サウディアラビア: 二聖都の守護者 (イスラームを知る 19)

著者 :
  • 山川出版社
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  • Amazon.co.jp ・本 (122ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784634474796

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  • 西アジア、イスラーム諸国のキーマン的存在であり、メッカとメディナという「二聖都の守護者」であるサウジアラビアについての通史です。
    サウジアラビアといえば、日本人には石油と砂漠と世界的大富豪の王族というイメージが一般的でしょう。日頃ニュースを見ている人ならば、オサマ・ビン・ラディンの故郷であるとか、女性が自動車の運転を禁止されているなど権利が迫害されているなど、マイナスな印象を持っているかもしれません。単に批判するのは簡単だけれども、しかしこの国の現代までの過程を知れば、それにはこの国なりの背景もあり、また女性の権利を解放する努力もしていることを理解できるでしょう。
    サウジアラビアというのは「サウード家のアラビア王国」という意味ですが、そこに至るまでには紆余曲折があります。
    18世紀のアラビア半島は、各部族が割拠する抗争の絶えない状態でしたが、ムハンマド・イブン・サウードが、イスラーム純化運動を唱え勢力を拡大していたムハンマド・イブン・アブドルワッハーブ(山川『詳説世界史』ではイブン・アブドゥル・ワッハーブ)と手を組み、第1次サウード朝(ワッハーブ王国)を建国します。つまりサウード家はワッハーブ派と手を結ぶことで地位を築いたため、どうしても宗教に関しては他国に比べ非寛容となってしまうのです(現在の王家の宗教政策は後述)。しかしメッカとメディナを支配したことに対し、当時「二聖都の守護者」を自認していたオスマン帝国が黙っているはずもなく、オスマン朝廷はエジプト総督ムハンマド・アリーに命じてワッハーブ王国を滅ぼさせます(1818年)。
    その後間もなく、サウード家のトルキー・イブン・アブドッラーがリヤドを奪回し、第2次サウード王国を建国します。しかし、この第2次サウード王国は家督争いで弱体化し、ラシード家により追放されます(1889年)。
    この後サウード家を再興し、現在につながるサウジアラビアを作ったのが、アブドルアジーズ(『詳説世界史』ではイブン・サウード)です。彼は20世紀初よりリヤド周辺で基盤を作り、またワッハーブ派(中心はシェイフ家。イブン・アブドゥル・ワッハーブをシェイフ(尊師)と呼んだことから、彼の子孫をシェイフ家という)との盟約を再確認してウラマーたちの支持も取り付け、第1次世界大戦勃発後はイギリスと手を組み、大戦後はアラビア半島西部のヒジャーズ王国(アラブ民族運動の指導者フセインが建国した国)を1924年に滅ぼしてヒジャーズ・ネジド王国を建国(ネジド(ナジュド)はアラビア半島中央部のこと)、1932年国名をサウジアラビア(アラビア語でアル・マムラカ・アル・アラビーヤ・アッ・サウディーヤ)としてこの地に君臨していきます(第3次サウード王国)。その後サウジアラビアは西側諸国との良好な関係と、一方でイスラーム勢力(とくにウラマーたち)との協力関係という難しい舵取りを巧みに行いながら現在まで至ります(王家の一族が政府の要職を占めているこの国において、(2代目のサウードを除いて)有能な国王や政治家が政治の舵をとれているのは感心します。ちなみに2代目ファイサルはエジプトのナセル大統領暗殺の計画が漏れるなど失政が続き、弟のファイサルに替えられる)。
    先に、サウジアラビアは女性の権利が著しく損なわれていると簡単に批判するのは簡単だが、そう簡単にはいかない、ということを書きましたが、前述のように復古的な宗教勢力ワッハーブ派と手を組むことによってその正統性を醸成しているサウジアラビアにとってこの問題は非常に難しいものです。近代化を図るためには(当初近代化さえ批判の的だった。電話やテレビを導入するときも一悶着あった)女子教育は不可欠ですが、女子の学校を作ることに反対していた宗教勢力に対し3代目の国王ファイサルはウラマーの集会で「クルアーンのどこに、女性の教育を禁じているのか」と問い、ウラマーが言葉に詰まっていると、続けて「すべてのイスラーム教徒には学ぶ権利がある。そのために私は多くの学校を開設する。そこで学びたい女子がいれば、家族はそれを禁ずることは許されない」と宣言します(40頁)。そもそもイスラーム自体に女性への蔑視はそんなにありません(一人の男性は4人まで同時に妻を持つことが出来るという『コーラン(クルアーン)』の記載も、争いなどで夫や父を亡くした寡婦や少女が砂漠で生きていくためには別の男性による保護が必要だという背景があるためです。ジハードで死んだ男性は天国で処女膜再生機能のついた生娘と幸せな生活を送ることが出来るという考えについては何も言えませんが・・・)。女性蔑視の風潮はイスラームというより、この地域の古来よりの習慣であると考えた方が正解に近いのです。
    またファイサルは「イスラーム的伝統を保持しながら、自国民に近代的生活を享受させる」(42頁)ために宗教勢力の影響力を政府の枠組みの中におさめるため、様々な改革をしていきます(シェイフ家以外のウラマーを司法省のトップにするなど。イスラーム法(シャリーア)が法律として機能するサウジアラビアでは司法も宗教の影響が強い)。
    現在のサウジアラビア国王はアブドッラー国王だが、彼も非常に優秀でアメリカとイスラーム教徒という水と油のような両者の間を巧みに泳ぎ回っています。
    どうしても日本人にはイスラームという勢力は奇妙に、頑迷に見え、恐怖を感じてしまいます。しかしサウジアラビアの近現代史を見てみると、彼らのおかれた立場や考え、政治の巧みさ、そして日本はどういう姿勢で付き合っていくのがよいのかetc・・・私達の誤ったフィルターを外して、偏見のない視点を持つ必要性を強く感じます。

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