現代アフリカの紛争と国家

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  • 明石書店
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (462ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750329260

作品紹介・あらすじ

アフリカの紛争の根本的な原因を、独立後に現れた特異な国家「ポストコロニアル家産制国家」の特質から捉える理論的枠組みを提示。この枠組みと植民地化以降の長期的な社会変容の分析とを組み合わせ、人類の悲劇ルワンダ・ジェノサイドに至る過程を解明する。

感想・レビュー・書評

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  • ルワンダで大規模な虐殺が起きたのは、植民地以前から民族間にカーストがあったというか職業カーストこそが民族と見做されていたような社会で→植民地化で社会が激変、これまでの社会単位が崩れ地盤が弱く→集団の保護を必要とした大衆が煽動に下側ざるを得ない状況が下敷きにあった/「私」の領域に他者の意思が入り込む気配を感じたら注意/ルワンダの復興のはやさが気になる。 やはり国民性にどこか勤勉で従順なとこがある?狭さと人口密度も?大陸か島国かでかなり状況は別れたかもだが人の性質としてはちょっと日本とも似てるかもという印象

  •  現代アフリカの紛争を歴史、地域、国際という三つの観点から考察し、その特徴の定式化を目指す新進気鋭の研究者による単著。

     本書の特徴は、アフリカの紛争を国際関係論の枠組み、特に紛争研究を意識しつつまとめ考察しているという点にある。アフリカの紛争については、既に地域研究者による詳細な事実の積上げという成果と紛争地のミクロな(部族、宗教、文化、歴史、伝統の)視点からの優れた研究がある。他方で国際関係論の分野においても、紛争研究は元来アフリカを対象としたものが非常に多く蓄積されており、冷戦以後の研究でも世銀のコリアーなどが定量的分析に取組んでいる。他方で、地域と国際、ローカルとグローバルの架橋は必ずしも進んでおらず、地域研究者は明らかにした個別の事実を国際関係の文脈で意義付ける事を積極的に取組み成果を出したとはあまり言えず(国際関係の視点からの紛争理解への問題提起はしているが)、逆に国際関係研究者は、事例としての各紛争の多様性や前提的条件の相違を軽視しているととらわれかねない数式や変数の配列による定量分析に特化してきたと受取れる側面があった。

     武内氏の本書は、ルワンダの紛争及びジェノサイドという事例を主張な対象にしているが、地域研究者が重視するミクロな視点を丹念に押さえつつ、国際関係論研究者が重視する事例の一般化と既存の概念や理論への問題提起を多分に含んだ内容であり、その成果は大きなものだろう。特に、ジェノサイドに関する考察については自身のフィールドワークも含め、なぜ一般大衆がああも簡単に動員されてしまったのかという命題に対し、ハイポリティクスとローポリティクス(あるいは大衆レベル)から考察し、理解を提供しており、非常に興味深かった。

     その上で、今後も第一線で活躍するであろう武内氏にいくつかの期待を込めて、本書の課題を挙げたい。

     第一に、紛争研究のレビューについての物足りなさである。武内氏は、第1章2節で主にアフリカの紛争研究への先行研究のアプローチを「紛争がなぜ発生し、これが拡大するのか」という視点でまとめている。ここでは、エスニシティ、経済的動機、国家(の破綻)という三つの観点からまとめられている。それぞれこうした問題は古くから提起されているが、評者が疑問に思うのは、分類法である。おそらくこの分類は、それぞれに代表する論客の主張を意識してまとめたのだろうと推測されるが(エスニシティ=ロスチャイルドなど、経済的動機=コリアーなど、国家破綻=ザートマンなど)、近年の議論を包括する形でまとめる時、政治(体制を含む)・経済・社会(文化を含む)などと分類した方が良いように思う。

     例えば、本書では、エスニシティを巡る定義の問題とこれを安易に用いて紛争を理解する事に懐疑的な視点に立つが、おそらく現状では学術界ではこうした視点が主流だと思われる。そこで主張されるエスニシティとは、固定的でもなければ集団内で団結に濃淡もあるし、構成員とされる人々の帰属意識も異なるし、これも時間と共に変化するというものである。即ち、現在のエスニシティを巡る議論を見た時に、これを構成主義的、あるいは機能主義的(紛争との観点でエスニシティを見る際には道義主義的)なものとして捉える見方が多いのである。そうした観点に立つと、エスニシティとは、社会集団を構成する要素(他には、居住地域や職種、教員水準、所得水準、宗教・宗派、こうした諸要素の分類に基づく少数派・多数派など)の一つに過ぎないと言えよう。こうした観点に立てば、著者の武内氏がエスニシティによる紛争理解に留意を付けているのだから、なおの事、先行研究のアプローチの分類の際に、エスニシティを単独であげるのではなく、社会を構成する要素としてあげ、これらが紛争との関係でどのように理解されているのかまとめる方が有用なのではないだろうか。

     国家の視点についても同様である。国家の破綻や解体は、確かにアフリカ問わず広く見られている問題であるが、紛争研究における国家を巡る議論は、それだけではない。特に、社会主義圏における多民族連邦国家の事例が示すように(あるいはこれらの地域における紛争を研究している研究者の成果が明らかにしているように)、国家を巡って問題となるのは、その内部における政治権力の移動や政治的・国家的体制の転換、国家の正統性や領土的一体性のゆらぎなどである。国家破綻や解体が、現存した国家的枠組みの破壊、もしくは消滅を意味するのに対し、これらの事象は現存する国家的枠組みの内部での変化であり、これらと紛争の関係を考える事は欠かす事が出来ない。加えて、IRにおける国家間の紛争において古くから主張されて来た民主主義国家間では戦争は生じないという主張ニ見られるように、国家の政治体制と紛争の関係性についても既存の研究では主張されている。武内氏の著作を見れば、氏がこれらの問題ほとんどに関心を有している事が本書を読み進める上で理解出来るわけではあるが、もう少し、紛争研究のレビューで取り上げる必要があっただろう。評者が問題は国家破綻のみではないと主張した事は、実は国家というハードシェルの外側と紛争の関係を問題にしているように受取られる「国家と紛争の関係」という分類よりも、政治体制や政治的正統性、権力移動や体制転換など国家の中身を問題にしている「政治的構造と紛争の関係」という分類の方がより適切であると思ったからである。

     第二に、アフリカ以外の紛争の事例(具体的には旧ソ連や旧ユーゴ)は、アフリカの事例においてどのような問題提起をしているのか、逆にアフリカの紛争はそれ以外の紛争地にどのような問題提起をしているのかという比較、あるいは一般化への試みが本書ではあまり感じられないという事である。これは、ローカルとグローバル(より厳密にはアフリカというリージョナル)を架橋し比較と一般化に取組んでいるという本書の想像を絶する苦労を前にすると、本書自体にこれを指摘するのは大変心苦しい。従って、今後、武内氏がこうした問題提起をしてくれるものと期待したい。

     いずれにしても現代アフリカの紛争と国家を考える上で、本書が非常に大きな問題提起を含み、既存の地域研究及び国際関係論に貢献している事は言うまでもなかろう。

  • ルワンダのジェノサイドはなぜ起こったのか?
    そもそもトゥチとフトゥの違いとはなにか?

    これらの問題にアカデミックに応えてくれる本。
    武内氏にはこれ以外にもアフリカに関する著作が多数ある。

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