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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784642027182
作品紹介・あらすじ
将軍頼経は多くの御家人を供に上洛、内裏や公家の邸宅、周辺の寺社等を訪問して鎌倉へ帰還した。頼経は京都滞在中に検非違使別当にも任命された。京都、ついで鎌倉に夜間警備のための篝屋が設置される。隠岐では後鳥羽上皇が没する。鎌倉深沢では大仏が造営される。執権北条泰時が没すると、孫経時が後を嗣ぎ、頼経の子頼嗣を新たに将軍とした。
みんなの感想まとめ
政治情勢の変化や世代交代が描かれる中、将軍頼経の初上洛が重要なテーマとして浮かび上がります。彼は幕府の中枢を従え、朝廷の有力者たちと交流を深めながら、法の整備を進めていく様子が詳細に記されています。特...
感想・レビュー・書評
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1238年~1244年の『吾妻鏡』の記述。
・本巻の政治情勢
・吾妻鏡 第三十二 暦仁元年(1238)正月~12月
但し、11月までは嘉禎四年。11月に暦仁元年に改元。
・吾妻鏡 第三十三 延応元年(1239)正月~12月
但し、4月までは暦仁二年。2月に延応元年に改元。
仁治元年(1240)正月~12月
但し、7月までは延応二年。7月に仁治元年に改元。
・吾妻鏡 第三十四 仁治二年(1241)正月~12月
仁治三年は欠本。
・吾妻鏡 第三十五 寛元元年(1243)正月~12月
但し、2月までは仁治四年。2月に寛元元年に改元。
寛元二年(1244)正月~12月
注、有り。付録は、時刻表/方位。大倉御所概念図。
鎌倉時代の鎌倉、若宮大路周辺図。
天皇家系図、鎌倉将軍家系図、北条氏系図。
北条泰時や時房ら幕府の中枢を従えての、
将軍・藤原頼経の初上洛。正に鎌倉幕府の大移動。
頼経は親族や朝廷の有力者と会い、参内も果たす。
幕府と朝廷の間で法の整備の整合が成される。
また、幕府自体でも様々な条々が決議され、基盤を強める。
幼い四条天皇の崩御からの幕府主導による後嵯峨天皇の即位。
そして宿老や要人の死。二階堂行村や小山朝政、
三浦氏の重鎮である義村、北条家では連署を務めた時房、
執権の泰時までも亡くなってしまう。そうそう、後鳥羽上皇も。
孫で19歳の経時が執権と成り、訴訟関係の整備を進めた。
幼かった頼経は20歳を越える年齢と成り、
後継の頼嗣が6歳で元服し、征夷大将軍の宣旨を受ける。
彗星、月食、地震、旱魃、大洪水、多くの火災がある中、
幕府の法整備が進行し、存在感が確かなものとなってきます。
そのためか、相論や訴訟の記録があちこちに見られますが、
大きな騒動は起こっていません。但し、注を読んでると、
宝治合戦での死亡フラグが立ってる人物が・・・次巻ですなぁ。
因みに、鎌倉大仏の記録はほんの少しでした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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いつのまにか鎌倉に大仏が造られていたようだ。
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泰時が死んで経時、そして時頼へと政権は移っていきます。長谷の大仏もできる。
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