定本 黒部の山賊 アルプスの怪

著者 :
  • 山と渓谷社
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感想 : 59
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784635047685

作品紹介・あらすじ

山賊がいた!カッパもいた!?北アルプス登山黎明期、驚天動地の昔話。山小屋だけで買えた、山岳名著が復活!

感想・レビュー・書評

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  • 著者の伊藤正一さんは、戦後管理人のいなかった北アルプス山脈最奥地、黒部源流付近の三俣山荘を買い取ります。
    荒れ果てた山荘の再建と、黒部の奥地を探索し人の通れる道を創ろうとする伊藤さんですが、そのころ三俣山荘付近は”山賊”が現れ、登山客から金品を奪ったり、密猟捜査にきた警察を崖の上に置き去りにしたりするという噂がありました。
    いよいよ黒部に入り”山賊”たちと接触した伊藤さん。一見紳士ともいえる風貌、見事な狩猟の腕前、ユーモラスな語り口、しかし目の奥には油断のならない光を持ち、山での生活を知り尽くしている彼らの正体は、要するに猟師さんたち。彼らは今まで通り狩りをしていただけでも、国有化されたため禁止行為だ!となってしまったわけですね。
    伊藤さんは、”山賊”たちの後見人として名誉回復に勤め、そして彼らと一緒に山での生活を始めます。
    この山賊たちとの生活が楽しく生き生きと書かれています。

     あ~め(あ~め)
     が降~れば(が降~れば)
     小川~(小川~)
     ができ~(ができ~)
     やっほ(やっほ)
     やほほほ(やほほほ)
     さみしい(さみしい)
     と~ころ(と~ころ)

    私の頭の中には「山賊の歌」が流れっぱなし(笑)

    彼らは性格的には長所も短所もあるけれど、山での生活に長けていて、道ない道を素早く移動し、狩った動物たちは数知れず(カモシカ2000頭、熊100頭、岩魚一回で魚籠一杯、兎毎日5.6匹のレベル)、そのため狩猟や食料調達の技も磨かれています。
    「山で餓え死にするなんでバカだ、それは山での生活技術を知らないからだ」という山賊たちは、
    熊鍋を食べるなら、排泄寸前の糞がたっぷり入った腸を入れて味を出し、最後には熊の足の裏を薄く切って焼いたものを齧るのがお約束(ゴムみたいで味はしないらしい)。
    その狩猟の腕を買われて人里に現れる熊に対して熊狩りチームに入ったときは、熊狩りに狭い洞穴を這って進んだらその自分の背中の上を熊が踏んで外へ出て行った~などという肝を潰す体験も。
    釣りの腕も前も一級品で、岩魚を釣る姿は無形文化財並みの滑らかさ。しかし山賊たちにとっては生臭いらしい(熊の糞鍋は食べるのに?!)、そこで燻製にしたり、生きたまま酢に突っ込んで身が解れたところを食べるんだそうだ。
    岩魚は敏捷で獰猛。ある日蛇と岩魚が地上と川の中で力比べをして、岩魚が蛇を見ずの中に引きずり込んで食ったところを見たという。今日は岩魚が勝ったが、蛇が岩魚を水の上に引き上げ食うこともある。


    伊藤さんが一緒に生活したのは猟師タイプの山賊ですが、また別の山賊一派もいました。
    山にあるという埋蔵金や金脈をさがす山賊たちです。
    実際に銀行や金満家たちかに資金を出してもらい、人夫たちを雇い大々的に発掘したり、そのために銀行が潰れたりもしかしたが、結局はお宝は出ません。
    彼らは山師だったのか、ロマンチストだったのか、本気で埋蔵金を信じていたのか…


    人里離れた山奥ではバケモノたちも顔を出します。
    埋めても埋めても毎年同じくらいの時期に地面に出てくる白骨。もはや登山家には道しるべ代わりとなり、警察も伊藤さんの山小屋に「伊藤さんのおなじみの白骨がまた出てきたようなのでよろしくお願いします」などと連絡して来たり。
    急な濃霧は、山に慣れた山賊たちをも迷わせます。出たはずの山荘に戻ってきて、「狸に化かされたとしか思えん」ような現象も。
    夜中の山荘に聞こえてくる音。人の声、木が倒れる音、雨の音…。外に出てみるとなにもない、まさに妖怪伝説や山の怪奇現象をそのまま体験しているような。

    明るい話ばかりでもなく、開発されていない北アルプスの最奥地は、鉄砲水た霧による山岳事故も多いです。
    山小屋に瀕死で助けを求めてくる登山家たち、そして遭難してしまうことも。

    そこで新たな道を自ら開拓することに。それが”伊藤新道”で、その後はある年の大雨で廃道になってしまいましたが、 当時は多くの登山客たちの路になっていたようです。

    三俣山荘などの山荘管理は、今は伊藤さんの息子さんたちがやっているようですね。
    伊藤さん写真がちょっと出てた。
    http://www.kumonodaira.net/tokushu/genryu-kioku.html

  • 雲の平山荘で、少し読んで、続きは下山してから読みました。
    自分が見た景色と山賊がいた頃の様子がオーバーラップして、とても面白かったです。

    山小屋が整備される前の大変な状況や、山小屋を建てる事の大変さ、山賊たちの個性豊かさ、山に潜む妖怪、
    伊藤さんにしか書けない内容で、当時の困難さと豊かさが伝わってきました。

