信長軍の合戦史 1560-1582

  • 吉川弘文館 (2016年6月29日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (216ページ) / ISBN・EAN: 9784642082976

作品紹介・あらすじ

桶狭間の戦いの勝利で歴史の表舞台に躍り出てから本能寺の変で討たれるまで、天下布武をかかげ戦争に明け暮れた織田信長。近年の研究成果による新たな人物評をふまえ、信頼性の高い一次史料を中心に用いながら信長軍が繰り広げた合戦を解説する。戦いの経過だけでなく、戦前・戦後の政治情勢など戦略的評価にも目を配り、信長の戦争の本質に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 織田信長の合戦の最新研究を端的に纏めた小著。

    各合戦の要点が簡潔に述べられている為、読みやすくはあるものの、やや淡白な印象を受けた。

    個人的には、荒木村重の謀叛及び有岡城の戦いは知らないことが多く、ステレオタイプな荒木村重像を更新できたことは有意義であった。

  • 編者序文にあるように本書は専門家の書いた一般書で有ることを前提に評価すると5点満点中、平均は2.2点になりました。結論を言うとお勧めしません。以下、判りやすさと斬新性等から個別に評価します。
    ①桶狭間の戦い 従来の信長軍が田楽狭間に奇襲を行ったという定説は誤りで、信長公記を素直に読んで行けば正面から今川義元の油断に付け入り、風雨後の不意を突き突撃したことで成功したと言う。それでは義元が油断を怠らず、風雨がなければ信長が屍をさらしていたかも知れない。確かに突然の豪雨が信長の進路を隠したため信長公記には『熱田大明神の神慮』とあり、やはり信長にとっては大ばくちだった。もう一度桶狭間の戦いのくだりの信長公記を読み直すことになりましたが、本論に斬新性はなく 2点。
    ②信長と美濃斎藤氏との戦い 稲葉山城攻略のための戦い。支城を攻撃、あるいは調略によって落として、稲葉山城の周りには付け城を築く。最後は重臣三人の内応で、信長は大合戦もなく勝利が確定。合戦描写が無いので、ドロドロとした?調略や内応の理由があれば面白いと思いますが 2点
    ③本願寺一向一揆との戦い 門徒を教団の維持のための戦いに向かわせた本願寺顕如の歴史的責任と言う文章がありますが、現在の教団はこの戦いの反省は行っているんでしょうか? それはともかく、信長公記に出てくる天王寺合戦に関する記述が全く無く期待外れ。天王寺砦の救援の為、信長が京から瞬発して兵の充足を待たずに突撃。雑賀の鉄砲隊に銃撃され、負傷しながら本願寺勢を撃退した信長生涯二度目の大ばくちだったと思いますが、どうでしょう? 2点
    ④姉川合戦と戦場の景観 姉川合戦の後、浅井・朝倉氏の滅亡まで4年を費やしたことから、信長軍は決定的な勝利を得なかったとのこと。戦いの真相は文献と現地の調査から、浅井軍の信長本陣への奇襲であったとのこと。面白く 4点
    ⑤三方原合戦と信長・家康 三方原合戦に敗れた家康が描かせた有名な「しかみ像」は家康では無い…今まで信じていましたが!合戦そのものの描写が無く残念ですが、合戦前後を丁寧に解説。 3点
    ⑥長篠の合戦 合戦で信長軍が使用した鉄砲の数と三段打ちは実際にあったかについて全て史料だけで検証を行っている。読者としては実際に数千丁の鉄砲をどのように使用したのかという実証が知りたい。火縄銃の連続発射を実演で見たこともありますが、研究外ということでしょうか?机上の論文でつまらない。1点
    ⑦有岡城の戦い 毛利の援軍を当てにして信長に反旗を翻した荒木村重の籠城戦。援軍がなかったため村重の失敗。有岡城から尼崎城に村重が移動したため、調略等で城は落城。信長が人質の解放条件とした尼崎城と花隈城の明け渡しを拒否したため約600人の親族と家臣が殺害。読者としては尼崎城への移動と明け渡し拒否の理由が知りたいが、移動理由が戦線立て直しのため、拒否理由は信長を信用せず、また村重には毛利や本願寺の意向で単独では決断できなかったと。本論では徹底抗戦が村重の心情であるとかかれているが、結局落城後に毛利領に退散。本論に限らず荒木村重の行動は謎で明確化しているものは見たことがありません。2点
    ⑧三木合戦 信長の配下にあった秀吉が兵糧攻めにした三木城を取り巻く合戦。丁寧に顛末を解説。落城後の将兵の皆殺しについて、最後に最新の論文での異説が有ることも紹介。3点
    ⑨鳥取城の攻防戦 本論が最も参考にしている『織田VS毛利―鳥取をめぐる攻防―』は私も現地で購入し、城跡に登城して日本海を見ました。引用しているブックレットが本書より遙かによく出来ていて残念。兵糧攻めを完璧にしたのは細川藤孝の家臣、松井康之の率いる水軍のウルトラな活躍があって、信長から藤孝に感状が出ていますが、本論には触れられていません。1点
    ⑩備中高松城の戦い 戦いの前段階を丁寧に解説。水攻めも文献だけでは無く、考古学・地理学の成果も紹介。3点
    ⑪本能寺の変 限られた頁の中で論点はまとめられている。当時、信長の配下では筆頭であった光秀の謀叛の理由と失敗の原因は戦国最大のミステリー。本書も紹介する本能寺に討ち入った当時者が残す本城惣右衛門覚書にて、本能寺で家康を打つと思っていたとの史料を、たったひとりの心証と片付けていますが、フロイスの日本年報にも同じような誤解をした兵士がいたとあるので、光秀が作為的に広めたにせよ、信長が家康を打つ命令を出しても兵士には違和感はなかったのでは… 2点
    以上、合計25点平均2.2。
    出来に差があって本としては失敗ではないかと。

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著者プロフィール

渡邊 大門(わたなべ・だいもん):1967年神奈川県横浜市生まれ。関西学院大文学部史学科日本史学専攻卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。著書には、『明智光秀と本能寺の変』『嘉吉の乱』『流罪の日本史』(以上、ちくま新書)、近著に『戦国大名の家中抗争』(星海社新書)、『播磨・但馬・丹波・摂津・淡路の戦国史』(法律文化社)、『戦国大名は経歴詐称する』『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』(柏書房)、『誤解だらけの徳川家康』(幻冬舎新書)、『大坂の陣全史』(草思社)、『天下人の攻城戦』(朝日新書)など多数。

「2025年 『羽柴秀長と豊臣政権』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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