百姓一揆――幕末維新の民衆史

著者 :
  • 明石書店
4.00
  • (0)
  • (1)
  • (0)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 3
感想 : 1
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (390ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750306575

作品紹介・あらすじ

徳川幕藩体制崩壊を兵庫県下の百姓一揆の事例とのかねあいから史実にもとづき解明する民衆史。近世地方史研究者必読の書。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  社会の授業で「一揆」を習うよりも先にファミコンゲームで「いっき」を覚えた我々は、来る日も来る日も田畑を駆け抜け、悪代官の屋敷を目指したものであるし、竹槍は案外と使い勝手が悪いと学んだものである。
     実際、一揆に参加した百姓達の主な武器は釜や鍬、そして竹槍であった。度重なる刀狩りによって刀も鉄砲も奪われていたからである。

     今までに読んだ赤松氏の著書といえば性風俗が大半であったが、本書はだいぶ風合いが違って、真面目な(と言っていいのかどうか)一揆の資料書である。共産党員でもある著者らしく、簒奪される庶民と簒奪する支配者(領主や豪農、商人)との対立構造に着目している。
     冒頭のはしがきから本書の意義を引用する。

    「戦争の功名談には真相と伝えるものにも虚飾が多く、それでなくとも善意の誇張は避け難いだろう。当時の実録風に書かれた百姓一揆の文献を読む毎に、私の感ずるのは一読して或いはさもありなんと思い、再考してあり得ざる嘘の多いことであった。こうした大衆文学的実録から真相を知るためには、もっと冷静で精密な観察と他方に正確な資料を必要とする。私が本書において意図したところは、できるだけ真相に近い一揆の様相を物語ることであり、従って事件を彩色する興味的な挿話や伝聞の類は多くを避け、むしろ発生の原因や一揆の行動など客観的具体的に追究できるものを、まず詳細に説くこととした」

     なるほどこの意図通り、本文はつとめて客観的事実の羅列であって、いつ、どこで、誰が、何をした、ということが淡々と述べられている。著者の行動圏内関心範囲内ということなのか兵庫県下に限定されているが、それでも膨大な数に上る。資料集としても非常に貴重なものであろう。
     事件そのものについては当事者たちの切なる訴えであり、成功しても失敗しても中心人物達は死罪など厳しく罰せられる決死の抗議行動であるのだが、第三者からすればそれもまた物語に仕立てられ、娯楽として消費されていく。この辺の業の深さは現代に通じるものもある。

     本書では一揆を以下のように分類、定義している。

    嗷訴:領主やその他相手方に対して訴え出ること。さらに三つに区分される。
     愁訴:通常の訴えにも近いが、やや強硬な態度で訴え出ること。
     強訴:集団の圧力で団体交渉的に要求すること。
     越訴:さらに上級の為政者へ直接誓願すること。直訴。
    逃散:田畑を放棄し、集団的に他領へ逃避すること。
    騒擾:直接的に破壊行為などを行うもの。次の二つに分かれる。
     騒動:農民を主体として農村に起こるもの。
     打ち毀し:職人、人夫、小商人など貧民を主体として都市に起こるもの。

     一般的に「一揆」と聞いて想像するのはこのうち騒擾であろうが、訴えることや逃げることも一揆に含めるというのはやや意外であった。しかし一揆というものを「百姓達の切なる意志表示」として考えれば破壊行為を伴うかどうかというのは些細な違いである。そして破壊行為も、特に騒動において対象は厳密に定められており、それ以外の家屋や田畑を荒らすことは厳禁とされた。ただの暴動ではなく、明確な意思の元集まった百姓達の訴えなのである。

     さて、本書を読んでいるときに、ちょうど話題になった出来事があった。肢体不自由な方が航空機の利用に際して航空会社とトラブルになったという一件である。本件そのものについては現時点で真偽不明な点も多くここでは詳述しないが、その強硬とも言える手法について、世間の反応としては反感も少なくなかったわけである。
     そのやりとりを眺めているうちに、ははあ、これもまた一揆なのだな、と思った。現代の市民一揆である。
     学校や仕事から逃散する引きこもり、恋愛市場から逃散する草食化もまた一揆である。
     もちろんデモやストライキ、集会も一揆である。騒擾以外は江戸時代と違って非合法ではないが、構造的には間違いなく一揆である。
     暴力的な手法を「テロ」と呼称する人も多いが、ここは日本らしく一揆と呼びたい。飯テロは飯一揆である。
     そう考えれば本書の内容は決して遠い昔の出来事ではなく、今まさに起きている人々の訴えの源流なのである。

    「最初から周到に用意された一揆もあれば、自然発生的に突発した一揆もあった。初めから優秀な指導者を持った一揆もあれば、一揆闘争の渦中から指導者が育成せられたものもある。封建的領主の重圧に耐えかねて反発した一揆もあれば、農村に侵入してきた寄生的資本に一撃を加えたものもあった。また勇敢に戦い抜いた一揆もあれば、逡遁したために被害を大きくした一揆もある」

     江戸時代にあっても人々の訴えは様々であり、現代においてもそこから学ぶことは少なくないだろう。
     江戸時代の人々が求めていたものから、当時の人々の生き様について思いを馳せることもできるだろう。
     また江戸時代のトラブル事例集ということで、リアルな歴史小説を書きたい人にも貴重な資料集となるのではなかろうか。

全1件中 1 - 1件を表示

著者プロフィール

本名栗山一夫、赤松啓介は筆名のうちのひとつ。民俗学者・考古学者。1909年(明治42)3月4日兵庫県加西郡下里村(現加西市)生まれ。30年代から社会運動に従事しつつ、民俗学・考古学の著書・論考を発表。39年(昭和14)唯物論研究会事件で検挙。戦後、50年(昭和25)民主主義科学者協会神戸支部局長、58年(昭和33)神戸市史編集委員、71年(昭和46)神戸市埋蔵文化財調査嘱託。2000年(平成12)3月26日死去

「2004年 『兵庫県郷土研究 予審終結決定・年譜・著作目録・総目次』 で使われていた紹介文から引用しています。」

赤松啓介の作品

最近本棚に登録した人

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×