ホメイニー イラン革命の祖 (世界史リブレット人 100)

  • 山川出版社 (2014年12月1日発売)
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本 ・本 (104ページ) / ISBN・EAN: 9784634351004

感想・レビュー・書評

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  • 王権と宗教的権威が並立してきた近代イラン史の中で、最後の王朝であるパフレヴィー朝に至り、国王が石油収入とアメリカの支持を背景に世俗化(我々の言葉で言えば近代化)政策を進めるに伴って、パワーバランスが国王側に傾いていく。1960年代にイスラム教シーア派の高僧に登りつめたホメイニは危機感を抱いたのか、国王のイスラム法軽視に対する激しい批判を展開し、イランから追放される。このまま異国で朽ちていれば、近代化に抗った激情の宗教家としてイスラム史の片隅に名を残すのみだったかもしれない。しかし、国王が70年代に進めた性急な近代化政策が石油価格の反転に伴って社会的混乱を惹起し、イラン国内は騒然となる。こうして1979年、ホメイニは革命前夜のイランに帰国する。1917年、レーニンは封印列車でドイツを通過しロシアに帰国したが、ホメイニをエールフランス機に乗せたフランスにはどのような意図があったのだろうか。

    ホメイニを現代中東史の中でどう評価するか。我々も含む西側の人間は、イスラム世界の指導者の一人として、彼が及ぼした影響から語ろうとするだろう。そして、イラン革命がイスラム原理主義の覚醒のきっかけになったようにも見え、現在のイランがアメリカを向こうに回す存在であることから、民主主義の抑圧者、テロリズムの支援者というイメージを持つかもしれない。

    筆者はホメイニがイスラム法学の権威で、叡智学を極めた哲学者であると述べている。イランの最高権力者になってからも、質素な家に住み、勉学と思索を欠かさなかった。一方で統治の現実の前にはイスラム法解釈にも段階的妥協が求められるとするリアリストの側面もあった。もう少し哲学者としての彼を知りたいと思ったが、日本語で手軽に知ろうというのは難しいのかもしれない。

    哲学としてのイスラムの理解が難しいとすれば、ホメイニを理解するよすがはイスラム革命や、彼らが志向した政教一致体制の現実から得るしかない。イランイスラム革命体制とは、民選の大統領と議会が行使する統治権・立法権を、聖職者がイスラム法解釈という形で牽制する体制である。聖職者の判断の拠り所は神と預言者とその後継者であり、つまり7世紀のムハンマドの言葉と、後代の解釈神学の積み重ねということになる。キリスト教神学に比べて現実の統治に対する口出しの度合いが大きいために、ホメイニやその後継者ハメネイは民主主義を抑圧しているように見える。しかし、ホメイニが目指していたのは、おそらく、米国流の物質主義でもソ連流のマルキシズムでもない、イスラム教に基づく公正な社会であり、様々な軋轢を呼びながらもその革命を成就させた以上、第三局に位置する一つの政治思想として評価され、研究されてもよいのではないか。

    日本で報道される中東情勢を聞く限り、聖職者が権力を握ったり、政治に容喙する体制というのはイランの他に見られない。「アラブの春」を経てアラブ諸国の政治体制が清新になり、公正になったかといえば、必ずしもそうではない。各国にはホメイニに相当する聖職者はいないのか、それともプラトンばりの哲人統治は理想にすぎないのか、イランを「悪の枢軸」という色眼鏡を通してではなく、一つの選択肢とみることで、中東を理解する幅も広がるのではないかと思う。

  •  近代化や世俗化、政教分離は無条件で善、と考えていた自分にまず気づかされた。近代化の恩恵を受けていない都市下層民や村落部住民にはイスラーム統治体制の方が魅力的だということだ。だとしたら、イラン革命の要因は社会問題なのか思想問題なのか。社会経済の混乱が少なく恩恵が広く行き渡るような漸進的近代化で、かつ国王が専制的にならなかったら革命は起きなかったのか、そんなことを考えた。
     ホメイニーの思想に関する記述は難解で、かつ評伝だから当然なのだが、ホメイニーが当時のイランでなぜ熱狂的支持を得たのかという社会的背景は理解し難かった。息子が国王側に暗殺されたことで反国王のシンボルになったというのはあるにせよ、革命後の諸勢力の中でなぜ他をそこまで淘汰できたのか。やはり、宗教を政治社会の中で最高位に置くという思想自体、自分には全く馴染みがないようだ。

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著者プロフィール

1947年愛媛県生まれ。立命館大学文学部東洋思想(東洋史)修士課程修了、テヘラン大学文学部留学、イランで日本企業に勤務した後、(財)中東経済研究所主任研究員、大分県立芸術文化短期大学国際文化学科教授を経て、2003年10月より、同志社大学神学部教授。専攻は、現代イラン研究。
著書(単著)に、『アーヤトッラーたちのイラン――イスラーム統治体制の矛盾と展開』(第三書館)、主な翻訳と解説(単著)に、R.M.ホメイニー『イスラーム統治論・大ジハード論』(平凡社)、『イランのシーア派イスラーム学教科書』(明石書店)、主な共著(論文集)に、小松久男・小杉泰編集『現代イスラーム思想と政治運動』所収の論文「イスラームの革命――ホメイニーとハータミー」(東京大学出版会)、そのほか、共著に上岡弘二編『暮らしがわかるアジア読本シリーズ イラン』(河出書房新社)、後藤晃・鈴木均編『中東における中央権力と地域性――イランとエジプト』(アジア経済研究所)など。

「2012年 『イランのシーア派イスラーム学教科書 II』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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