考える江戸の人々 自立する生き方をさぐる

  • 吉川弘文館 (2018年3月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784642083324

作品紹介・あらすじ

中世までは、戦や災害などの苦難に対し、神仏に祈るのみで自ら克服しようとすることがなかった。大きな社会変動を経て「平和」が実現した江戸時代に入ると、神仏の加護ではなく人の力で問題を解決するべきだと考えるようになっていく。大名の責任意識から庶民の寺子屋教育まで、考え、工夫して行動することが積極的に肯定されていく過程を描く。

みんなの感想まとめ

江戸時代における人々の考え方の変化を深く掘り下げたこの書籍は、神仏への依存から自らの力で問題解決に向かう姿勢への移行を描いています。中世の無力感から脱却し、戦国時代には神仏への疑念が芽生え、平和な江戸...

感想・レビュー・書評

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  •  書名の印象から、「まーた、『江戸の人々はこんなにも賢明だった。現代人は江戸に学ぶべきだ』という江戸礼賛本かよ。こういうの、もう食傷気味だよなァ」と勝手に思い込み、まったく期待せずに読んだ。
     読んでみたら、そのようなお手軽本ではなかった。これは、江戸時代に起きた物の見方・考え方の抜本的変化を、詳細に跡づけた書なのである。

     中世は神仏が支配していた時代であった。「救い」はつねに神仏からもたらされるものであり、人間は無力な存在でしかなかった。
     その後の戦国時代になると、戦乱に翻弄される人々の間に、神仏の救いへの疑いが生まれてくる。それは「神仏を滑稽化する風潮」となって現れた。

     そして、平和な江戸時代に入ってから、少しずつ人間の持つ力への自負が生まれてくる。人としてどう生きるべきかが重大な関心事となり、人々は「自立する生き方をさぐ」り始めるのだ。
     その傾向は当初、大名などの支配層に生まれ、次に政治エリートや知識人層に広がり、江戸後期には庶民層にまで広がっていった。

     つまり、江戸時代とはある意味で「ルネッサンス」――人間復興の時代でもあったのだ(これは私が勝手に思うことで、著者は「ルネッサンス」という語を用いていないが)。

     戦国時代から江戸時代初期にかけて、「日本史上に一大転換期があった」との認識は、多くの歴史家が共有している。
     それは「『戦争と飢饉』の中世から〝平和な〟近世へという政治的変革」であり、「物流の大規模な変革といった経済的変革」でもあった。

     著者はそうした政治的・経済的変革が、「当時の人々の物の見方や考え方を大きく変容させていった」点に着目し、内面的変革の側面を深掘りしていく。そのために、大名からエリート層・知識層へ、やがて庶民層へと、〝人間の持つ力への信頼〟が広がっていくプロセスを、史料に即して丹念にたどっていくのだ。
     それは、日本に本当の意味での「考える文化」が定着していったプロセスでもある。

     江戸時代に対する見方が少し変わる、ユニークな視点からの考察の書。

  • 日本人が、自立の考えを持ち始めた歴史がわかる本です。今も他国に比べて、特異な自立、個人の考え方である理由を、過去にさかのぼって考えさせられました。

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著者プロフィール

1947年 愛知県に生まれる。1972年 京都大学文学部国史学科卒業。1981年 京都大学大学院博士課程国史学専攻単位取得満期退学。元京都女子大学教授、京都大学博士(文学) ※2023年5月現在
【主要著書】『思想史における近世』(思文閣出版、1991年)、『日本幼児史』(吉川弘文館、2013年)、『江戸のパスポート』(吉川弘文館、2016年)、『考える江戸の人々』(吉川弘文館、2018年)

「2023年 『江戸武士の日常生活 素顔・行動・精神』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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