万葉集と古代史 (歴史文化ライブラリー 94)

  • 吉川弘文館 (1899年12月31日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784642054942

作品紹介・あらすじ

古代文学の至宝=万葉集は、かけがえのない古代史料の宝庫でもある。有間皇子・額田王より大伴家持にいたる白鳳・天平時代百年間の歌人から、政治史とかかわる人を選び、その人の生き方と政治の動向を追究。日本書紀・続日本紀では窺いしれない歴史の一面を、万葉歌を通して、歌の意味、作者の心理まで立ち入り、歴史の推移と歌風の変遷を考える。

感想・レビュー・書評

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  • 歴史的事実を記すのが史書の役目であることは言わずもがなだが、叙事的な文章から当事者たちの心理を知ることは困難だ。後の世の人物による、内面描写を含んだ文学作品を読むことは当時を生きた人々のことを知る助けにはなるが、執筆者による想像が強く影響するため完全ではない。しかし『万葉集』は、古代の数ある事件に関わった者が直接詠んだ歌が少なからず収録されているので、彼らの心理状態を二次的にでなく直に知ることができる。これほど貴重な資料は他に存在しないだろう。

    勿論『万葉集』に収録されていて、歴史に関わってくる歌のほとんどは儀礼や宴席で詠まれたものなので、純度の高い内面吐露が確実に拝めるとは言い難い。しかし、一次的な資料といえる万葉歌の装飾の裏側に豊富な源泉が眠っていることは確かだ。『万葉集と古代史』はこの採掘作業に本気で取り組んだ名著のうちの一冊と言える。

    直木孝次郎先生の本は『古代日本と朝鮮・中国』、『日本神話と古代国家』など何冊か読んだことがあったが、万葉集についての本も執筆していたとは知らなかった。著者自身あとがきにて「万葉集については専門ではない」と告白しているように所々気になる点はあるものの、なかなかに熱量の高い、読み応えのある書籍だった。『源氏物語』の中に火の国の精神を読み取った『火山列島の思想』(益田勝実)に近い。要するにきっちりした学術書というよりは評論に近いので、合わない人はとことんつまらなく感じるかもしれない。私の場合は著者の考え方や文章の熱量がガッチリと好みにハマった。

    しかしまあ、侮るなかれというか、さすが第一線の研究者なだけあって、論旨は的確、文章は確実に読ませる力がある。
    『日本書紀』、『続日本紀』、歌に付属する詞書を徹底的に調べ、謀反の嫌疑をかけられて死を賜った有間皇子の精神状態や裏に潜む陰謀を読み取ることから始まり、額田王の年齢を特定し、「熟田津に〜」に代表される堂々とした詠みっぷりを考慮にいれ、大海人皇子と中大兄皇子に振り回されたか弱い天才歌人という彼女のイメージを覆してみせることはお手のもの、大津皇子の死の裏で糸を引いていたのが誰だったのかすら暴き出してみせる。どれも仮説にすぎないのだが、著者の洞察力と文章力が極限まで研ぎ澄まされているために深く引き込まれてしまう。これで専門外というのだから恐ろしい。

    天皇だけでなく、持統からすれば敵対関係にあった各皇子にも気に入られ歌を詠み、お咎めを受なかった程の才能を持っていた柿本人麻呂についての解説や、当時の人事制度から山上憶良が朝廷に出仕してすぐに里に戻り、郡司となったと想定して「貧窮問答歌」を読み解く章も興味深かったが、個人的には志貴皇子の一首についての考察が特に印象に残った。

    「むささびは木末求むとあしひきの山の猟夫にあひにけるかも」(267)

    この歌の解釈としては、単純にむささびが枝先に向かう習性を利用して猟師が狩りをする様子を詠った素朴なものである、というのが定説のようだが、11〜12巻などに収められた作者不詳の歌ならまだしも皇子御製の歌に寓意がないとはどうしても思えなかった。直木孝次郎先生は大津皇子、川島皇子、忍壁皇子を含めた皇子達の置かれた立場を再確認し、大津皇子の反逆未遂と事件、事件を通報した川島皇子の後悔の日々を一番近いところで見てきた志貴皇子の精神状態に触れながら面白い論を展開している。一見の価値有りだ。

