日本の参謀本部 (読みなおす日本史)

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  • 吉川弘文館
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  • Amazon.co.jp ・本 (235ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784642067591

作品紹介・あらすじ

日本陸軍とその中枢であった参謀本部はドイツを手本に作られたが、政略・戦略を欠いていた。また政府の指図を嫌い、独断専行で戦争に突き進み、責任の所在が曖昧なために引き返せなかった。軍部の構造の欠陥に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 180228日本の参謀本部☆☆☆生涯ベストの本 ちょっとショック 組織は腐る
    権力は腐敗する、絶対権力は絶対腐敗する この名言が実証されている本
    部分ごとの責任回避が組織全体では無責任の塊になる不思議
    戦前は天皇陛下の「無答責」という組織の仕組みが腐敗・劣化そして崩壊へ至った
    本書は「失敗の本質」と同じようだが、厳しさはその比ではない
    参謀本部・軍令部のトップに「皇族」を戴いたことが組織崩滅亡の主因
    天皇体制の絶対体制が最終的に国家の滅亡に繋がった分析は鋭い

    現代の日本は絶対体制のくびきを克服できているのだろうか

    2018/02/28久し振りに嘔吐のする著作
    我が銀行にも通じるものを感じる

    2018/02/28参謀本部
    日本の組織は腐っていた!
    無責任体質の極致!
    ここまで暴いた本はない
    失敗の本質の究極
    権力志向 無責任体質
    挙句は、参謀本部のトップを皇室据える
    無答責だらけの組織が維持される訳がない
    今の日本はどうなんだろう?

    180306 日本の参謀本部☆☆☆ 大江志乃夫 本質の本 深い
    1.メッケルの遺産 ドイツはトルコ優先 日本は劣後でメッケル派遣 戦略より戦術
    日本は戦略より、戦術・作戦 具体的な方が好まれる →不思議?
    日清・日露までは戦略家の政治家が居た 明治維新の危機の時代だからか 
    戦略は戦史研究から生まれる 
     「戦略」戦争の政治目的を踏まえて戦略を策定する 日露戦争以降の日本の参謀本部は無能
     「作戦要務令」を経営戦略に活用しようとした高度成長期の経営も同じく無能
    リデル・ハート「戦略論」
     ①目的を手段に適合②常に目的を銘記③最小予期コース④最小抵抗線⑤予備目標
     ⑥柔軟性⑦油断を待つ⑧失敗を繰り返すな

    2.参謀本部の起源
    明治の初め 文官と武官の峻別は厳密ではなく便宜的
    山縣有朋 軍の統帥から文官を排除
    西南戦争で内乱を集結 以降は外へ向かう
    78年8月竹橋事件近衛兵の反乱

    3.外征軍の頭脳
    1882年陸軍大学校の設置 参謀将校は参謀本部長に属す 陸軍大臣の人事権は及ばない
    戦時法制の整備 ①大日本帝国憲法 ②軍人勅諭 ③教育勅語
    北海道開拓使を廃止し、陸軍に移管
    日本鉄道の有事軍事優先条項の挿入
    兵学研究自由の禁止
    戦時大本営条例 陸軍と海軍の統一運用 責任者は天皇陛下? この不思議 実質意味はない

    4.日清戦争前後
    動員 陸軍の戦略は動員から モルトケ鉄道を活用した機動的な動員を実現 戦略の成功
    広島大本営の戦略は、東京政府の政略に従属した
    秘書官参謀 軍司令官の気心知れた秘書官を選ぶ 本来のスタッフ・システムではなかった 
    vs「松下の経理担当」ガバナンスの本質

    5.日露開戦と参謀本部
    軍の組織的運営 通信手段の発達 野戦電話・野戦電信
    大本営 陸海軍の幕僚長並立 調整できるのは天皇だけ 
    組織論のおかしさが組織と国家を滅ぼした

