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Amazon.co.jp ・本 (338ページ) / ISBN・EAN: 9784642051583
作品紹介・あらすじ
日本天台宗の開創者である最澄のあとを継ぎ、その教義を顕揚し、また新たに天台密教を根づかせた円仁。入唐して揚州・五台山・長安における修学と書籍の求得に、ひたむきに心をかたむけたその真摯な姿、会昌の破仏という未曾有な出来事に際会し、幾多の辛酸を嘗め、強靭な精神に支えられた足掛け10年のおよぶ苦難の旅。その生涯を克明に描いた伝記。
感想・レビュー・書評
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延暦13年(794年)、下野国都賀郡または安蘇郡に豪族壬生氏の子として生まれる。
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9歳で大慈寺に入って修行を始める。大慈寺の師・広智は鑑真の直弟子道忠の弟子
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大同3年(808年)、15歳のとき、比叡山延暦寺に上り、最澄に師事。最澄が止観(法華経の注釈書)を学ばせる。
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承和5年(838年)6月13日、博多津を出港。『入唐求法巡礼行記』をこの日から記し始める。 請益僧
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承和7年(840年)、五台山を巡礼→長安へ
・大興善寺の元政和尚から灌頂を受け、金剛界大法
・青竜寺の義真からも灌頂を受け、胎蔵界・盧遮那経大法と蘇悉地大法を授く。
・金剛界曼荼羅を長安の絵師・王恵に代価6千文で描かせる。
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会昌2年(842年)10月に会昌の廃仏がはじまり、外国人僧の国外追放という予期せぬ形で、帰国が叶った(会昌5年2月)。強制的に還俗
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承和14年(847年)9月19日条)博多津に到着し、鴻臚館に入った(『行記』
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仁寿4年(854年)4月3日、円仁は61歳で第3代延暦寺座主に
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864年2月24日、薨去
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貞観8年(866年)
応天門の変(おうてんもんのへん)詳細をみるコメント0件をすべて表示
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