核の一九六八年体制と西ドイツ

  • 有斐閣 (2021年8月4日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784641149335

作品紹介・あらすじ

核不拡散条約(NPT)という米英ソが主導した核抑止戦略を,冷戦の最前線であった西ドイツはなぜ,どのように受容したのか。いまも問い続けなければならない核秩序について,歴史から手がかりを探る。

感想・レビュー・書評

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  • ww2以降、核を巡る国際体制の変遷からNPTに着地するまでの欧米間のやりとりを確認できた

    やはり、欧州はアクターが多いので地政学状況も違えばなかなかまとまりが難しい
    その中でどうやってNPTまで辿り着いたか歴史を紐解きながら確認することは意義がある

  • どのように核兵器の開発・保有と使用をコントロールし、国家と市民の安全を守るかという問題は、核のある世界にいる我々にとっては、永久的に避けることのできない問いである。

    1945年の核兵器の誕生から様々な紆余曲折を経たのち、1968年の核不拡散条約(NPT)によって現在まで続く核の管理体制の大枠がつくられたが、この本では主に西ドイツを中心に、この経緯を詳しく追っている。

    ヨーロッパにおける核管理に関する議論は、「NATOの対ソ連軍事戦略上の核兵器の位置付け」、「ヨーロッパ諸国とアメリカの信頼関係」、「核の拡散防止」という要素が複雑に織り込まれていると感じた。

    核兵器が誕生してからしばらくの間は、核兵器を「使える兵器」として位置付ける発想があった。しかし、水爆の開発、キューバ危機、そしてICBMに代表される敵国の中枢を破壊できる運搬手段の開発により、破滅的な攻撃力を持つ核兵器は、実際に使用する兵器としてより抑止力としての位置付けを強めていった。

    また、冷戦初期のNATOは、陸上戦力ではソ連軍に到底対抗できないという認識がある一方、西側ヨーロッパ諸国には大幅な戦力増強は財政的な困難を伴うという予算上の制約もあった。そのため、核兵器は西側にとっては対ソの戦力均衡を生み出すための不可欠な要素と位置付けられた。

    このような核兵器の独自の位置付けによって、西側ヨーロッパ諸国にとって核管理の問題は国家の安全保障の最重要のテーマとなった。

    一方で、理論上このような形で核を位置づけても、実際に核兵器を保有しているのは圧倒的にアメリカであり、NATOのヨーロッパ諸国にとっては、アメリカが使用に最終決定権を持つ核の傘の下で本当に自らの安全が守れるのかという懸念は常に生じていた。

    また、西ドイツにとって、ソ連中枢を叩く戦略核ではなく、より近距離の軍事目標を狙う小規模の戦術核であれば、それは(建前上は分離を認めておらず同じ国民である)東ドイツがその標的になることも考えられる。

    つまり、核管理体制の問題は、「いざという時に本当に核によって守ってくれるのか」という問題でもあり、逆に、「自国の望まない形での同盟国の核使用を止めることができるのか」という問題でもあった。

    このようなことから、核兵器の保有と運用に関して、NATO内では非常に複雑な駆け引きが繰り広げられた。特に検討されたのが「多角的核戦力(MLF)」と、「核共有」である。

    MLFは、まずはアメリカの核をNATOのもとに配備し、欧州連合軍最高司令官の指揮下で使用することができるようにし、さらに最終的には多国籍の兵員で構成されるチームが運用する体制を作るというものである。所有、指令、管理から実際の作戦行動における兵員まで、全てのレベルで多国籍の体制を作ることで、どの国も単独で核使用に踏み切ることができなくするという構想である。

    この構想は、結果としてはあまりに複雑な構想であること、またアメリカが自国の核の所有、使用の権限をこのように全面的な形で他国に譲り渡すことはないということから、実現はしなかった。

    一方の核共有は、西ドイツをはじめとする複数の国との間で実際に形になり、現在もその運用は続いている。核共有とは、核弾頭自体はアメリカが保有するものの、その核を運搬する手段としてのミサイル、潜水艦、爆撃機などを西ドイツ(などの国)が保有し、核使用の必要性があるとアメリカが認めたときにはアメリカの核弾頭を西ドイツ側に渡し、核攻撃を可能にするという体制である。

    あくまで有事にならなければ核の所有は移さず、またアメリカは使用を認める権利、つまりは拒否権を持っている形である。この核共有という体制によって、アメリカは、西ドイツの防衛にコミットしていることを示す象徴的な意味を示した。

    それと同時に、核共有は核の拡散防止のために生まれた体制でもあった。

    西側のヨーロッパ諸国の中には、アメリカの核の傘に守られているだけでは不十分で、自国の核戦力を持つことが重要であると考える国もあった。イギリスは早い段階で自国の核開発を決めており、フランスもドゴールが1958年に政権に返り咲いて以来、軍事的に独自の路線を追求し、核兵器の開発でも自国による開発を目指すという路線を進めた。

    核の拡散防止のための国際的な体制が構築されておらず、ソ連との地上戦力の格差がある中で、ヨーロッパの西側諸国が独自の抑止力の必要性を感じることは、当然でもあった。

    結果として、イギリスとフランスは独自の核開発の道に進んだが、西ドイツがドゴール-アデナウアー時代の独仏の親密な関係にも関わらず核開発には至らなかった要因の一つが、核共有の体制であっただろう。

    当然、1960年代半ばころから世界各国が核の開発競争から拡散防止の方向へと動き始めた背景は、それだけではない。核兵器が爆撃機から投下するものというよりICBMやSLBMといった弾道ミサイルで運搬されるものになり、核戦力を構築し運用するためのコストが大幅に高まったということも大きな理由である。

    本書では、これらの複雑な背景が相まってNPTを中心とする核管理の体制が作られる過程を、詳細に追いかけている。

    現代においては、戦略核と戦術核という区分はあまり使われなくなり、また小規模な核を念頭に置いたエスカレーション抑止の考え方をとる国も出てくるなど、核をめぐる国際情勢は当時からは大きく変化している。

    NPT体制下においても、中国、インド、パキスタンといった新たな核保有国が誕生し、またそれ以外にも、「秘密裡」に核開発を進める国もある。しかし、西側ヨーロッパ諸国がこの核管理の体制により自らの核開発競争に一定の歯止めをかけたことは、少なくとも核の拡散防止に対する意味があったであろう。

    核をめぐる国際情勢が変化しつつある現在であるからこそ、核が登場してから最初の約20年間に、各国が独自の利害を持ちながらも最低限必要な方向性を共有して、核管理の体制を構築した過程を知ることは、大切なことであると感じた。

  • 東2法経図・6F開架:319.8A/I94k//K

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著者プロフィール

政策研究大学院大学教授

「2021年 『核の一九六八年体制と西ドイツ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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