現実にある法律と、正義や真理の関係について。
「自然法」が時代によって人によって様々な意味に使われている。全ての自然法に共通する性質はあるのか?自然法と理性の関係は?もともとの自然法は理性的なものとされていたようだが、現代でもそうなのか?など色々と疑問が沸く。
以下まとめ。
◆古代
・プタゴラス
倫理や政治の領域における客観的で普遍妥当的な真理や正義の存在を否認。
「人間は万物の尺度である。」
ケルゼンやラートブルフらの価値相対主義の先駆者。
・ソフィスト
「ノモス」=法習、人間の約束事
「ピュシス」=永久に変わらず自然本来にあるもの
ノモス=現状を批判。
・ソクラテス、プラトン、アリストテレス
ソフィストを批判。
ノモスにもピュシスの側面がある。
理想主義者プラトンと現実主義者アリストテレス。
・ソクラテス
悪法に従い死刑を受け入れる。
・プラトン
普遍的な真理「イデア」からの万物の流出。
・アリストテレス
普遍的なイデアは独立しては存在せず、独立に存在するのは個物のみ。
個物の内にイデアが内在する。
経験と観察の積み重ねを重視。
万学の祖。
学問には、「他の仕方ではあり得ない(必然的な)」学問(自然学、数学、形而上学、神学)と、「他の仕方でもあり得る(必然的出ない)」学問(政治学、倫理学)があり、後者においては厳密さを求めるのは謝りであり、大体において真理である前提(通念)から出発してそれよりもよいものがない結論に達すれば十分(弁証的推論⇔論理的推論)。
一般的に受け入れられている意見を前提に説得によって合意の形成を目指す推論技術である弁論術=修辞学=レトリックに高い位置。
自然的正義も変化する。
・ストア派
現行法秩序ノモスは、宇宙理性ロゴスの派生物。
人間は皆宇宙理性を分有しているので、人間によって作られたノモスがロゴスの派生物たりうる。
自然法の確立。
・キケロ
ストア思想に立脚し、ローマ万民法を市民法より評価。
ストア思想を現実世界に適用することにより、不動心を重視しすぎて厭世的になるストア派の傾向を克服。
・セネカ
自然法に立脚しつつ、理想から堕落した世界再建のため、現実的な法律、国家が必要とする。
相対主義的自然法の先駆者。
原罪ゆえにローマの法秩序を受け入れるという形でキリスト教教父たちが援用。
・アウグスティヌス
キリスト教的自然法。
(1)永久法:神の国の法。不変。
(2)自然法:地上で認識できる神の法の一部。人為的には廃止できない。
(3)市民法:人為的な法。
◆中世
・ローマ法大全
東ローマ皇帝ユスティニアヌスが編纂。
キリスト教的自然法の大成。
人間の理性を根拠とするギリシャ自然法に対し、神の摂理を根拠とするキリスト教的自然法。
・トマス・アクィナス
アウグスティヌスの法の三段階を踏襲しつつ、アリストテレスを援用し、各人は自然に有する理性によって神の摂理=永久法に参画できるとした。
自然法を、(a)全ての存在が有するもの、(b)全ての動物が有するもの、(c)全ての人が有するものに分けた。
自然法は不変ではない(自然法の歴史性)。
・中世末期
教皇権の失墜と共に、不変の永久法の権威も失墜していく。
キリスト教は権威より信仰を重視するようになる。
理性によって不変の神に近づくという静的世界観は弱まって行く。
理性と信仰は両立するのもではなく、両者には根本的矛盾があるとされ、理性と信仰が分離される。哲学上の真理と神学上の真理が並存するという真理二重説。
近代的自然法への準備。
・スコトゥスとオッカム
普遍妥当の自然法を否定。
善は神の意志によって決定され、また廃棄される。
<中世→近代→現代>
教皇(中世後期)
↓ 世俗化
絶対君主(近代前期)
↓ 分権化
ブルジョア(近代後期)
↓
労働者(現代)
◆近代
・王権神授説
絶対君主を正当化
