パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集

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  • 立風書房 (1981年4月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (138ページ) / ISBN・EAN: 9784651930077

作品紹介・あらすじ

サモアの酋長ツイアビがパパラギ(白人)と文明について語ることばは、素朴さとユーモアにあふれながら、知恵と啓示に満ち、われわれの心を鋭く刺す。話題のロングセラー。

みんなの感想まとめ

文明や価値観について深く考えさせられる一冊で、サモアの酋長ツイアビが語る言葉には、素朴さとユーモアが溢れています。現代の価値観を根底から覆すような洞察があり、読者は新たな視点を得ることができます。特に...

感想・レビュー・書評

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  •  100年前の文明批評。偽書だということを前提にすれば、パパラギ自身によるパパラギ文明の相対化として読んでも面白い。まあ、読み方は人それぞれ。
     ボクには酋長さんが批判している合理主義的な「思考」さえも失われつつあるように見える現代に対する、究極の批判の書に読める気がして、とても面白かった。
     あれこれはアホブログで。
     https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202605100000/

  • 児童書ではなく、大人向けだが、高校生以上は、一度読んでおいて良いかと思う。
    現代の価値観を根底からひっくり返す、目からウロコな一冊。だが、納得できる部分も多数でこれから何をするか?を見直せる。
    価値観が違うツイアビの言葉は、多少読みにくいが、一章は長くないので最後まで読んでほしい。

  • ウィキペディアによれば、本作は原著者の創作だとのこと。事実だとすれば、驚き、そして悲しい。初読のきっかけは某アウトドア雑誌の記事だった。未だにその出版社では絵本まで出版しているようだが……。それでも原著者がサモアに行き、現地人と交流した結果、1920年のドイツと見比べて、西洋文明がいかに人々の心を貧しくしているかを描いている。そのことは評価してよいと思う。

  • なんで今更、パパラギか?最近でもないが絵本になったので買ってみようと思ったが、高かったのでオリジナルの古い本を買って読んでみた。ツイアビが見てから100年ほど経っているが、何ら与える影響はない。読んだときの状態によって思い描くことは違うだろう。めったに本を読み返さないが、これは3年毎に読んだ方がいいと思った。

  • 尊敬する父親の人生を変えた一冊。
    ボロボロで日焼けした本を勝手に自分の部屋の本棚に移して何年も経つが、
    難しくてなかなか読了出来ない。
    読めと言われているわけではないが、絶対に読み切りたい。
    いつかこれを読み切る日が来て、その時わたしはどう思うのかが楽しみ。

  • 【現代の生活を問い直しを迫る一冊!!】
    南半球のニュージーランド近くにある島、サモア。そこの酋長でありツイアビが、現代国家のヨーロッパを訪れた際に感じた、彼の思いを綴った一冊。

    内容はとにかく面白いの一言。文明が未開拓の者が、開拓された土地を訪れ、見たものに対して感想と彼自身の考えを述べている。一つ一つの言葉に重みがあり、自分の生活に問い直しを迫る。

    私自身、モノの豊かさに対する問い直しは幾度と無く考えてきたが、「教育」という国家を持続させる上で非常に大切な行為でさえも、ツイアビからしたら批判の対象となる。

    日本を含めた先進国が発展途上国に提供している技術、教育などは本当に、本当に、本当に!!その国にとって必要なことなのだろうか。それは、ただ単に我々先進国が創造してしまった世界的なシステムに、彼らを巻き込ませるための手段なのではないだろうか。

    その国の人達のことを思えば、我々がしていることは不要で余計なお世話なことではないのだろうか。

    「生きる」ということ本質を捉えるとき、我々がしていることがどれほど必要ないことなのかを実感し、今自分が描いていた世界や価値観が空虚なことなのかと思う。

    これからの世界がどのように進んでいくべきなのか、そして自分はどのように生きるのかを本気で考えさせられる一冊である。

  • サモアの酋長のヨーロッパを観察した際の演説集

    近現代的西欧文化に対する価値観を考え直させてくれるきっかけにはなる。

  • 大学の授業の課題で読んだ。本が見つからなくて探したけど、結局、大学近くの本屋で大量に取り寄せられていた。

  •  現代人の文明を見て、「進化しているように見える彼らは、むしろ時間を無駄にしている」と評するツイアビさん。
     中学生だった私が、時代の流れと進化というテーマに初めて疑問を持った本です。まあ、ツイアビさんの話にはツッコみどころも結構あるのですが……

