稲の大東亜共栄圏―帝国日本の「緑の革命」 (歴史文化ライブラリー)

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  • 吉川弘文館
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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784642057523

作品紹介・あらすじ

稲の品種改良を行ない、植民地での増産を推進した「帝国」日本。台湾・朝鮮などでの農学者の軌跡から、コメの新品種による植民地支配の実態を解明。現代の多国籍バイオ企業にも根づく生態学的帝国主義の歴史を、いま繙く。

感想・レビュー・書評

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  • 地域史

  • 稲の品種改良によって植民地での増産を目指した大日本帝国。朝鮮や満州、台湾における農学者の事績を丹念に追いつつ、「生態学的帝国主義」の実態をあぶり出した本書は、現代のバイオテクノロジーによる多国籍企業支配を考える上でも示唆に富んでいる。

  •  近年技術革新が目覚ましい遺伝子組み換え産業。だがそれと並行して種子の市場での多国籍大企業による市場独占も進んでいる。遺伝子組み換えに伴う諸問題は、これまでの品種改良の問題と切り離せないことを著者は説得的に論じている。食物連鎖を支配することは、人を支配することでもある。『ナチス・ドイツの有機農業』の著者が、20世紀初頭の日本の植民地政策と稲の品種改良の歴史との関係に鋭く切り込んだ好著。

  •  北海道の〈富国〉、東北の〈陸羽一三二号〉、台湾の〈蓬莱米〉を中心に、「悲しみの米食共同体」(岩崎正弥)でもあった帝国日本において、遺伝学にもとづくイネの育種や品種改良が、東アジアにおける〈生態学的帝国主義〉の一翼を担っていく様相を追跡した刺激的な一作。永井荷風の弟・威三郎が、アメリカで最新の遺伝学を修めた農学者であり、同時に、アジア・太平洋戦争期に食糧をめぐる文化戦を支えたイデオローグでもあったとは、まったく知らなかった。確かに兄弟の仲が悪いわけである。
     
     個々の事象の指摘ももちろんだが、本書で最も重要なのは、いくらそう見えたとしてもテクノロジーは自律的に発展するわけではない、ということだ。イネの育種や品種改良は、指導する/紹介する側のいくぶんかの善意や誠実さ、指導される/導入する側の豊かさや商品経済への願望・欲望を駆動因としながら、確実に人間と自然と社会の関係を変えていく。換金性が高いイネを育てるためには潅漑設備を整えなければならず、耐肥性の高い品種に依存しなければならず、つまりは化学肥料に従属しなければならず、そして、在来の営農に関わる習慣や文化を変えなければならない。農業をめぐるテクノロジーの質的な転換は、ときに遺伝学・優生学的な言説とも連携しつつ、確実に、ある種の生=政治を推進していくのだ。
     タイトルで誤解を招いてしまうかもしれないが、この書物は決して、帝国日本の植民地主義的な農業政策を論じたものだけではない。むしろ、帝国日本も確実にその一翼を担っていた〈生〉をめぐる統治のテクノロジーにかんする、食糧としてのコメを対象とした歴史的な検証に他ならない。

  • 1.藤原辰史『稲の大東亜共栄圏 帝国日本の〈緑の革命〉』吉川弘文館、読了。本書は帝国日本の「コメの品種改良の歴史にひそむ、『科学的征服』の野望」を明らかにする一冊。品種改良に取り組んだ農学者の軌跡は、「生態学的帝国主義」の歴史である。緑の革命はモンサントの現在だけではない。

    2.藤原辰史『稲の大東亜共栄圏』吉川弘文館。品種改良と導入は殆どの場合において植民地アジアの抵抗を受けている。新品種の抵抗するにも、改良品種不適応の場合にも、実害を受けるのは一人一人の農民であった。そして育った利潤は、商人や日本の肥料企業が吸収していくのである。

    3.藤原辰史『稲の大東亜共栄圏』吉川弘文館。農学者の善意は→「育種技術が社会の矛盾を温存して人間と空間を人間の生活実感を通して支配するこのシステムは、警察権力や軍事力で人間を支配するよりもいっそう持続的で摩擦が少なく、それだけに、かえってとてつもなく厄介な統治システムでもある」。



    4.藤原辰史『稲の大東亜共栄圏』吉川弘文館。食に直結する技術改良の輝きに私たちは注目しがちだが、その裏側には(日本においても)帝国主義・植民地主義と深く結びついた負荷が存在する。そしてそれが戦後のアメリカの食料戦略とも関連し合っている。生-権力の眼差しを見つめ直す必要を諭す一冊。

    5.藤原辰史『稲の大東亜共栄圏』吉川弘文館。 http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b102877.html 稲の品種改良を行ない植民地での増産を推進した「帝国」日本の実像を明らかにする一冊。著者の『ナチスのキッチン』(水声社 http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8A%E3%83%81%E3%82%B9%E3%81%AE%E3%82%AD%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%B3-%E8%97%A4%E5%8E%9F-%E8%BE%B0%E5%8F%B2/dp/4891769009 )と併せて読みたい。了。

  • 日経新聞の「半歩遅れの読書術」で河北稔氏が紹介されていた書籍。
    技術革新が生み出す矛盾について、大東亜共栄圏と米の品種改良という視点から書かれている本。

  • 入荷先:目黒区立中目黒駅前図書館(H01・TY03)

    『カブラの冬』の冒頭で登場する永井荷風の弟永井威三郎の本業は稲の品種改良の研究であった。本書はその意味で『カブラの冬』の続刊であり、また「カブラの冬」をどのようにして日本の農学者たちは他人事にしたくなかったのかについても触れることのできる一冊でもある。

    藤原が本書において着目しているのは、稲の品種改良という行為が目的化するプロセスそのものであると同時に、植民地主義下における改良種が農民へ伝播していくさまと昨今の「生態学的帝国主義」との類似性の歴史であると評者は見ている。

    同時に、本書のキャッチコピーのような扱いでもある寺尾博の「稲も亦(また)大和民族である」というテーゼを生み出した背景についても丹念に記されている。

    もともと藤原自身が稲の農業試験場の職員宿舎で生まれ育ったということもあり、自分の両親の研究のその始祖への研究になっているような本書だが、それを置いても一読する価値はあるといえるだろう。

  • 『ナチスのキッチン』の著者、藤原辰志が、日本における米の品種改良の歴史を紐解き、その光と影の実態を明らかにした1冊である。冷害に強い米をめざし稲の品種改良に取り組む農学者や育種ぎしは、やがて「育種報国」のスローガンの下、台湾や朝鮮など大東亜共栄圏で米の増産を推進する。科学的研究で始められた<緑の革命>はやがて「稲も亦大和民族なり」と言う言葉や「米食民族」対「パン食民族」といった図式で「大東亜戦争」や植民地支配を正当化していく。茎が短い改良主を欧米人より背は低いが足が太い日本人に擬人化するあたりは、園発想が真面目なものだけに思わず苦笑してしまう。

    って今日の朝日の書評欄、そそられるわー・

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プロフィール

藤原 辰史(京都大学人文科学研究所准教授)

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