・マキャベリ
国家の統一を重視し、君主の主権の絶対性を説く。
目的は手段を正当化する。
君主の主権は自然法に拘束されない。
・グロチウス
法を自然法と国家法に分ける。
自然法として、所有権、債務不履行責任、損害賠償責任、刑事罰等を挙げる。
自然法は神も変更できず、神がいないと仮定しても有効であるとする。
・クック(イギリス)
「権利請願」
王権に対抗するためコモンローの優位性を説く。コモンローを特権階級の権利から、全ての人の権利へと拡張。
コモンロー=記憶を超えた昔(マグナカルタ等)からあるもの、理性の極致。
・平等派(イギリス)
歴史的、限定的だったコモンローを普遍的なものと考え、自然法に近づく。
・ホッブズ(イギリス)
「自然権」=個人が生まれながらに持つ権利。
「自然法」=自然権の徹底による「自然状態」(万人の万人による闘争)から脱するために自然権を規制するもの。
個人は自然状態を脱するために自然権を国家に対し放棄する(社会契約)。従って個人は国家に絶対服従義務を負う。
コモンローより制定法を重視(法実証主義)。
・ロック(イギリス)
国王の専制に終止符を打ち、議会主権と立憲君主制の確立を成し遂げた名誉革命の思想的根拠。
平和な状態である自然状態をより安定させるための成文法、社会契約。
国家の立法権は理性の命令である自然法に制約される。
・アメリカ
イギリス議会の圧政に抵抗するため、議会制定法よりもコモンロー、自然法、憲法を重視。
独自の思想を生み出したわけではないが、近代法思想を制度化した点に功績。
・モンテスキュー(1689-1755.フランス)
「法の精神」
法とは、事物の本性に由来する本質的関係。
古今東西の法律を比較した、法実証主義。
専制を批判。
三権分立。
・ルソー(1712〜78,フランス)
モンテスキュー、ヴォルテールより過激。
私有財産が不平等を生む。
人民主権。法は人民の一般意志の表現。
直接民主制が可能な小さな国家が理想。
ブルジョワの利益のみを代表する近代自然法を批判。
・フランス革命(1789)
ブルジョワ革命。
近代自然法が基盤。
・ヒューム(スコットランド,1711-76)
功利主義。
理性より情緒が優位。
社会契約は歴史的事実でない。
正義は功利に基づく人為的なもの(ただし恣意的ではない)。
・A.スミス(スコットランド,1723-90)
国家の起源としての社会契約を否定。
・ブラックストン(1923-80,イギリス)
広義の法は物に適用される物理法則も含む。
法の記述的側面と指図的側面を混同。
近代自然法と法実証主義の中間。
・ベンサム
功利主義。
18世紀に説かれていた功利主義から、形而上的観念や自然法、社会契約を取り除き、功利主義を純粋化。
法実証主義=法は理性により発見されるものではなく、人の意志で作られるもの。
・プーフェンドルフ(1632-94,ドイツ)
教皇権と皇帝権の失墜によってカノン法とローマ法という継受法の権威も失墜したドイツで、人間の本性から論証する自然法論、社会契約論を展開。
皇帝権失墜後力をつけた諸侯に有利な国家論を基礎づけた。
また、自然法を内面的良心ではなく外面的世界を規律するものとし、法学と神学の分離を図った。
・カント(1727-1804,ドイツ)
道徳と法の分離。道徳の優位。
自律と意志の自由を基礎とする道徳論。
・ヘーゲル(1770-1831,ドイツ)
カントにとって理性とは経験的現実を超えたものであったが、ヘーゲルは現実の中に理性があるとした。
歴史主義。
自由な個人の欲望を統合した倫理的共同体としての国家。
急進的理想主義者に反論するため、プロセインが利用。
◆現代
・オースチン(1790-1857,イギリス)
法実証主義。
在る法と在るべき法の分離、関連性の否定。
