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Amazon.co.jp ・本 (322ページ) / ISBN・EAN: 9784642066617
作品紹介・あらすじ
ペリー来航により、開国を迫られた幕末日本。しかし、アヘン戦争後の緊迫した東アジア情勢は、外交政策の根本的な再検討を促していた。一旦は鎖国に迷い込みながら、それからの脱却を果たした徳川公儀の政権運営を詳述し、従来の開国観を問い直す。異言語間のコミュニケーションという問題にも着目し、外交政策の新解釈を試みた日本開国史の決定版。
感想・レビュー・書評
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ペリー来航前後の日本と海外の交渉の流れをつぶさに追っている。が、なんか頭に入りませんでした。興味なかったんだと思う←
日本を基軸とした幕末外交の流れを追いたい人にはオススメ。
しかしむすびの幕末外交不能論への疑問も昔から言われていることで別段新しい意見ではないし、とくに興味深いことは書かれていなかった印象。比較するなら曽村さんや加藤さんの本の方がまとまってると思う。 -
19世紀前半から、日米修好通商条約までの外交史が詳細に検討されていて、参考になる書。びっくりしたのは、一番最後に述べられていた、修好通商条約は、締結された当時は今学校で習う意味での「不平等条約」ではなかった、という部分。学校では(1)最恵国待遇、(2)関税自主権の欠如、(3)領事裁判権、の3点セットで覚えなさい、というアレだ。
(1)最恵国待遇は、相手国のみに認められていて、日本には認められていないから確かに不平等。でも、(2)関税自主権の欠如については、条約当初は特殊な商品を除き20%の関税が認められていて、けっこう高いから、不平等とは一概に言えないとする(関税が5%の低率に下げられたのは、1866年6月の改税約書以後)。
また、(3)領事裁判権についても、たとえば外国人が日本で日本人を殺傷した場合、外国人領事による犯人の裁判が行われるが、一方で、日本人が日本で外国人を殺傷したときも、日本人がその日本人加害者を裁くことになっている(ちょっとややこしいですが)。ちなみに、日本人が外国で犯罪を犯した場合については、そもそも想定されていないそうだ。
そして実際に起った事件は、ほとんどが攘夷家が外国人を殺傷するケース―つまりは後者であった。しかし、生麦事件の経過にも表れているように、外国人を殺傷した日本人の捕縛は円滑に行われず、この場合は薩英戦争にまで至ってしまう。これはつまり、「少なくとも幕末の刑事事件で不利な立場に陥ったのは、外国側」(p268)であった。領事裁判権がより問題になるのは、日本人が海外渡航をはじめるとき(1867年以降)であった。ということらしい。
これが本当だとしたら、幕末から明治期の外交史の見方もちょっと変わってくるような気がする。
ただ、関税自主権の欠如は、税率の高低よりも、「日本が自分で関税が決められない」という点にその不平等性を見るのではなかったかなあ。確か。しかしこんな基本的なことを東大の大先生が見落としているとも思えないので、僕の理解力不足なのだろうけど。
あ、でも「条約が締結された時点では」ということならば、税率の高低のほうが重要だったのかな。時期によって、条文が不平等かそうでないかを考えるべきだ、という指摘があるのだけど、たしかにそうだなあ、という気になる(領事裁判権の問題も同様だ)。
それと、「幕末の幕府の外交担当は無能」と一概に決め付けない姿勢は面白かった。以前歴研でそんなような論文を読んだ気もするし、幕末外交史の見直しが進んでいるのかもしれないなあ。よく知らないけど。
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