸大出身の作者がアーティスト気取りの芸能人にもの申したくなる気分もわかる。
しかしわざわざ本に書くことでもないような。
芸術家は他人からの評価をそれほど気にするものだろうか。自分の立ち位置を知って目指すべきところが見えていれば、周囲からの評価はそれほど気にならないんじゃない?
ついでに作品を売りたかったなら副業はやらない方がよかったんじゃないか、とか色々思わないでもない。
作者が作家活動をやめたあと“女性”となり、今は具体的に何をしているのかが個人的には気になるところ。 -
押し付けがましく自意識過剰な臭気漂う「被承認欲」。
この本は、少し意地悪な前書きから始まる。
何となく崇高そうで、漠然と憧れる魔法の言葉。それは、アーティスト。
発生の経緯と時代背景、アートと芸能人、アートとテレビ番組。
そして職人やクリエイターと、どう違うのかを分析。
読み始めると、若干嫌な気分になる。
なぜなら、図星を突かれている様な気がするからだ。
そして実名芸能人の作風と活動評価も、概ね悪口に見える。
ただ、そこで読むのを中断しない方がいい。
著者は「部外者でただアーティストを斬り捨てている」訳ではないからだ。
後半は、著者の体験談で構成されている。
彼女こそ芸大を出て、売れはしないが20年もアーティストしてきたその人なのだ。
ここの体験談こそ、この本の一番共感できるところであるだろう。
アーティスト、またはそれを目指す人に読んで頂きたい一冊。
この本を読んで挫けない様に、著者からのエールが込められている。
アーティストは「ココロの病」と捉えているところが面白い。
ある意味、今の自分に贈る一冊だ。 -
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基本ひねくれ者なので、とっても面白く読めました。世の中、アーティスト気取りが多過ぎるよね…。
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東京芸大を卒業し、19年間作家活動を続けた後、作家である事を「辞めた」著者が昨今の「アート」「アーティスト」「クリエーター」が多用される社会においての考察を記したもの。前半では、いわゆる芸能人と呼ばれる人が「アーティスト活動」として制作している作品にひたすらケチを付けているので、読んでいてかなり不快感というか、「お前何様だよ」と言いたくなる。しかし、我慢して読み進めて行くと後半から著者がなぜ作家活動をやめたのか書き出して行くのだが、そこから(自分にとって)割と面白くなって行く。(正直、「アーティスト」がどうだとか、「クリエーター」がどうだとか、「芸術家」と何がちがうのかだとか、アーティスト活動と作家活動の違いなど、言葉の揚げ足取りみたいな議論はどうでもよかった・・・。)
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自分に照らし合わせて、注意深く読んでみた。
わたしも、「自由」が欲しくて、教職に就きながら、絵を描いている。
どのくらい、自分が世間に踊らされてこの地点にいるのか、
まだよく分からない。
でも、何言われても、とりあえず今は、描いていこうと思った。
いつしか限界が来て、「やめよう」と思ったら、
そのときはそのときだと思った。
わたしは、アーティストになりたいんじゃない。
それに、教職で安定した稼ぎがあり、絵はぜんぜん売れてない現状をかんがみても、アーティストではない。
世間に認められたい、って気持ちは、ものすごくある。
自由が欲しいのも、本当。
世間に迎合したくないのか、うまく迎合できないのかは微妙なところ。
でも、描きたいって思ってる。
何もしなくても、気がついたら紙に落書きがいっぱいになってる自分の行動は、描きたい欲求を否定できてないことだと思う。
今はその気持ちをもとに、頑張りたいと思う。
それは、「アーティスト」って名声が欲しいのとはちょっと違う。
最終的にそう呼ばれることは望んでるのかもしれないけれど、
「アーティストになりたいから。」っていう気持ちが先立ってるわけではないことは、確認できた気がする。
はてさて、この「アート」のあいまいさ、
その一端を担ってる芸能人の「違う一面」に対する批評が
マジ受けた。
工藤静香、デコトラにぜひ天使と亀を描いていただきたいw -
はてなダイアリーをまとめたものなのかな。だとしたら、これ以上に質の良いエントリーは数多くある。
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幻想を打ち砕く本。物事をもっと論理的に考えなければと思わせる本。
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「アーティスト」になる事を目的としてる人に読んでほしい一冊。
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アーティスト・クリエイターと名乗るor名乗りたい人たちの自己顕示欲をバッサリ。
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まず題名と見出しに惹かれた。
「なぜ人はアーティストになりたがるのか?」
自分のことかって思ったww
内容は最近日本で芸術の分野以外でもよく使われる「アーティスト」という言葉の魅力とか意味とかについて。
日本人は単純で影響されやすい。
アーティストという言葉がプラスされるだけですごい良いものに感じる。
批判的な感じで書かれている本だけど、説得力があってなかなかおもしろぃ。
自分みたいに当てはまったしまった人は少し落ち込むかもしれないww -
鋭い視点でハッとさせられたり。
自称してる人達には、是非読んでほしい。
著者プロフィール
大野左紀子の作品
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