- Amazon.co.jp ・本 (372ページ)
- / ISBN・EAN: 9784641174412
作品紹介・あらすじ
社会学界を牽引する4人のトップランナーによるリレー対談!
「社会学は,これからどうなるのか?」「専門の違う立場からすると,社会はどう違って見えるのか」「違って見えるとしても,本当に重要なのは○○ではないか…?」企画のスタートから3年,定期的に対談を重ねて,ときに雑談(ただし真摯な),ときに学問の最先端を語りながら,ようやく一冊の本になった力作です。
感想・レビュー・書評
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社会学者4人がリレー形式で行った対談の記録。
理論、量、質という異なる領域の専門家が対談することで、ひとことで社会学といっても、研究の対象や手法などがかなり広く、どれか1つが正しいというものでもない、ということがよくわかる。
でも、こうした交流を通じ、より多角的な分析、理解に繋がるとよいと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
社会学のイメージって、手広くやってるけど、実際学問として何やるの?くらいしか分かってなかった自分……。
量的調査と質的調査の相いれなさと希望に何度か言及する所が印象に残ったかな。
状況を捉えようと思えば、サンプルの量が必要で、そこからこうですよねって導き出すのが量的。
けれど、そのサンプルがたとえば100集めてこうですって言ったとして、別の100集めたら別の結果や意味が生まれたとしたら。(そうならないようにされているんだけども)
一人一人の感じてきたこと、考えてきたことは、同じ状況であっても違うんじゃないか。それなら、一人の語りを深く掘り下げることで、背景に見えてくるものがある、とするのが質的ということかな。
進めていく中で、どちらも必要になってくることは分かりつつ、手を伸ばす時間と資源がない。
お互いが生み出した蓄積を使いながら、違った角度から進めていきたいのだけど、そこで対象の広さの壁や、継続性から捨てられない壁が見えてくる。
また、経済みたいな動きを見るものでも、臨床みたいに治療が目的になるものでもない、政策科学とは円の重なりがあってどう分けていくか、というのもなるほどーと思う。
時々、○○学って何するものぞ?みたいに軽く扱ってしまうことがあるんだけど、その分野の人は自分たちのテリトリーについてすごく真剣に考えているんだよね……。
最後に。
他者を理解する、マイノリティとは何かという話も自分には大切な視点になった。
研究対象ではあるんだけど、その人たちの立場を想像出来なければ、アンケートやるにしても、項目にズレが生じてしまう。
かといって、密接になりすぎて、距離を取って書くことが出来なければ、あるいは踏み込めなければ、それは論として成り立たない。
理解することの、暴力。
でも、理解できることとは。 -
凄いボリュームの本なので圧倒されてしまいますが、頑張って読んでみて欲しい本です。岸政彦さんの文章から感じるやさしさが好きで、それがいったいどこからきているのか少しわかった様な気がしました。
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とても興味深く読ませていただきました。
社会学自体が馴染みがなかったが、4人の討論のわりにはよく纏まっているので、読んでいるうちに「社会学」の輪郭や直面している問題について理解ができるようになってきました。
社会学を専攻していない素人の方でも、楽しく、また気づきを得ることができる良書だと思います。 -
【書誌情報】
著者:岸 政彦 (立命館大学教授)
著者:北田暁大 (東京大学教授)
著者:筒井淳也 (立命館大学教授)
著者:稲葉振一郎 (明治学院大学教授)
2018年11月中旬
四六判並製カバー付, 372ページ
定価 2,376円(本体 2,200円)
ISBN 978-4-641-17441-2
〈http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641174412〉
【簡易目次】
はじめに
第1章 社会学はどこから来てどこへ行くのか
第2章 社会学は何に悩み,何を伝えたいのか
第3章 社会学は何をすべきで,何ができるのか
第4章 質的調査と量的調査は対話可能か
第5章 フェイクニュースに騙されないための《社会調査》のすすめ
第6章 社会学の仕事の実際
第7章 データの正しさと〈相場感〉
第8章 再び,社会学はどこから来てどこへ行くのか
索引 -
現代社会学を巡る3つの潮流である質的調査・量的調査・理論をそれぞれ代表する社会学者に、どちらかというと社会思想史の研究者としての色合いが濃い稲葉振一郎を加え、それぞれの鼎談によって構成された一冊。
社会学に対して多少なりとも興味関心がある人でないと全く面白く感じない本だとは思うが、登場する社会学者はみな、現代の日本の社会学におけるトップクラスの論客たちであり、知的な刺激は大いに得られる。
大きく印象に残ったのは2点。
北田暁大氏については私が大学生だったときから既に若手論客として名を馳せており、何の本に収められた論考だったかは全く忘れてしまったのだが、「社会的な問題にコミットする」という姿勢を当時から明確にしていたその論考の異常なまでの熱さに、21-22くらいの私は多いに刺激を受けたものであった(2006年、集中講義にも来てくれて受講した記憶がある)。それから15年ほどが経つが、本書においても氏のスタンスは「社会学というのは、社会問題が存在するという点を前提とすべきだ」と変わっておらず、印象に残った。
もう1点は統計データの分析等に基づく量的調査を得意とする筒井淳也氏の「開発経済学や行動経済学に代表されるような統計的因果推論はあまりにもブームになりすぎていて、過剰な期待を背負わされている」という指摘は非常に鋭いものだと感じた。確かに、人文社会科学においても経済学などをはじめとして統計的因果推論のバブルは異常なまでの熱気に達しているような気は薄々としていた。そういう点で、社会学における量的調査は、「Aを行えばBのような結果が得られる」という変化についての含意は全く扱わずに、そもそも「社会がAのような状況にあるのはなぜか」という論点を扱うわけであり、変化の前提となる現状把握として意味があるという指摘は、なるほどと実感した。 -
「社会学はどこから来てどこへ行くのか」岸政彦・北田暁大 ・筒井淳也・稲葉振一郎 http://yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641174412さすがの有斐閣、おもしろかった。社会学は何を伝えたいのかとか正しさとかデータの扱いとかコンサルの外注調査の粗雑さとか。岸政彦という人を通して知る世界はほんとうにおもしろい(おわり
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素養ないけど通して読むと、現在の社会学の動向がなんとなくわかるような気持ちになり、社会学っておもろいなあと思う。
枠の成り立ちがそもそも違う「他者」の存在の担保と、その社会における合理的ふるまいの理解から、安易な自己責任論を解放する価値があるというフィールドワーカーの心意気が伝わる。ただ合理性、自己利益の最大化によった他者理解という軸だけでは、弱いように思う。 -
話は面白いが、凡才の頭では整理するのが難しい…
再読しなければなりません(//∇//) -
社会学部の方とかは研究のさいや、論文を書く際に役立つであろう
専門的な部分はよくわからないけど、学問の成り立ちとかいま一つの学問としてある分野がどんな状況でどんな考え方があるのかとかが分かる
しかし門外漢すぎた