ヤマケイ文庫 増補改訂版 懐かしい未来―ラダックから学ぶ

  • 山と渓谷社
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感想 : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784635049047

感想・レビュー・書評

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  • 既視感、これまで何度も読んできたような錯覚。80年代以降のローカリゼーション論の源流はすべてここにあったのか。

    少し前に斎藤幸平さん(ほぼ同年代)の「人新生の資本論(https://www.amazon.co.jp/dp/B08L2XMQKX/ )」がベストセラーとなり、行き過ぎた資本主義社会から脱成長とコミュニズム回帰へ移行するという思想がひとつブームになっているが、このような考えは決して新しいものではなく、同じ類型の指摘は前駆的に無数の著述家によって唱えられてきた。

    本書は1970年代、チベット仏教の里ラダックの伝統的な農村社会が、資本主義経済の流入、開発の激流にさらされる中で文化への誇りを失い、それまで守ってきたいまでいう「サーキュラー・エコノミー」的な生活体系を徐々に失っていく様子が、経時的にていねいに描いていく。

    同時代、ローマクラブの有名なレポート「成長の限界(1972年)」の中で「環境破壊と資源の枯渇を止めるためには、私たちConsumer(消費者)はProsumer(生産消費者)となって、身の丈を知って暮らし方を再建する必要がある」と唱えられていたころ、まさにラダックでは資本の誘惑によって、伝統的なProsumer(生産消費者)社会がConsumer(消費者)社会へつくりかえられていたのであるから皮肉でしかない。

    社会の大きなシステムをどうするか、いわゆるイデオロギーの論争が社会を変えうるのかもしれないが、それよりも私たち一人ひとりが自分の暮らしのためのものづくりに携わることで、貨幣経済の中で私たちが身の丈以上の生活を当たり前に享受しているという事実を、きちんと受け止めるほうことがまず第一歩として必要だろう。

    社会を変えるのは口角泡飛ばしての論戦ではなく、ただ静かに自らの生活を自らの身体性をもって立ち上げることなのではないか。過去の農村生活がすべて正しく、あの頃に戻るべきだというつもりはないけれど、身の丈をわきまえてブレーキを持つことは必要だし、それが大人の分別というものではないか。そうでなければ私たちは餓鬼か、エコノミック・アニマルに成り下がる。

    ドッグイヤーしすぎてえらいボリュームになるので抜き書きは控える。それだけ本書の世界のとらえ方には、1986年生まれいわゆる[ゆとり世代][ミレニアル世代]にとっては当たり前に共感できる世界観。興味を持たれたらぜひ一読を勧めたい。
    あとはそれを、どのアプローチで実現するか。

  • 聞きしに勝る名著。
    今、コロナウイルスに人間が翻弄されていることの大きな原因の一つは、ここで著者が言っているように、グローバル化しすぎた経済システムのせいだと思うし、人間と自然の関係が均衡を失ってしまっている結果だと思う。
    自分たちの手でつくりあげたものなのだから、自分たちの手で変えることができるのだ。

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