ポリティカル・コレクトネスからどこへ (単行本)

  • 有斐閣 (2022年9月6日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (266ページ) / ISBN・EAN: 9784641174771

作品紹介・あらすじ

誰もが手軽に表現するSNS普及後の世界で、人文・社会分野の研究者の視点はどのように活かせるのか。ジェンダーとフェミニズム、セクシュアリティとクィア、障害と社会モデル、エスニシティと社会的な望ましさなど、私たちが生きる現代社会の不均衡を知り、別のありかたへ。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

現代社会における多様性の理解とその重要性を探る本書は、ポリティカル・コレクトネスの概念を深く掘り下げています。特に、障害者に対する配慮が思いやりではなく権利保障であることや、ポリコレの基準が時代や個人...

感想・レビュー・書評

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  • 清水晶子さんとフェミニズムを話す。「違う生き延び方をしている人たちの選択を簡単に否定しない」 | me and you little magazine & club
    https://meandyou.net/202202-akikoshimizu/

    日本映画大学 ハン トンヒョン(先生からのメッセージ) | 大学を探すなら進学ナビ
    https://bit.ly/3STKFkE

    マイノリティ女性は声をあげてきた、でも…2021年に考えたい「日本のフェミニズム」の問題点【フェミニズム研究・飯野由里子】 | NOISIE(ノイジー)
    https://noisie.jp/works/1119/

    ポリティカル・コレクトネスからどこへ | 有斐閣
    https://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641174771

  • 「障害者への配慮は思いやりからしてはいけませんよ」。驚いた。障害者への配慮は思いやりではなく権利保障だと。ポリコレ以前の問題だった。
    昔の障害者基本法では障害者=障害のある方だったが、今の差別解消法は障害者=日常・社会生活に制限を受ける方。だからその支障を取り払うようにしなければいけないのだという。思いやりを持った優しいオレで満足してる場合じゃないんだな。
    主題のポリコレとは多様な立場・考えの人々が共に生活する上での最低水準、これさえ守っていればいいというものではない。だから言葉に気をつけ、外見を整えることに汲々しているのはダメ。またポリコレの水準は人によって、時代によって揺れ動くものだから、安易に正しさを求めずに面倒だが話し合いながら進んでいくのが大切だという。
    小論の中にはうまく消化できないものもあったが、日頃は深く考えないことを考える機会になった。

  • political
    政治(上)の,政治に関する,政治学の,政治にたずさわる,国政の,政党の,党略のための,政治に関心のある,政治活動をする

    Correctness
    正しさ

  • (少数者に)「思いやりはいらない」
    思いやりは誰に対してもあってもいいと思うけど、同情ってことかな。
    同情は、どこかしら「上から目線」な気がする。
    同情より理解(勉強)と共感。Empathy 。
    あと、「個人ではなく構造」
    とにかく対談がおもしろく、違う視点が興味深い。

  • マイノリティ保障について、寄り添いや思いやりではなく法整備を重要視している点が勉強になった

  • ポリティカル・コレクトネスについてはメディアへの登場も増え認知が広がっているが、その歴史について正しく学べる場は少ないように思う。しっかり学べる本書は重要であり、またこの知識を社会で共有していくべきと感じる。
    興味を持った大人が読むには非常に適切な内容だが、興味の浅い大人や子どもたちまで広く読まれるのには難解な表現も多い。一般に広めるために簡単なことばを用いた本があればよりよいと思う。

  • 社会的な正しさと道徳的な正しさの分水嶺。
    日本ではポリティカルコネクトネスが成熟していない。今後この2つが軸になるかもしれない。

  • 一方的に見える感じで、「ポリコレ!」って非難している人々の言い分をもっと具体的にとりあげて考えて反論してみてほしいと思う。最初の方で「差別」がちゃんと理解されてないから、みたいな話が出てくるんだけど、自分たちの理解が示されておらず、出てくるのはうしろの方のハン先生のやつだけ。

  • 【書誌情報】
    『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』
    著者:清水 晶子 (東京大学教授)
    著者:ハン トンヒョン (日本映画大学准教授)
    著者:飯野 由里子 (東京大学特任助教)
    発売日:2022年08月下旬
    版型:四六判並製カバー付, 260ページ
    定価:1,980円(本体 1,800円)
    ISBN:978-4-641-17477-1
    ジャンル:
      社会学 > 女性学・男性学・ジェンダー
      社会福祉 > 障害者福祉
      社会学 > エスニシティ 

     「不快な思いをさせてしまい,申し訳ございません」という謝罪をよく見かけるものの,この表現は的外れかもしれません。では,いったい何が問題なのでしょう。ジェンダー,セクシュアリティ,エスニシティ,障害を軸に,SNS時代のいま押さえておくべき基礎知識。
    [http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641174771]