法理学の対象は在る法のみ。
法=主権者命令。
・メイン(1822-88,イギリス)
歴史法学。
オースチンの法実証主義を批判。
部族社会から近代社会への法制度の変遷の法則を研究。
身分から契約へ。
文化人類学へも影響を与える。
・サヴィニー(1779-1861,ドイツ)
理性の時代18世紀に対する歴史の世紀19世紀の代表。
機械的ではなく有機的。
純粋な抽象性を持つあらゆる時代に通用する法典を批判。
現実生活と法の関係を実感できた古代の法から、法専門家による複雑な法への変遷。
法学者の仕事は、法の歴史の中から民族の指導原理を見い出すこと。
・マルクス(1818-83)
・エンゲルス(1820-94)
上部構造としての法律。
ブルジョアの生活条件に基づく法律は、ブルジョアにとっては普遍的でも、プロレタリアートにとっては偏見にすぎない。
「必要原理」=「各人はその必要に応じて」は、現代正義論に強い影響。
国家は支配階級の搾取の手段として成立。
・エールリッヒ(1862-1922,オーストリア)
制定法を事実に適用する演繹しか認めない法学を批判。
その様な考え方はローマ法を継受した地域に特有のもので、ローマやイギリスでは事実から法を発見する帰納的な考え方があった。
法をの演繹的技術によって法の無欠陥性を装うことを批判。法的安定性を担保するものは裁判官の人格しかない。
・カントロヴィッツ(1877-1940)
エールリッヒの考えをさらに推し進め、法律の無欠陥性を認める。
法創造を行う法学の地位を高め、法学を真の法源とする。
従来の論理的とされてきた法律の適用技術を、それを行う個人の好みとし、個人の心理を扱う心理学や社会学と法学の協力を促す。
・ヘック(1858-1943)
利益法学。
法律の目的は利益衡量であって、哲学や世界観から独立。
裁判官は立法者の価値判断とその原因となった諸利益を考えて法律を解釈するべき。
考える服従。
判決の具体的妥当性と法的安定性の調整のための方法論の一つ。
・19世紀の法学比較
「概念法学」=法の無欠陥、盲目的服従
「利益法学」=考える服従
「自由法学」=欠陥には自由な法創造
・アメリカ
建国以来、司法の優位、法を固定的・形式的なものとするリーガリズムが支配し、安定した社会秩序を築いてきたが、社会構造が複雑になるにつれ、それに反対するプラグマティズム法学が出てくる。
・ホームズ(1841-1934,アメリカ)
プラグマティズム法学。
偉大な反対論者。
法の形式主義の否定。
法からの形而上学の排除。
法は理性よりも経験。
法学の目的は裁判官の判断の予測。
法に人道的要素を吹き込む。
法は社会発展のための道具。
プラグマティズム法学の影響で、アメリカの法学は実験等の社会学的方法を重視するようになる。
・ラートブルフ(1878-1949,ドイツ)
新カント主義。
形而上学を批判しつつ実証主義に陥らない。
法を概念と内容に分ける。
概念は不変だが内容は変化する=変化する内容を持った自然法。
価値と実在を分ける。
自然科学=価値盲目的態度。
文化科学=価値関係的態度。
価値哲学=評価的態度。
宗教=価値相対的態度。
究極的価値は相対的でその中でどれが正当かを学問的に決めることはできないが、ある価値観を前提とした場合の手段的価値判断の正当性は確定できる。また、究極的価値を選択することを断念する必要はない。
ナチスにより冷遇。
・ケルゼン(1881-1973,オーストリア)
純粋法学。
イデオロギーを批判。
カントの方法論から影響。
正義論批判。
自然法批判。
「自然法」=自然、神、理性、人間の本性、事物の本性から絶対不変の正義規範を導き出すことができ、それが実定法の妥当根拠と主張するもの。
多数の矛盾する自然法論が受け入れられて来たのは、主観的価値判断を客観的真理だと主張したい人間の欲望ゆえ。プラトンの言う、有用な嘘。
