現代語訳 吾妻鏡 (13)

  • 吉川弘文館 (2013年5月30日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784642027205

作品紹介・あらすじ

執権北条時頼に嫡子時宗が誕生する。宝治合戦の余波である了行法師らの謀叛未遂事件や九条道家の死をきっかけとし、道家の孫である摂家将軍藤原頼嗣の追放と後嵯峨上皇皇子宗尊親王の関東下向と将軍就任が断行され、幕府の体制のみならず、朝幕関係も新たな段階へと移行してゆく。また、幕府による京都閑院内裏造営は、御家人役のあり方を示す。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

鎌倉時代の政治情勢と人間ドラマが織り交ぜられた本書では、執権北条時頼の治世における重要な出来事が描かれています。嫡子時宗の誕生を皮切りに、宝治合戦の余波や九条道家の死、摂家将軍藤原頼嗣の追放、そして宗...

感想・レビュー・書評

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  • 1250年~1252年の『吾妻鏡』の記述。
    ・本巻の政治情勢
    但し、建長元年(1249)正月~12月の記事は欠落。
    ・吾妻鏡 第四十 建長二年(1250)正月~12月
    ・吾妻鏡 第四十一 建長三年(1251)正月~12月
             建長四年(1252)正月~2月
           ここまでが頼嗣将軍記。
    ・吾妻鏡 第四十二 建長四年(1252)正月~12月
    注、有り。付録は、時刻表/方位。大倉御所概念図。
    鎌倉時代の鎌倉、若宮大路周辺図。
    天皇家系図、鎌倉将軍家系図、北条氏系図。

    鎌倉幕府の政権を運営するのが、
    執権の北条時頼と連署の北条重時となった時代。
    京では相次ぐ火事により、閑院内裏や蓮華王院など、
    広範囲に焼失。それらの造営は御家人たちの多大な負担に。
    建長三年末の謀叛(翌日には誅殺&配流)から発覚した、
    藤原頼経・頼嗣の藤原(九条)家関係者と北条得宗家の対立は、
    様々な憶測が流れる藤原(九条)道家の死もあり、
    御嵯峨天皇院の第一子・宗尊親王の下向と将軍就任が決定され、
    頼嗣は京への送還となってしまう。
    宗尊親王は13歳で征夷大将軍を宣旨、新御所造営が成された。
    引付の設置、様々な条々、法の制定や審議や、
    鎌倉を都市としての整備と治安の維持が成される中、
    記録としての閑院造営、方違や御弓始等の様々な行事や儀式、
    近習や引付、供奉人等の名簿が多く登場します。
    足利、諏方、二階堂の名が多く見られました。
    あ、謀叛発覚後は千葉氏いないし~。
    親王下向での料の記録も興味深い。八種菓子が気になる~。
    他の記録では、誕生(のちの時宗、のちの時宗の妻)、
    元服、病、死去。下向しての宗尊親王の病も。
    天変地異としては、大地震、洪水、天変など。火事も多い。
    怪異では水が紅色、本尊が汗をかく、怪牛、烏や鶏の多死等。
    金剛の八丈釈迦仏の鋳造が始まるって、あの大仏ですね。
    気になったのは、幕府の女房の勝負・・・って何?

  • 貸出状況はこちらから確認してください↓
    https://libopac.kamakura-u.ac.jp/webopac/BB00252427

  • つらつらと随行の人の名を書いていたかと思うと、急に親子の人情沙汰の記述があったり、将軍が変えられたり、脈略なくバタバタしている記述。
    日直みたいに、いろんな人が書いてるのか?

  • 源家を悪辣な陰謀でのっとった北条氏の躍進は続く。

    執権北条時頼に嫡子時宗が誕生し、宝治合戦の余波で了行法師の謀反未遂事件が勃発、京で九条道家が突然逝去するや、幕府は道家の孫である摂家将軍藤原頼嗣を追放し、御嵯峨上皇の皇子宗尊親王を親王将軍として鎌倉に招くのである。

    先日富士山が世界遺産に認定されたそうだが、建長3年6月まで幕府は炎暑の時期には富士山の雪を取り寄せていたというから驚く。

    しかし北条時頼は安倍晴茂などの陰晴師などが5月に旧御所を取り壊すのは憚るべしと声を揃えて猛反対したにもかかわらず、中国の古典を引用してその愚を説き、破却したというから、やはり並の人物ではなかった。

    当時は犬追物と称して騎射の練習のために多くの犬を射殺していたが、そのために多くの犬をどこかで飼っていたのではないだろうか。武士たちの弓矢の技術は世界最高のレベルにあったから、もし当時うちの愛犬ムクなんかが横丁をぶらぶら散歩していたなら、すぐにとっつかまって血祭りにあげられていたに違いない。

    建長4年正月11日に「大慈寺の前の川の中でトビが21羽死んでいた」という記事が出ていたので、念のためにさっそく駆けつけてみたが、761年後のまったく同じその場所では、数匹のハヤが楽しげにスイスイ泳いでいるだけであった。

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著者プロフィール

1946年生まれ。東京大学・放送大学名誉教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。博士(文学)。専門は日本中世史。著書『院政期社会の研究』(山川出版社)、『吾妻鏡の方法』(吉川弘文館)、『中世のことばと絵』(中公新書)、『絵巻で読む中世』(ちくま学芸文庫)、『書物の中世史』(みすず書房)など。

「2019年 『中世史講義 院政期から戦国時代まで』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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