中国の信仰世界と道教 神・仏・仙人 (歴史文化ライブラリー 598)
- 吉川弘文館 (2024年5月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784642059985
作品紹介・あらすじ
道教・仏教・民間信仰が混ざりあい、地域による違いを保ったまま複雑に展開する中華圏の宗教。六朝時代から現代に至るまで信仰される、関帝・媽(ま)祖(そ)・八仙などの神々を時代やテーマ毎に紹介する。『西遊記』『封神演義』などの文芸にも影響を受けて変容する姿と特徴を解明。中国および日本の文化に影響を与えてきた実態をわかりやすく解説する。
みんなの感想まとめ
多様な信仰が交錯する中華圏の宗教世界を深く探求した一冊で、道教、仏教、民間信仰が地域や時代によってどのように融合し、変容してきたかを明らかにしています。著者は、信仰の実践が文学作品、特に『西遊記』や『...
感想・レビュー・書評
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道教と仏教と民間信仰は混在したり融合したり。時代、また中国各地や東南アジア華人世界といった場所によっても異なる。封神演義や西遊記という創作物が現実世界の信仰に影響を与える。ヒンドゥー教、ゾロアスター教、果てはキリスト教の影響も受けている。
著者も述べるとおり民間信仰は複雑だが、自分が中華圏で見聞きしてきたものと繋がったりもして、その一端は覗けたように思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
中国本土を中心とした文化圏における多様な信仰世界について、代表的な儒仏道から民間信仰までを幅広く紹介する内容。近隣であっても大きな地域差がある点や、文芸作品が信仰に与えた多大な影響などが興味深い内容だった。
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中華圏の信仰を「三教(儒・仏・道)」と「民間信仰」の二層、そして両者の融合(神仏仙融合)として捉え直す概説。民間信仰は教理より現世利益を優先し、効験があれば多様な神仏を併置するため、教派境界は庶民レベルでは希薄になりやすい。廟では菩薩と道教神が並立し、庶民レベルでは厳密な区別が機能しにくい。
本書の最大の特色は、通俗文芸(『西遊記』『封神演義』等)が信仰実践へ逆流し、フィクション由来の造形・設定が廟の神像を「標準化」してしまう現象を正面に置く点。小説内の描写(哪吒太子の風火輪など)が実際の神像に採用されるなど、伝統が後世の物語で上書きされうることを、具体例豊富に示していく。
また、地域差の激しさを強調し、同名の神でも役割・重要度が地域で大きく変わる実態を詳述。さらに、教理上の中心(男性神)と民間での支持(女性神が最高位級)にねじれがあり、泰山娘娘・媽祖・無生老母などの女性神が救済を司る存在として強い支持を集める構図も興味深い。
日本へは道教そのものは制度宗教としては伝来しなかったが、禅僧らを介して媽祖・関帝・玄天上帝要素などが断片的に流入。特に刺激的だったのは、日本の妙見菩薩が平安期には密教神だったが、鎌倉期に道教の武神・玄天上帝の姿(披髪・裸足・蛇と亀を踏む)に上書きされた経緯。黄檗宗の寺院に見られる不思議な神像の正体が、実は道教由来であったことなどが氷解する。
フィリピンではカトリックの「サント・ニーニョ(幼きイエス)」が華人廟に取り込まれ、哪吒太子のような「三太子」として祀られた例など、移民とともに東南アジアへ伝播し現地精霊と合体して新神格(拿督公など)を生む過程も詳しい。
用語にルビが多く、三国志・西遊記・ゲーム知識があれば非常に読みやすい初学者向け。「神様がどうやってキャラ化していくか」のメカニズムが実例豊富に語られており、設定作りに極めて有用。一方で、「伝統」とされるものの後世的上書きを冷徹に指摘する立場のため、古い経典記述をそのまま「古代の真実」として固定的に扱いたい人には距離がある。民間信仰の混淆、地域差、移民文化、神像・キャラクター形成に関心がある人に確実に刺さる一冊。 -
道教を中心とした中華圏の民間信仰についてまとめた書である。
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中華文化圏にて信仰される神々や仏、仙人を概説した書。道教・仏教・民間信仰が混交する中華圏のパンテオンを一望すると共に、時代の移り変わりや通俗文芸の影響による信仰の変遷や地域差を解説する。
本書は、中華文化圏において今日なお崇拝されている様々な神仙を紹介したものである。中華圏の神々を扱った本は本書以外にも数多く存在するが、本書の特色は主として中華圏の民間信仰の視点から神々の解説を行っていること、また時代や地域による神格や属性の違いや変遷に焦点を当てていることにある。そこから浮かび上がってくる中華圏のパンテオンの姿とは、正統信仰としての儒教・仏経・道経の三教と民間信仰とが混ざり合い、時代による信仰の栄枯盛衰や地域による差、果ては『西遊記』などの通俗文芸の影響などが絡み合う複雑怪奇なものであった。太上老君や玉皇上帝といった上位の神仙、諸々の元帥神や哪吒・二郎神・趙公明といった武神、八仙などの仙人たち――。十把一絡げに「道教の神々」と紹介されがちな彼らではあるが、その内実や来歴を見てみると実に複雑な経緯と変遷を経た上で今日の姿になっている。そして帯に記された「神の世界も人気稼業」の言葉通り、時代毎・地域毎での信仰の多寡に応じて彼らは変容し、隆盛し、或いは衰退して忘却の内に消えていくのである。
本書を読んで深く感じたのは、中華圏の信仰世界の奥深さである。本書では時代によって様々な神々が登場しては消え、或いは人気のある一つの神格に統合されていくという事例を数多く紹介している。かつては一大信仰圏を得ていたが今日ではマイナーな地方神となった馬元帥華光や祠山張大帝、時の王朝の信仰方針によって「代替わり」をする国家鎮護の武神たち、圧倒的人気故に周辺地域の他の海神を眷属神として取り込んだ媽祖――。信仰・崇拝の栄枯盛衰はどこの時代や地域でも見られるものだが、ここまで「回転率」の大きい信仰圏は他ではあまりないものである。しかもその中で生まれ出てくる神々の中には斉天大聖(お馴染み『西遊記』の主役孫悟空)や楊戩(『封神演義』での二郎神の名)のように物語の虚構に由来する者、杜十姨(温州の"女神"として崇められた「杜拾遺」こと唐代の詩人杜甫)のように訛化や間違いから生まれたものもある。まさに混沌とも言うべきこの信仰世界について概説する本書は、類書とはまた異なる視点から中華圏の神々を捉えたものと言えるだろう。 -
【本学OPACへのリンク☟】
https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/715399
著者プロフィール
二階堂善弘の作品
