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Amazon.co.jp ・本 (230ページ) / ISBN・EAN: 9784642055185
作品紹介・あらすじ
幕末のパリ万博で、赤十字と出会い感銘を受けたチョンマゲ姿の日本人がいた。西南戦争の最中、人命尊重の精神から博愛社を創設し、日本赤十字社に発展させて日本の赤十字事業を推進した。また、女性救護員(看護婦)の養成にも力を注ぎ、その教育指針は現在の活動にもいかされている。知られざる功績と赤十字の事業や歴史をたどり、その実像に迫る。
感想・レビュー・書評
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佐野常民の伝記的な扱いになっているが、飽くまでも中心にあるのが日本赤十字社の歴史。
本著より、佐野常民について、幕末当時より、多才で知られざる偉業があることを垣間みることができるが、情報としては十分ではないので、追加的に情報をあたってみたいと思った。(例えば、日本美術協会の前身である竜池会の立ち上げにも中心的役割を果たしている)
因みに、佐賀県人に佐賀賢人7名での認知度を問うたところ、佐野は大熊重信に次ぎ2位であった。
これは全国的な認知度合とは違うのではないか。
佐賀では、佐野常民の偉業について学校教育にも取り入れているのではないかと感じた。
(彼の日本近代化への貢献という観点では、全国的にも、もっと取り上げられてもいいのだろう)
以下抜粋~
・同月に看護婦生徒募集広告を主要な新聞や「女学雑誌」に掲載したところ、26人の応募者があり、翌年2月の入学試験で第一期生10人を選んだ。この10人のうち8人は士族の娘であった。
・佐野は次の三要件を守るように論告した。これは現存する看護婦への訓示の最初のものである。
1.至誠以て救護に従事すべきこと
2.奮勉以て艱苦(かんく)に堪べきこと
3.節操以て品行を慎むべきこと
・明治18年6月の例会では婦人束髪会を設けたいという定義をした。従来の日本髪は経済上、衛生上から難点があり、便利で経済的な束髪の普及を目指したもので、会員らの賛成を得て発足した婦人束髪会の活動により、束髪の普及は急速に進んだ。看護婦などの職業婦人の髪型も、これにより軽快となった。
・佐野は、もし伊能図がなかったら、イギリス人の測量がもとで諸藩との間に葛藤が生じ、国際問題になったかもしれないと言及し、伊能の名誉を讃えた。
・佐野は平生『中庸』を愛読し、次の句を演説の際によく引用したという。
~人一たびこれを能くすれば、己はこれを百たびす、人十たびこれを能くすれば、己はこれを千たびす、人この道を能くはたせば愚なりといえども必ず明なり、柔なりといえども必ず強し。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
書題は「佐野常民」だが、佐野常民個人の伝記というより日本赤十字社の設立過程や初期活動の紹介に重点を置いている。著者が赤十字サイドの人なので内容は礼賛一辺倒で、天皇制・皇室の慈恵主義や「文明」化政策自体への批評性は皆無。赤十字所蔵の原史料をはじめ一次史料をふんだんに用いているので事実関係を知るには有用である。
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