松岡洋右と日米開戦 大衆政治家の功と罪 (歴史文化ライブラリー 496)
- 吉川弘文館 (2020年2月20日発売)
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感想 : 6件
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784642058964
作品紹介・あらすじ
国際連盟脱退や日独伊三国同盟締結など、日米開戦への原因をつくった外交官として、厳しく評価されている松岡洋右。しかし、現実の彼は日米戦争回避を図って行動していた。先見の明と己の才覚を武器に外相までのぼりつめた実力者が、なぜ意に反して日本を破滅的な戦争へ導いてしまったのか。複雑な内外の政治への対応を繙き、人物像を再評価する。
みんなの感想まとめ
外交官としての松岡洋右の複雑な人物像と、彼が置かれた国際情勢を深く掘り下げた作品です。松岡は日米戦争を回避しようと奮闘していたものの、彼の行動は結果的に日本を戦争へと導く要因となってしまいました。19...
感想・レビュー・書評
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松岡個人というより、欧州戦線も交えた1930年代の国際関係の通史としても読める。マクロでは、開戦序盤の独の欧州攻勢と欧州戦線の早期集結見込みに押された南進論と、勝利後の独の南方独占を防ぐための三国同盟。ミクロでは、独の攻勢を好機とした対英仏の援蒋ルート閉鎖交渉とその成功。欧州とアジアの密接な関係性が見えてくる。また、序盤で独が苦戦していたらその後の情勢はアジアでも随分異なっていただろうに、と思わざるを得ない。
松岡個人については、対米開戦を避けるため、既存の北部仏印進駐を超える南進を抑えようとした、という点では、前書きにあるとおり「日米戦争の回避を図っていた」といってよいだろう。しかし日米諒解案以降は米国への不信を元にさっさと日米交渉に見切りをつけている(結果論としては松岡も日米交渉に積極参加していたとしても成功したかどうか)。
また後世から見るためか、軍も含めた日本政府の情報収集能力と情勢判断の稚拙さが目についた。日中戦争集結が南進の必要条件で、だからこそ桐工作を行っていたのに、その桐工作がそもそも謀略だったこと。既に対ソ戦を決断していた独にそのことを隠され、松岡は日独伊ソの提携を構築しようとしていたこと。そして三国同盟交渉時には自動参戦条項回避にこだわり対米開戦をあれだけ忌避していた海軍なのに、後には陸軍ともども、対英米戦を決心しないままに「小南進政策」(南部仏印進駐)を勧めたこと。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「日独伊三国同盟」は今となっては日米開戦への原因とされる。
松岡はA級戦犯、生きていれば死刑だったろう。 -
正しい現状・世界認識を持ちながら、それを活かせず淋しい結末を迎えるしかなかった。松岡更迭後の日本は、松岡が危惧した通りの敗戦を受け入れることになる。
英独の関係を見誤ったことが致命傷になるわけだけど、1940年初めに、ドイツに疑いを持つことは世論が許さなかった。やっぱり大衆の言う通りにすれば国は亡びる。
政治家最大の腕の見せ所は、大衆に迎合することなく国民の幸福を追求することだけど、いつの世もこれは難しいってこと。
あの時、戦争を回避するには国民に我慢を強いるしかなかった。いったん利権を手放し国内産業の回復をゆっくり目指すしかなかったわけで、そんな政策を許す国民はどこにも存在しない。やっぱり万民が幸福になる仕組みってないのかね。 -
東2法経図・6F開架:289.1A/Ma86h//K
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