    どの章も緻密に練り上げられていて大変出来が良いのだが、一箇所だけ、どうしても腑に落ちないところがあった。エピローグでの、山上憶良の歌についての解説である。

    「春されば先づ咲く宿の梅の花ひとり見つつや春日暮らさむ」(818)

    先生はこの一首を大伴旅人が主催する宴席で詠まれたものとし、憶良は「こんな宴会でかしこまっているより、ひとりでゆっくり自分の家で花見をしたい」と個性を主張した、と説明しているが、先生は「見つつや」の「や」を願望や詠嘆と解釈してしまっている。この「や」はどうみても反語ではないだろうか。

    一応方々調べてみたが、やはり皆反語として訳している。それに反語と解して「この梅の花を一人で見ながら春日を暮らすのか、いや、みんなで見たい」と訳した方が宴席の歌としてすんなり収まる。
    先生は山上憶良の章で、憶良が大伴旅人に対してかなり気を遣っていたと持論を述べているが、「個性を主張した」と説明してしまうと前説と矛盾してしまう。どうしてこんなことが起こったのだろうか。

    おそらくだが、佐々木信綱が昔、「貧から学問で成り上がった憶良、名家生まれの旅人」という対立項を想定し、二人がライバル同士で対抗し合っていたと論じていたことが関係しているのではないか。あとがきにて佐々木信綱の書籍を紹介していたので、終盤に至って記憶がごっちゃになってしまったのかもしれない。
    もしくは、村落共同体から貴族的社会への移り変わりによって生じた、「共同の歌」から「個人の歌」という和歌の変遷を論じるために説をねじ曲げたか、あるいは上述した2つの説両方の影響によるものか...。まあ最後の最後まで楽しませてもらったから、この辺は目を瞑ろうと思う。

    最後は少し残念だったものの、万葉の深い所まで降りて行きたい人にとっては丁度良い入門書になると思う。角川選書『万葉集の基礎知識』と本書を持って、万の言の葉の世界に踏み込んで行きたいものである。

  • 万葉集の著名な歌人の歌と生き様が描かれており、和歌に対して理解を深めるとともに、歌を通して飛鳥・奈良時代の人びとの生活と歴史がしのばれる。昔も、のどかな時間ばかりではなく、政争に命の危険をさらし、恋に涙し、家族の愛を思っていたことがよくわかる。自然の美はいまよりも格段に深かったと感じる。詳しすぎてわからないことも多かったけど、読みごたえがあった。

  • 読みやすく面白い本でした。悲運の有間皇子や、大津皇子、
    彼らとかかわる額田王や川島皇子、志貴皇子が紹介されます。
    額田王は、意志のある女性として解説がなされており、同感しました。
    以前読んだ井上靖の『額田女王』と同様の解釈だと思います。

    川島皇子や、志貴皇子についてはよく知りませんでしたので、
    この本で大変興味を持ちました。

    その他には、元明天皇、御名部皇女、大伴旅人、山上憶良、
    元正天皇、橘諸兄、大伴家持などが紹介されます。

    ちょうど、永井路子さんのこの時代を舞台にした小説を
    読んだところでしたので、非常に理解が深まりました。

  • 有名な歌を詠んだ頃の額田王の年齢が気になり、色々探していたらこれがありました。
    有名な相聞歌は、天智天皇の後宮に入れられたあとの額田が宮廷の行事で前夫の大海人と再会した時の歌とされています。
    これまでの解釈も分かり、面白かったです。
    この本では額田は泣く泣く別れを強いられたのではなく、自ら次の恋を選んだ強い女性なのではという説。
    他にも有名な歌を取り上げてあるので取っつきやすく、万葉集が日本書紀を補うような展開になっていることがわかります。

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著者プロフィール

1919年、神戸市生まれ。大阪市立大学教授を経て名誉教授。大阪文化財協会評議員などを務める。大阪文化賞受賞。著書多数。

「1997年 『なにわ塾第66巻 古代史の真実を探して』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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