民主主義を擁護。相対主義は民主主義の前提。
マルクス主義をイデオロギー、アナーキーとして批判。存在から当為を引き出している。
ナチスにより国外追放。
・第二次大戦後
ナチスに対する反省から、悪法は法ではないとする根拠として、ラートブルフ、トミズムに立脚するカトリックにより、自然法が再生するが、ナチス精神自体が一種の自然法だという反論も出て、ナチス断罪よって自然法論の歴史的使命が一段落すると法実証主義がまた復活する。
法は事実か(法実証主義)規範か(自然法)。法は遵守される「べき」ものとして単なる事実には解消されないと同時に、共同体において「事実上」実現されている規範でもある。
・カウフマン(1923-,ドイツ)
トマス・アクィナス理解を基に、自然法論と法実証主義の総合を図る。
実在=本質(自然法)と現存(実定法)の即応。本質は、事物より前にでもなく後にでもなく事物の中にある。
・ハーバーマス(1929-,ドイツ)
現代における自然的秩序の崩壊による公と私、全体と個人の利益、生活とシステムの対立の中で、他者に対する行為を、戦略的行為とコミュニケーション的行為に分け、後者を重視。裁判も後者。
・ルーマン(1927-,ドイツ)
現代における自然的秩序の崩壊を、不確定性、複雑性の幾何級数的増大、即ち可能な選択肢の飛躍的増加と捉え、そのような世界で可能な選択肢を抑えて単純化した部分システムが生まれた。もはやあるのは生の世界ではなくシステムのみ。
法システムもそのような部分的システムの一つ。
L.L.フラー(1902-18,アメリカ)
法には発見されるべき「理性」としての側面と、秩序の意志的形成に関わる「命令」の2つの側面がある。
法実証主義は法を社会権力の発現という完結した事実と捉えるが、権力自身が法の所産であることや、法が目的追求的企てであることを見過ごしている。
旧来の自然法論もまた、法を外から与えられるものとし、人々の共同的明確化の努力を見過ごしている。
・H.L.A.ハート(1907-93,イギリス)
リベラルな法実証主義の立場からフラーを批判。
法と道徳を分離する立場。
法理解には、法を受容し実践し、法を行為の正当化として用いる者の内的視点が必要。
日常言語哲学の影響。
言語の限界により、法にはどうしても曖昧な周縁部が存在し、そこは裁定者の裁量により判断されざるをえない。
・ドヴォーキン(1931-,アメリカ)
「慣例主義」=過去重視、
「プラグマティズム」=未来重視、
を共に批判し、
「総合性としての法」=過去の判例との整合性を取りつつ、将来にとってよい決定を出してゆく
を提唱。
・法と経済学
富の最大化。
救済する費用が救済しないことによる社会的費用より大きければ救済を認める。そうでない場合は救済を認めず、被害者に受忍を求める。
先例や制定法は考慮の材料になるだけで、拘束力はない。
プラグマティズムの流れ。
事故補償、環境保護などの制度設計において指針として受け入れる論者は少なくない。
ポズナー(1981,アメリカ)ら。
・ロールズ(1921-,アメリカ)
価値相対主義が趨勢を占め、正義について正面から論じることがはばかられる状況の中で、「正義論」を書く。
正義原理によって規定された枠組みのなかで、個人が多様な善を追求する。
功利主義=個人の善の追求の積み重ねが社会的善、との違い。
自由と平等の調和。
・リバタリアニズム(新保守主義)
ロールズよりも自由を重視。
小さな国家。
計画経済の批判。
ハイエク(1899-1992)
・共同体主義
自由と平等の対立をリベラリズム内部の争いとみなし、リベラリズムそのものを批判。
リベラルな個人主義的自由主義が、現代社会の様々な病理を生み出している。
サンデル。