  •  終戦間もないころ、北アルプスの三俣山荘を譲り受けた筆者だったが、山荘に近づけずにいた。
     
     黒部の山奥には山賊がいて、崩れかけた三俣山荘をねぐらにしているというのだ。
     実際に、漁師や登山者が山賊に襲われたと話す。

     意を決して行ってみると、小屋にいたのは話の面白い紳士的な男数人だった。
     これが筆者と山賊たちとの出会いだった。

     終戦期から黒部の主として山小屋に居続けた伊藤正一氏の、山賊たちとの日々と、山の物の怪や動物たちとの日々をつづる。

     かつての黒部を見ることはできないが、読んで想像することはできる。
     そこには山賊たちの足跡が残っているはずだ。

  • 愛犬ジャムの話が一番好き。
    雲ノ平周辺の山を歩きたくなる本。そして歩いたあとにもう一度読みたい。

  • 面白くて一気読みでした。もちろん黒部には行ったことないのですが、昭和20年代の黒部にタイムスリップしたかのように臨場感が伝わってきました。

    素晴らしい景色や心地よい空気感だけでなく、山の厳しさや、結局人間の業が絡む山の生活には、やはりそこで生きる筆者だからこそ書けるものだと思いました。

    ボクですら感動しましたので、山男や一度でも黒部を訪れたことのある人であれば手放せない一冊となるのだろうと感じました。

  • 戦後間もない時代の山小屋での生活を描いた作品。
    自分はまだ山小屋があるような大きな山には登った事がないが、テレビや雑誌で見るたびに一度は行ってみたいと思う場所である。

    しかし山小屋は単なる登山客の宿ではなく、悪天候の際の避難場所であったり、山岳事故の際は救助の基地となる重要な場所なのだ。本書にも遭難事故のエピソードが紹介されており、山小屋で働く人々のご苦労が伺える。

    山小屋を占拠する山賊や未知の生物の足跡など、我々が暮らしている下界とは全くの別世界が存在しているようで、とても興味深い作品だった。

  •  北アルプスの三俣蓮華岳にある山小屋の主人として長らく山で過ごしてきた筆者が、おもに戦後の黒部の山とそこでの人々の風景を活写した本である。
     熊など野生の動物、暴風雨など大自然の抗えない力強さ、登山者の遭難話、不思議な経験、さまざまな話が展開されるが、なかでも筆者と山仲間の逸話は素晴らしい。一気にその世界に引き込まれる。今なら大きな問題になるようなことでも、当時はなんでもなかった逸話もたくさん出てくる。
     山好きな人、北アルプスに行ったことのある人なら、この本を読んだらまた行きたくなることは間違いない。楽しかった記憶が思いだされるからだ。

  • 山岳本の傑作。旧版も持っているけど、定本が出たということで新たに購入。

    富山、長野、岐阜の県境に位置する三俣蓮華岳。戦後間もなく、その山頂直下にある三俣山荘の権利を手に入れた著者は、そこに勝手に住み着いていた「山賊」と出会ったという。。。

    著者の伊藤正一氏は北アルプスの最深部に位置する三俣山荘、雲ノ平山荘、水晶小屋を建設し、伊藤新道(現在は廃道)を拓いたという、登山をする人間からみればまさに伝説の人物。そんな人の話が面白くないわけがなく、読み終えてしまうのがこれほど惜しいと思った本は他にない。

    超人的な山岳サバイバル術を持つ山賊たち。佐々成政の財宝伝説とそれに翻弄される人々。遭難した者と救助する者のドラマ。そして様々な山の怪異。どんなにおとぎ話めいたエピソードでも、それが日本最後の秘境として知られる黒部源流域で起きた出来事だというなら不思議に納得できてしまう。

    本書「黒部の山賊」の旧版は、実際に本の舞台となっている山小屋を訪れなければ買うことができなかった、ということになっている。僕は初めてその山域を訪れた時に、迂闊にもこの本の存在を知らなかったので、せっかくの購入のチャンスを逃してしまった。結局その後ネット通販で古書を入手したわけだが、やはりこの本はあの場所から持ち帰ることによって手に入れたかった。

    数年前に、伊藤正一氏の息子さんが小屋主をされている雲ノ平山荘に泊まったが、このことは素晴らしい思い出として心に残っている。北アルプスの名峰に囲まれたそこは、まさに夢の中にあるかのような場所だった。いつかもう一度、この本を持ってあの楽園へ行き、ランタンの明かりで読書を楽しんでみたい。

  • 面白い!!これを読むと、昭和の20-30年代くらいまではまだまだかなり自由度の高い時代だったのだなと思う。装備が良くなり、登山者が気軽に山奥まで来られるようになって人が増えたこの数十年を思えば、規制は必要だと思うけれど、この頃山に生きていた人たちの生きざまが、もう、全然違って、輝やかしい。山の奥は人の世ではないから、人の理屈で説明できないこと、街では考えられない危険なども多いのだろうが、ロマンチシズムを感じずにはいられないし、今年こそ雲ノ平に行きたいなと改めて思った一冊。山を拓いた人たちにも敬意を覚える。

  • 古き良き時代の黒部。
    山で読んでみたいと思った。

    2019.6.12

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