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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784642052474
作品紹介・あらすじ
駿河(するが)・遠江(とおとうみ)・三河(みかわ)の三ヵ国を治めた戦国大名。桶(おけ)狭間(はざま)の戦で信長に敗れ、あえない最期を遂げた暗愚の将として語られてきた義元だが、謎に包まれた家督争いに勝利して当主の座に就き、巧みな領国経営と法治主義をめざした武将であった。通説を見直しつつ、京都との交流で芽生えた今川文化にも迫るなど、知られざる実像を浮き彫りにした義元伝の決定版。
感想・レビュー・書評
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背ラベル:289-ジ
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駿河・遠江・三河の三カ国を治めた戦国大名、今川義元の伝記。政治的な事跡のみならず、検地や分国法、流通経済、文化・寺社政策といった領国統治の実像が詳しく検討されていて興味深い。
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【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/60014 -
義元はなぜ桶狭間へ進軍したのか?「公家風で凡庸」という通説を見直し、知られざる義元の実像に迫る決定版。(2008年刊)
・はしがき
・第一 戦国大名への道
・第二 義元の生い立ちと家督継承
・第三 今川領国の維持と拡大
・第四 領国支配と経営
・第五 流通経済の発展と都市と交通
・第六 今川文化と寺社興行
・第七 隆盛から没落へ
近年、今川義元の評価を見直す動きがある。本書では今川氏の流れ、義元の家督相続、京都との交流、領国支配など解説しており、「公家風で凡庸」という通説を見直したものとなっている。
特に「花藏の乱」と「河東一乱」については、通説を大きく変える見方をしており面白い。
今川氏は三河国吉良庄内の今川の地に誕生したのだという。足利尊氏・直義に貢献し、遠江の守護に続いて、駿河守護となる。後年、遠江や三河を属国化する根はここにもあるのだろうか。
寿桂尼が、京都の公家中御門宣胤の娘だとは知らなかった。
氏輝兄弟は軒並み僧籍に入っているが、これは家督争いを避けるためだという。義元も太原雪斎
に従って京都に上がり修行する。この間、有数の僧、公家と交流を持ったことが、人脈を築き、知識と素養を高めることに繋がる。
氏輝の不慮の死により、家督争いが勃発する。花藏の乱である。著者は、通説と異なり寿桂尼は花藏に同心したとしている(北条氏も花藏方としている)。義元は将軍御内書を得ることに成功し、太原雪斎の活躍により勝利する。著者は、義元と玄広恵探との対立というよりは、雪斎に代表される人間関係と寿桂尼を取り巻く人間関係との溝の問題ではないかとしているが、その後の推移(河東の乱)を考えると、なかなかの説得力を感じた。
三河侵攻にあたっては、義元の代行者として力をふるった雪斎であるが、第四以降、影を潜める。史料的な制約もあるかもしれないが、それまでの雪斎の役割の大きさを考えると残念なところである。
研究途上の部分も少なくないが、本書は読まれるべき本だと感じる。
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