錯乱(堀平五郎)、碁盤の首(小川治郎右衛門)、この父その子(真田信安)、角兵衛狂乱図(樋口角兵衛)、信濃大名記(真田信之)のみ読了。直木賞受賞作にして、最晩年の真田信之が、お家騒動を目の当たりにして一時は何もかも捨てて京都で暮らしたいと思いつめるも、思いとどまり、幕閣を怒らせてのちのちにたたることは危惧しつつも、目の前の騒動を片付けるためにはと窮余の一策で、幕閣の隠密を手玉に取って、老中をおどすようにして、決着をつける一編。隠密の「今に見ておれ。殿もおれに兜を脱ぐことになるのだ」という暗い情熱。酒井忠世に真田の兵法如何?と問われ、「家来領民を不憫に思い万事に礼儀正しく。士卒も領民も下知ばかりでははげまぬもの。金銀を快くつかわした上での下知命令でなくては」と応えた真田信之。「信濃大名記」の底流にも流れる思想。「人はわしを名君と呼ぶ。名君で当たり前なのじゃ。少しも偉くはない。大名たるものは皆、名君でなくてはならぬ。それが賞められるべきことでも何でもない、百姓が鍬を握り、商人が算盤をはじくことと同じことなのじゃ」(真田信之)/激しい思い込みから、「今に見ておれ」と、自分を認め重用しない真田家への憤懣をためるだけためこんで爆発してまわっていた角兵衛だったが、その最期の切腹は…狂気だったのか母の言葉を肝に命じた信之への最後の奉公だったのか、角兵衛を公儀隠密にみたてた「角兵衛狂乱図」。大阪の陣の和睦中での信之と幸村の対面、それをとりはからってくれた小野お通への果たせなかった恋慕、最後は松代へ移るまでが描かれた「信濃大名記」。わたくしは今御公儀からどう見られているか、将軍様がどう思っているか、それが上田に行くということは…。そしてあなたこそどうして何もかも捨てて京に来てくれないのですか、というお通の激情。お互いの背負うものの重さと相手の思いを感じつつ、すれちがうお通と信之。右近の「でき得ることなれば、殿を京へ、お通殿の許へ差し上げとうござる」という言葉にこめられた万感。