現代語訳 吾妻鏡 14 得宗時頼 (現代語訳 吾妻鏡)

  • 吉川弘文館 (2014年2月27日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784642027212

作品紹介・あらすじ

連署極楽寺重時の出家に続き、病に倒れた執権北条時頼は出家を決意。重時の子長時に執権職を譲る。回復した時頼は僧形で執政を開始。得宗専制政治への第一歩であった。やがて時宗が元服。幕府は静かに転換点を迎える。

感想・レビュー・書評

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  • 1253年~1257年の『吾妻鏡』の記述。
    ・本巻の政治情勢
    ・吾妻鏡 第四十三 建長五年(1253)正月~12月
    ・吾妻鏡 第四十四 建長六年(1254)正月~12月
    但し、吾妻鏡 第四十五 建長七年(1255)の記事は欠落。
    ・吾妻鏡 第四十六 康元元年(1256)正月~12月
    但し、10月までは建長八年。10月に康元元年に改元。
    ・吾妻鏡 第四十七 正嘉元年(1257)正月~12月
    但し、3月までは康元二年。3月に正嘉元年に改元。
    注、有り。付録は、時刻表/方位。大倉御所概念図。
    鎌倉時代の鎌倉、若宮大路周辺図。
    天皇家系図、鎌倉将軍家系図、北条氏系図。

    贅沢禁止を盛り込んだ新制十三箇条の追加や
    物価統制、人質などの様々な幕府法が発布される。
    その目的は、主に撫民。
    地震や豪雨に洪水、暴風、火事、疫病等での民の困窮のため。
    結城(小山)朝光、足利義氏、後藤基綱、伊賀光宗等の
    実力者や宿老たちの死、前鎌倉将軍の頼経と頼嗣の死が
    相次ぐ中、連署の北条重時の出家し、政村が連署就任。
    続いて病が重なっていた北条時頼も出家。長時が執権就任。
    但し、それは時宗が長じるまでの眼代(代理)であった。
    実際、垸飯(おうはん)等の儀式では時頼が登場している。
    北条氏の総領である得宗が権力を握る、
    得宗専制政治の始まりとも言われている。
    また、建長寺が創建され、開山は蘭渓道隆に。
    この頃に日蓮が鎌倉で活動を開始しているが、記録は無し。
    で、誤字や脱字が多くなっているような~。
    将軍である宗尊親王関係の儀式の供奉人や引付、廂番等の
    記録が多数記録されています。放生会等の儀式が多いからか、
    差しさわりで欠席したい者が増えてるような感じです。
    なかなか興味深かったのは競馬。
    走る馬から相手に飛び掛かって組み合うのが、
    迫力のシーンでした。スゴイな武士。
    更に、のちの時宗の元服の記録が詳細な事が目立ちます。
    7歳で実力者たちから介添えされての儀式ですが、
    当時の武士の子の元服の様子が分かるのは良いかも。
    でも、将来を見越しての忖度な記録と思ってしまいましたが。

  • 地震や天災が頻繁な時期のようだ。

  • 貸出状況はこちらから確認してください↓
    https://libopac.kamakura-u.ac.jp/webopac/BB00257901

  • 6月新着

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著者プロフィール

1946年生まれ。東京大学・放送大学名誉教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。博士(文学)。専門は日本中世史。著書『院政期社会の研究』(山川出版社)、『吾妻鏡の方法』(吉川弘文館)、『中世のことばと絵』(中公新書)、『絵巻で読む中世』(ちくま学芸文庫)、『書物の中世史』(みすず書房)など。

「2019年 『中世史講義 院政期から戦国時代まで』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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