    【簡易目次】
    序章 ポリティカル・コレクトネスをめぐる論点
    第1章 クイア・ポリティクスとポリティカル・コレクトネス
    第2章 「次善の策」としてのポリティカル・コレクトネス
    第3章 バックラッシュ/キャンセルカルチャーと法整備の必要性
    第4章 「思いやり」から権利保障へ
    第5章 マジョリティ性をどのように考えられるか
    第6章 「社会的な望ましさ」をめぐるコミュニケーションとしてのPC
    終 章 「正しさ」や「望ましさ」について議論を続ける

  • ポリティカルコレクトネスをしっかり理解したくて読んだ。この本を読んだことによって、SNSの雑な言説に振り回されなくなった。

  •  様々な角度から毀誉褒貶にさらされるポリティカル・コレクトネスの概念について、クィア(セクシャル・マイノリティ)、障害、エスニックマイノリティ(在日コリアン)のそれぞれの視点から論考を載せ、それらを元に議論を交わしている本。

     個人的には清水晶子のクィアについての論考の、特に「アンチソーシャル」に関する記述が興味深かった。
     昨今、世の中的にはLGBTへの関心が高まっているような雰囲気が日本でもあるが、これまでLGBTを巡る議論や権利要求に関しては決して、「市民としての同性愛者」のような議論には収まらないものが見られた。「同性愛者だった一人の市民であり、そうであれば当然に結婚する権利も認められるべきだ」というのはもちろん真っ当な主張であり、要求であるのだが、それは時としては「まともな市民」の枠に同性愛者も入れてもらうことを求めるような態度とも言える。
     というのは、性的マイノリティの文化には、単なる単婚的なパートナーシップ関係を構築するものだけではなく、不特定多数の相手とアドホックな関係を持つような(要するにハッテン場的な)文化もあれば、またマジョリティからは眉をひそめられるようなものも含まれる。
    その時に、「わたしたちはまっとうな市民です」とは主張できない(したくない)ものの、それでも生存の権利を主張する場面や、あるいはマジョリティの抱える規範そのものを揺るがして変容していく主張をせざるを得ない場面がある。そうした社会の「当たり前」を揺るがす態度こそが、クィア・ポリティクスにおける「アンチ・ソーシャル」であると言うことができるだろう。

     ポリティカル・コレクトネスとの関係で言えば、ポリティカル・コレクトネスのような概念が、ある意味で(マジョリティ的な、市民的価値に立脚した)「道徳的な正しさ」として立ち現れる時、その一見まっとうな主張は、上記したようなクィアの文化とは相性が悪い。だからこそ、クィアの人々はそのようなポリティカル・コレクトネスの主張に対して複雑な立ち回りをしないといけなくなる。

     清水の文章は決してわかりやすく書いていない上に、ある程度の前提知識が必要とされると思うが、それでも刺激的で、個人的にはとても興味深かった。もっとクィア・ポリティクスについて学びたいと思った。

  • 今後も気にしていきたい、ずれないようにしていきたいテーマのひとつ。自己の加害性、マジョリティ性の意識

  • 性別、障害、外国人。
    それぞれの有識者が語る、ポリコレの実態とこれから向かう先。

    性別の問題、海外の方の問題はよくわかんなかったけど、
    障害を持っている人に対して、我々は我々に便利なように設計した責任があるのですか。それを権利保障というらしく、まぁ確かに思いやりとか、気遣いでやると、上下の関係になってしまうし、強い言葉は必要なのだろう。


    寄り添うんじゃなくて、制度を作るとか法律を作るとかが必要。
    寄り添いが、ポイントではない。寄り添うわれたり、共感されても、何の役にも立たない。

    障害者への配慮、合理的配慮と言うのは思いやりからしてはいけません。これは権利保障としてやりましょう。
    社会は、障害のない人の都合に合わせて作られてしまっている結果、障害のある人にとって非常に不便になっている

    マジョリティー特権
    個人を切り離すのが重要

    「他者の傷つきやすさ」と「失敗するのは当たり前」をゆるく共存させていく

    セルフケア的なものの必要性
    傷は自分で直せ。マイノリティーとして生まれ育ったりすると、セルフケアをすること自体がサバイバルに結びつく。

    社会的属性の価値付けを伴う描き方など伸ばしさ。
    ポリコレは法的な規制ではなく、明文化されていない。規範倫理だ。

    差別には4つの水準がある。
    序列化 見出し 劣っているから従え
    差異化 遠ざけ 違うから、別々で
    同化 無視 同じ扱いだからいいよね
    美化・同情 特別視 〇〇は皆素晴らしい

