現代語訳 吾妻鏡 5 (現代語訳 吾妻鏡)

  • 吉川弘文館 (1899年12月31日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784642027120

作品紹介・あらすじ

奥州藤原氏討滅に続き、その遺臣大河兼任の蜂起を鎮圧した頼朝はついに上洛し後白河法皇と対面、右近衛大将・権大納言への任官と辞任を経て征夷大将軍となる。造伊勢神宮役や有力御家人佐々木氏と延暦寺の対立をめぐり幕府と朝廷・有力寺社との交渉も頻繁となる一方、内乱による「数万之怨霊」を供養する永福寺も完成し、新時代が到来を告げる。

感想・レビュー・書評

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  • 1190年~1192年の『吾妻鏡』の記述。
    ・本巻の政治情勢
    ・吾妻鏡 第十 建久元年(1190)正月~12月
       但し、3月までは文治6年。4月に建久元年に改元。
    ・吾妻鏡 第十一 建久二年(1191)正月~12月
    ・吾妻鏡 第十二 建久三年(1192)正月~12月
    本書のほぼ三分の一をを占める分量の注、有り。
    付録は、時刻表/方位、平泉復元地図。
    大倉御所概念図、鎌倉時代の鎌倉。

    奥州藤原氏の遺臣の蜂起と鎮圧後、
    後白河法皇の命により上洛し、対面した頼朝。
    寺社と朝廷との関係に苦慮する中に発生した、
    佐々木定綱と延暦寺の衝突。
    建久二年3月の後白河法皇の逝去、67歳。
    建久三年7月、頼朝は征夷大将軍に補任される。
    8月には千万(千幡)、のちの実朝が誕生。
    そして、数万之怨霊を供養するための永福寺が造営された。
    洪水や飢饉、鎌倉の大火、地震を乗り越え、
    幕府機構が整備され、上洛し、征夷大将軍となり、
    頼朝の絶頂期を迎える。
    上洛の人数もさながら、共に行列に参加した御家人たちの
    その人名が記録として残されていることや、
    朝廷や幕府、寺社の催しや行事の様子が記録されているのも
    興味深く、何と言っても贈り物は馬なのが時代を感じます。
    頼朝のお相手大進局の男子出産と政子の嫉妬、
    曾我兄弟と北条時政、金剛(北条泰時)の逸話、
    義時と姫の前等、北条関係の話が時折挟まっているのも
    面白かったです。

  • 貸出状況はこちらから確認してください↓
    https://libopac.kamakura-u.ac.jp/webopac/BB00207752

  • 後白河法皇が崩御し、源頼朝が征夷大将軍となる。息子も生まれ、彼の絶頂期だ。

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著者プロフィール

1946年生まれ。東京大学・放送大学名誉教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。博士(文学)。専門は日本中世史。著書『院政期社会の研究』(山川出版社)、『吾妻鏡の方法』(吉川弘文館)、『中世のことばと絵』(中公新書)、『絵巻で読む中世』(ちくま学芸文庫)、『書物の中世史』(みすず書房)など。

「2019年 『中世史講義 院政期から戦国時代まで』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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