  • 固有名詞を使わない表現がちょっと面倒だったけれども、新鮮だった。

  • 批評家以上の腕と目をもち、批評とはこうあるべきというモニュメント的作品。

  • 命はなんのために、何をするために生まれてくるのか、
    そんな「問い」に、この本は一つの明確な答を出している。
    今、自分が生きている社会を、別な角度から見直す
    いい機会にもなった。

    <本から>
     物がたくさんなければ暮らしていけないのは心が貧しいからだ。

     パパラギのからだは、まるで深い原始林に育つ花のように、
     やつれて青白い。

     昔、ヨーロッパに、ひとりの有名なパパラギがいた。この男は、
     自分のもとに集まる多くの人びとにこう告げた。
     「足にきゅうくつな思い皮を巻きつけるのはよくないことだ。
      朝露が草の上で光っている限り、青空の下をはだしで歩こう。
      そうすれば、病気など自分のほうから逃げてゆく」と。
     この人は、とても健康でかしこい人だった。だが、世間は彼を
     あざ笑い、やがて忘れた。

     私たちは喜ぼう、私たちの肉が太陽とともに語ることができ、 
     腰布にもしばられず、足皮にもずらわされない私たちの
     足が、野の馬のように駆けられることを。

     手も足も頭も、みんないっしょになりたがっている。からだの全部、
     心の全部がいっしょに働いて、はじめて人の心はすこやかな
     喜びを感じる。
     
     大いなる心は、私たちがすべての行いを、誇り高く、正しく行う
     ことを、そしていつも喜びの目と、しなやかな手足を持った人間で
     あることを望まれるのだ。

     まやかしの暮らしのある場所と束になった紙が、パパラギを今の
     姿にした。弱く、迷い多い人間、本当でないことを好み、もはや
     本当のことを知ることができない、月の似せ絵を月だと思い、
     字の書かれたむしろを人生そのものだと考える、そんな人間に
     なってしまった。

     考えることではなく、からだ全体を同時に使って活動することが
     彼らには難しくなってしまった。頭だけは目覚めて働いている
     のに、からだのすべての感覚はすっかり眠りこんでいる、という
     こともめずらしくはない。立って歩いても、しゃべっていても、食べて
     いても、笑っていても。

     日が美しければ、彼らはすぐに考える。「日はいま、なんと美しく
     輝いていることか!」 これらはまちがいだ。大まちがいだ。
     馬鹿げている。なぜなら、日が照れば何も考えないのがずっといい。
     かしこいサモアの人なら、暖かい光の中で手足を伸ばし、何も
     考えない。頭だけでなく、手も足も、腿も、腹も、からだ全体で
     光を楽しむ。皮膚や手足に考えさせる。頭とは方法が違うに
     しても、皮膚だって手足だって考えるのだ。

     愛は私たちのからだの中の血のように、私たちとまったくひとつの
     ものでなければならぬ。頭と手がひとつであるように。

     「大きな声を出さないでくれ。おまえの言葉は、くだける波の音、 
      ヤシの葉ずれのざわざわだ。おまえの顔が喜びと強さにあふれ、
      おまえの目が輝かない限り、そしておまえの姿から、神さまの
      お姿が太陽のように射してこないかぎり、おまえのしゃべりは
      もうたくさんだ」

      私たちはさらに誓いを立て、彼らに呼びかけよう。私たちに
      近づくな。おまえたちの喜びと快楽を持って私たちに近づくな。
      腕にも、頭にも富を求め、かき集めてきた野蛮な略奪物を
      持って私たちに近づくな。兄弟よりも豊かであろうとする貪欲さ、
      たくさんの無意味な行い、むやみやたらに手を動かす物作り、
      好奇心だけでものを考えて、なんにも知らない知識、そういう
      がらくたを持って私たちに近寄るな。むしろの上のおまえたちを、
      安らかに眠らせることさえしないあらゆる馬鹿馬鹿しい行い。
      そういうものを、私たちはいっさい必要としない。私たちは神さま
      からたっぷりといただいた、気高く美しい喜びでじゅうぶん
      満足できる。