  • 凄く勉強になる良い本だった。ポリコレは共生の為の最低限のルールであり、お気持ちには寄り添わないものなのね。昨今のツイッタランドを見ていると、ポリコレ大事って人もポリコレ棒って言ってる人も、社会的弱者性・強者性を属人化し過ぎてお気持ちを語り過ぎている。
    今後より困難さを増していくだろう社会だからこそ、社会的な望ましさのコンセンサス化は必要だし個々人が色んな属性を訴えてポリコレを潰しにいっている場合ではないな…と思った。

  • PCは社会構造的な問題であり、個人の感情とは切り離すべきだということを初めて認識した。
    PCはキャンセルカルチャーとレッテルを貼られて攻撃されている。
    こんな世の中になぜなってしまったのか、トランプが大統領になる事で世界中にさらに広まっていくことが恐ろしい。

  • 序章 ポリティカル・コレクトネスをめぐる論点
    第1章 クィア・ポリティクスとポリティカル・コレクトネス
    第2章 「次善の策」としてのポリティカル・コレクトネス
    第3章 バックラッシュ/キャンセルカルチャーと法整備の必要性
    第4章 「思いやり」から権利保障へ―ディスアビリティをめぐる「正しい」見方
    第5章 マジョリティ性をどのように考えられるか
    第6章 「社会的な望ましさ」をめぐるコミュニケーションとしてのPC―レイシズム・多文化主義とその周辺から考える
    終章 「正しさ」や「望ましさ」についての議論を続ける

  • LGBTQ差別、障害者差別、外国人差別の3つの差別からポリティカル・コレクトネスを考える本。
    鼎談と三人の著者それぞれの執筆章を交互に挟んだ形式なので、とても分かりやすかった。

    特に障害者差別について知らないことが多かったので飯野由里子さんの章は勉強になった。「個人モデル」と「社会モデル」という言葉も初めて知ったが、障害者個人に障壁があるのではなく、健常者の使い勝手しか考えない社会こそが障壁であるという考え方は、本当に大事だと深く納得した。

    ハン・トンヒョンさんの章で、ポリコレを「社会的な望ましさ」と定義し論じている内容もとてもよく理解できた。
    憲法学者の志田陽子さんのポリコレに対する定義「マイノリティ側にも対等な言論の自由、表現の自由を保障する」という意図で「マジョリティ側の無自覚な差別に対しての気づきを迫る対抗言論を積極的に承認するもの」を引いているが、まさにそうだなと思う。

    ポリコレ棒などと呼ばれ揶揄されるように、ポリコレが日本では配慮の行き過ぎや言葉狩りと捉えられていることが多いのが残念。
    配慮が行き過ぎているどころか大分遅れているのに、バックラッシュが巻き起こっているというのも深刻な問題だと思う。海外では、差別があることについてどうするか?という議論なのに、日本では、そもそも差別は存在しないという話になって、差別があると認めさせることから議論を始めなくてはいけない、という話も深刻な問題だと思った。また、マジョリティの特権性について話すと、マジョリティ側を傷つけないように配慮してほしいという話になる、と…そこは配慮する必要あるのかな、と思ってしまうが…。

    全体を通して、清水さんがポリコレにリスクを感じているということが、どうにもよく理解できなかった。性的な自由さ(反道徳的なもの)とポリコレとは別に相反するものではないと思うのだが…(ハンさんもポリコレはその点も包摂していると言っているが)。

  • 気になった話題として,著者の1人が受けた要望が興味深かった.マジョリティが障害者に関する研修を受けてもその人たちが責められていると感じてしまうと話を聞いてもらえなくなる.もう少し彼らに寄り添った言葉遣いをしてほしいという要望である.これをどう考えたらいいか困惑しているという話が気になった.

    差別の話をすると反動化する人たちも一部でいるわけで差別解消を目指すにあたって(法の制定等)マジョリティ側の理解はどうしても必要なので,こうした彼らの心情の扱いは無視できない.

    この本でも他の先生方がそれぞれ反応しているが,どうしてマジョリティ側が傷つくのかという点はしっかり分析するべき重要な問題と思った.今後これに対してどういった分析が与えられるのか気になるところ.

    勉強になりました.

  • 学生(らいすた)ミニコメント
    私たちが生きる現代社会の不均衡を知り、別のあり方へ。

    桃山学院大学附属図書館蔵書検索OPACへ↓
    https://indus.andrew.ac.jp/opac/volume/1323404

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著者プロフィール

東京大学大学院総合文化研究科教授。専門はフェミニズム/クィア理論。著書に『フェミニズムってなんですか?』(文春新書)、『読むことのクィア――続 愛の技法』(共著、中央大学出版部)など。

「2022年 『トランスジェンダー問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

清水晶子の作品

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