    6.日露戦争中の幕僚の機能
    作戦と兵站 研究不足の兵站
    大山司令官ー児玉源太郎総参謀長はライン尊重
    トップの権限とスタッフの任務を峻別
    「幕僚統帥」
    指揮命令を乱し、軍の秩序を崩壊、責任を曖昧にしつつ、敗戦の道をたどった
    「情報軽視」秘密主義と主観主義
    さらに自信過剰を加え、敗戦の道へ
    作戦と情報の独立
    作戦担当の情報分析は主観的に成り易い
    日露戦争三大会戦 遼陽 奉天 沙河 
    50万人1月 組織的な軍事運用機構を必要とした
    最高指揮官は一人 スタッフシステムが補佐
    明治維新の武士は柔軟な組織運営 硬直せず

    7.幕僚機構の官僚機構化
    田中義一有能な軍事官僚の登場
    政治目的と軍事手段の倒錯
    国是ー政略ー政策
       国防方針ー軍事
    「軍令制度」憲法違反ながら「独立王国」
    軍人は軍令を墨守 軍事プロとして切磋琢磨怠惰
    軍務局長 陸大出身者が軍事行政も掌握
    国民が陸軍横暴に反旗 第三次桂内閣倒れる
    山本内閣 現役武官制度を廃止
    1918シベリア出兵ー富山で米騒動
    1922シベリア撤兵問題
      全く成果なしに撤退 無名の師

    8.目標喪失の時代
    1918田中義一陸軍大臣
    1931宇垣一成陸軍大臣 浜口内閣退陣まで
    目標喪失の時代シベリア撤兵後 
    参謀総長の権威低下 想定敵国の喪失
    士気は衰え、軍記は退廃する
    ベトナム戦争後の米軍に似ている・・・面白い!

    第一次大戦を経て「軍事戦略の革新」
    砲兵主導理論←歩兵主導
    日本は大戦に参加していないが故に、歩兵主導にとどまる
    →「必勝の信念」「精神至上主義」
     エリート軍事官僚の机上の作文(146)
     リデル・ハート新しい軍事理論体系「戦車隊」
    秘密主義の堕落 権威主義 秘伝の特権意識「家元」
    秋山真之「秘密主義は熟知できず、実地に適用不可」
    「作戦第一主義の古典的軍事思想」は現地の人気支持

    客観的な情勢分析抜きにして、
    主観的な願望を実現するために

    1931年9月18日満州事変→軍紀の破壊
    板垣征四郎大佐 石原完爾中佐
    スター石原の存在は組織の組織的運用というスタッフ・システムの崩壊をもたらす(155)
    満州事変により、日本は大きく屈折

    9.目的・目標がない戦争
    石原戦略 戦史研究と日蓮信仰 綿密な情勢分析なく、中国ナショナリズム願慮無し
    満州建国により、ソ連・中国と国境を接する新しい事態を想定せず 石原戦略の破綻
    近衛首相・広田外相 爾後、国民政府を相手とせず 国家の自殺行為
    38年10月広東・武漢を占領 これ以上、戦面拡大の能力はない
    陸軍は戦略目標を失い、無限の消耗戦の泥沼に

    10.二正面の重圧
    陸軍は満州でソ連・中国の二正面を持つことになった 新しい発想
    惰性的な戦面拡大・・・個々の作戦の主導権は日本にあるようで
    戦略の主導権・・・戦争目的と戦略目的を明確にし、統一した中国にあった

    11.参謀本部の崩壊
    戦争の終末に関してはまったく展望がなかった アベノミクスと同じだ!
    ドイツ依存の戦争終末の方針
    決断力をなくした大本営
    人事の退廃 皇室を軍令部総長にして無責任体制
    東条首相が首相・陸相・軍需相・参謀総長
    責任能力の喪失

  • 東2法経図・6F開架 396A/O18n//K

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著者プロフィール

2009年9月逝去

「2013年 『明治国家の成立 天皇制成立史研究』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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