平安貴族の住まい 寝殿造から読み直す日本住宅史 (歴史文化ライブラリー 520)
- 吉川弘文館 (2021年3月19日発売)
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感想 : 5件
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784642059206
作品紹介・あらすじ
平安貴族の住宅様式である寝殿造。複数の建物配置が寝殿を中心に左右対称であるのが特徴とされながら、建物は現存せず実像は謎につつまれている。はたして寝殿造とは何か、その本質はどこにあるのか。遺構や絵巻、史料から貴族の住宅を通覧し、寝殿造の通説を徹底検証。院政期における建物・空間の変容を探り、これまでの住宅史に一石を投じる。
みんなの感想まとめ
平安時代の貴族住宅、寝殿造の本質に迫る内容が魅力的に描かれています。著者は、遺構や絵巻、史料を通じて、漠然としていた寝殿造の姿を具体的に解明し、院政期における建物や空間の変容についても考察しています。...
感想・レビュー・書評
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小御所について。
織戸中門について詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
平安貴族の屋敷である寝殿造り。
本書はその特徴がどのように捉えられてきたかを検証した本。
著者は工学部で建築を学んだ建築史の専門家。
これまで寝殿造りの特徴は、左右の対称性で語られてきた。
近年の発掘調査の結果もあって、その定説が揺らいでいる。
平安初期の貴族の屋敷跡に、建物と建物の間に畑があったなんて話もあった。
…この話、私はどこで読んだのだろう。
本書を読む以前に、知っている。
寝殿造りが寝殿を中心に左右対称の対の屋を持つという神話は、天保年間に出た沢田名垂『家屋雑考』によるものらしい。
平安京が朱雀通りを中心に左右対称の都市だというのが「理念」であって、実際にそんな形をしていたことはないという話を思い出す。
さて、本書によれば、寝殿造りの「型」は以下の通り。
それは13~19世紀の文献から抽出されたものだ。
つまり、近代に入るまで、寝殿造りのエッセンスは受け継がれていたということらしい。
1)寝殿を中心にした建物が前庭を取り囲み、寝殿と前庭が一体的な空間を作っている。
2)寝殿・中門・侍廊・車宿・表門と、建物群のアプローチは定型化している。
3)母屋・庇・孫庇・縁の空間の序列にこだわる。
4)室礼により空間を区切って使う。
こちらの歴史と建築にかかわる素養が少なくて、今一つ理解が行き届かない。
特に2)。
「寝殿から表門までのアプローチ」というのは?
掲載されている図を見る限り、表門、中門の位置関係はほぼどれも同じ。
が、寝殿も含め、ほかの建物は必ずしも同じ位置関係にあるわけではない。
同じ機能を持つ建物が配されている、程度の意味で理解していいのだろうか?
一方、勉強になったのは庇の構造。
木造のため、梁の長さには制約がある。
空間を広げるためには、柱の上部に、新しく梁を継ぎ足して広げていったということだ。
それから院政期から、廊状の建物の重要性が増していくというのも面白かった。
単に公卿の控室であるだけでなく、議定の開催場所になったりしたそうだ。
そして、神鏡を安置する賢所も、そのあたりの時代から廊状の建物に設けられるようになったとか。
また、この廓状の建物で、歌合も連歌も行われたという。
そして、こういう建物の中で、のちの書院造を生み出していく変化が生まれてくる。
このあたりが、本書を読んでいて面白かったところだ。
その院政期は、寝殿より私的空間である北の対、そして対屋が充実するそうだ。
その変化は、わかる気がする。
寝殿は、だだっぴろい。
どう考えても住みやすくはないからだ。
というあたりが本書の趣旨であるようだ。
正直、なかなか厳しかった。
何を読んだらもう少しこの本の価値がわかるようになるのかなあ。 -
寝殿造は近代まで続いた。イメージは江戸時代の研究。変容は建物の周辺から。禅宗寺院や現代の住宅しかり。書院造は周辺から二条城では中心に。
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