  • 面白かったが、文明批判より彼の島の話をもっと聞きたかった。
    ただし、Wikipediaによると偽書らしい。

  • パパラギ とは 白人 のこと。

    自分の世界観を全く打ち砕かれた。
    1920年初版の『パパラギ』が
    2011年以降の日本で、救いになる鉤になるのではないか。

    誰も一度は読んでほしいとお勧めしたい本だった。

  • 感動の嵐のようなのでどれだけうまく出来てるんだろうと期待して読んだが、随分とステロタイプなオリエンタリズムではないか。
    これにフィクション臭を感じられないというのは、社会人以上の知性ではあってはならない話。
    もう少し「信じたいものを信じる」ことから脱却する意識を持とう。
    他のレビューを読んでみて驚いたが、彼らにとっては「内容が良ければフィクションかどうかは関係無い!」ってことなんかなぁ。正直、内容も随分と稚拙だと思うが。
    もし自分が非文明社会の「原住民」だったら、どのように文明社会を批判しますか?っていうテーマで書かれた作文に、見えないのかな?

  • 国語の教材に使われていてそこで初めてこの本の存在を知り、興味を持ったので図書館で借りてきた。

    パパラギというのは白人のことであり、文明を批判する内容になっている。
    「たくさんのものがパパラギを貧しくしている」「パパラギにはひまがない」「パパラギが神様を貧しくした」「考えるという重い病気」「パパラギは私たちを彼らと同じ闇の中に引きずりこもうとする」など。
    世の中何かおかしいよなーということを実に明快に言い切ってるのが気持ちいい。
    自分の価値観や理想を持って、しっかり主張している姿勢はすごいと思う。

    しかしこの本が始めて世の中に出たのが1920年だというのに、この本で批判されていることが改善されるどころかエスカレートしていってることに暗澹たる気分になった。

  • サモアの酋長がさまざまな比喩を使って西洋文明を批判する。とても詩的な表現で文明社会に生きる人間を形容するのだが、これがユーモアに富み、面白い。ページをめくるたび、私は生きるうえで必要なものって、何かしらと考える。

    しかし、相対的な文明批判、というものは今でも健在なんだろうか。
    こういう本は、70年代、80年代にはそれもとても新鮮に移ったのかもしれない。もともとオリジナルはもっと昔に出版されたものなので、さらに新鮮だったのかも。
    でも、私はもう、サモア人のように生きることはできないだろうし、今、文明の真っ只中で生きてくしかないよね、とちょっと哀しい気分になった。そうイミでは、もう夢さえもないんじゃないか?と。
    相対的な文明批判してるあいだは、非文明化することにも意義があったから、そういう人生を目指す(発展途上国に行って働いてみようとか)方向もあったんじゃないかなあ。

    私には太陽も椰子の木もきれいな海もないし、神様もどこか遠いところにいるし、情報で武装しないと生きていけないんだよ、と、文明の真っ只中でちょっと放心気味。

  • 目的地に早く着くことが、たいした得になるわけではない。

    大いなる心は機械よりも強い。

    新聞は、すべての人の頭をひとつにしたがっている。

    私たちは、私たちのからだをいっそう強くし、心をいっそう楽しく快くすることでなければ何もしてはならないし、することは許されぬ。
    私たちは、私たちの暮らしの喜びを奪うすべてのものから、自分を守らねばならぬ。
    心をくもらせ、明るい、心の光りを奪うすべてのものから、私たちの頭と心をたたかわせてしまうすべてのものから、自分を守らねばならない。

  • 随所になるほどその通りと思わされたけど、サモアの素晴らしい点を挙げる彼が、簡単にキリスト教だけは受け入れるとは思えない点で、やっぱり偽書だと思う。

  • 今こそ読み継がれるべきツイアビの言葉の数々。
    最後の章が特に心に響きました。
    学校の授業で取り上げるべき。

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