黎明期を生きた女性たち 幕末明治の阪谷・渋沢・三島・四条家

  • 吉川弘文館 (2012年1月30日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784642080699

作品紹介・あらすじ

碩学として知られた阪谷朗盧(ろうろ)、日本資本主義の父渋沢栄一、自由民権弾圧の鬼県令・警視総監として恐れられた三島通(みち)庸(つね)、幕末の七卿落ちのひとり四条隆謌(たかうた)。幕末明治に活躍した彼ら四人を曾祖父にもつ著者が、その妻たちの波瀾の生涯を辿る。親族しか知りえない豊富な挿話を交え、激動の時代に生きた女性たちの姿を描く。名著『三代の系譜』女性篇。

感想・レビュー・書評

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  • 著者、阪谷芳直氏の曾祖母4人について書いた。父母は一組、祖父母は二組、曽祖父母は4組!  曽祖父の阪谷朗蘆、渋沢栄一、三島通庸、四条隆謌については以前に書いたので今回は曾祖母について書いた。渋沢、三島はいうまでもなく、四条隆謌は幕末七公卿の都落ちのうちの一人。阪谷朗蘆は備中の儒学者で栄一が一橋家に仕えていた時、兵を整えるのに知行地の備中に行ったとき教えを乞うている。

    さて渋沢ちよ。芳直氏の祖母琴の姉・歌がちよの十七回忌に書いた「ははその落ち葉」をもとにちよを紹介。芳直氏は1920年生まれ。栄一は1931没なので直接見ているが、ちよは1882年にペストに罹り42才で没しているので直接見たことはない。外見は華奢で、とても気配りをする人だという。兄たちが素読しているのをそばで聞いて疑問点を兄に聞いたという。30才まで田舎で過ごし学があるわけではないが、家具調度や掛け軸を見る目が確かだったという。遺品として銀の煙管をもらったという。

    栄一がパリに行っている時はたびたび手紙をもらったようだ。が、3回に1回くらいの割でしか返事をしないのを栄一は返事の稀なのが不満だと書いていて、それに対しちよは、あまり返事を出すと女々しい奴だと蔑まれるから、と母が言っていた、と書いている。

    表だった社交家ではなく、養育院関係を除き、晴れの宴に出る事はまれで、英国インド太守ヘネシー夫妻来日の折りの招宴(明治10年頃)、米国前大統領グラント将軍歓迎の夜会・観劇会(明治12年)の他、親しい井上馨参議邸への招宴に数回出席したのにとどまるという。大隈重信、井上馨、益田孝、古河市兵衛などの夫人たちとは交流があったという。

    ちよの母八重の嫁いだ尾高家は八重の実家・渋沢「中の家」に比べて財が豊かでなく、実家の父が嫁ぎ先に口出しするので母は実家の父と嫁ぎ先の義父との板挟みになり実家に一時帰ってしまった。それを帰るように説得しに行ったのが、ちよの兄の新五郎であったという。

    文久元年から明治15年までの詳しい年表がついているのがよい。



    2012.2.10第1刷 図書館

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