トルコを知るための53章 (エリア・スタディーズ)

制作 : 大村 幸弘  永田 雄三  内藤 正典 
  • 明石書店
3.39
  • (1)
  • (8)
  • (7)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 56
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750335711

作品紹介・あらすじ

ヒッタイト誕生からアレクサンドロスの東征、イスラム圏の浸透、オスマン帝国の興亡、共和国による世俗主義の選択、EUとアジアをつなぐ現在まで、アナトリアの歴史は波乱に富みながらも多彩な文化をたたえてきた。その歴史と文化、政治、経済を1冊に凝縮。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • トルコの歴史・文化・政治についてオムニバス形式で色んな人が書いている。

    地理・気候
    アナトリア高原と南東ヨーロッパのトラキアからなる。アナトリア高原は短い夏は暑いが、冬は零下20度にもなるところがある。小麦が取れる。沿岸部は地中海性気候。

    歴史
    古代ではヒッタイトが有名。製鉄を最初に始めたとも言われる。その後、アレクサンドロス大王が通過していったり、ヘレニズム諸王朝やローマ帝国の支配下でギリシア化が進んだ。ローマ帝国とビザンツ帝国の時代にキリスト教化される。11世紀にトルコ系遊牧民のセルジューク朝が入ってきて急速にイスラム化が進んだが、土着の信仰の影響も残った(神秘的傾向のあるスーフィー)。その後、オスマン帝国を経て現代へ。

    オスマン帝国
    1453年にメフメト2世がコンスタンティノープルを陥落させる。スレイマン1世の16世紀に全盛期を迎える。西はバルカン半島でハプスブルクと対峙し(フランスとは敵の敵的同盟関係であることが多かった)、東はイランのサファヴィー朝がライバル。しかし文化的には詩歌などイランへの憧れがあった。キリスト教の礼拝堂であったアヤ・ソフィアをそのままモスクとするなど、ビザンツの文化も一部取り込んだ。コーヒーハウスはイスタンブールから欧州へ広まった。

    アタテュルク
    軍人としてWW?で活躍。トルコをギリシアなどの外国軍から守ってスルタンを廃し共和国を建国、国父となった。この独立時の経緯により、トルコ憲法には厳格な政教分離である世俗主義と、領土の不可分が、改正発議すらできない条文とされている。


    ケバブが有名だが魚も食べる。ヨーグルトはソースとして多用し、甘くして食べるなんてオエッとなる。酒もワイン、ラクなど普通に飲まれる。ケバブ屋では普通酒は供されないが、高級居酒屋的業態がある。ピザの原型と言われるピデも。

    文化
    オルハン・パムクはノーベル賞で有名。かつては寸劇、影絵芝居などが盛んだったがテレビにおされて姿を消しつつある。音楽は、微小音程を使う民謡がある。西洋音楽ではピアニストのファズル・サイが有名。

    政治
    クルド、アルメニアなど少数民族を国内に抱える。世俗主義により公的な場での女性のスカーフは禁じられてきたが、スカーフをかぶる女性が近年増えてきた。ただ宗教的な意味合いの有無などいくつかの種類がある。
    2002年以来、親イスラムの公正・発展党が与党。野党は共和人民党(アタテュルクの流れを汲む世俗主義)、民族主義者行動党(極右)、クルド系政党。90年代まで政権を担った中道右派は消えてしまった。
    EU加盟はいまは様子見状態。キプロス問題も微妙にネックに。

    経済
    80年代に経済自由化し、90年代は高インフレにも苦しんだが、21世紀にはいって比較的順調に成長している。新興国らしく消費が盛ん。自動車、白物家電については、OEMだが、EU向けの輸出が盛ん。

  • 昔のトルコから、近代までよく網羅してある本。
    財閥としては、コチ、サバンジュが1920年代に産声を上げた。
    AKBANK AKSigorta ENERJISA,BRISA,CarefourSA, TEMSA、ドウシュ、ドアン、エンカ、

  • 【配置場所】工大選書フェア【請求記号】302.274||O【資料ID】91132568

  • 前半の方は、著者個人の属人的な内容で薄いが、後半はなかなか今日のトルコを知る上で役に立つ事が書かれている
    巻末近くの、在日トルコ人の方々による、震災後の支援活動はとても胸を打つのでぜひ一読なされますように

  • ○この本を一言で表すと?
     トルコの歴史について半分以上割いて、その後で生活習慣や国内・国外の情勢について触れた本


    ○この本を読んで興味深かった点
    ・トルコでいろいろな年代の遺跡が存在しているというのはシュリーマンの「古代への情熱」などで書かれていましたし、オスマン帝国が排他的で許可を取ることに苦労した話もありました。トルコ共和国になっても自国の力で発掘する傾向だったというのは初めて知りました。ケマル・アタテュルクが自国のアイデンティティ確立のために率先して遺跡の発掘に携わっていたというのも初めて知りました。国家を設立したばかりの状態で内政等もいろいろ手がかかったと思いますが、その中で優先していたというところに国家アイデンティティ確立がどれほど必要であったかが分かるような気がします。(第2~5章コラム1)

    ・オスマン帝国と西欧世界が密接に交流していて、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロが橋の建設で営業をかけていた証拠が残っているのは面白いなと思いました。(第12章)

    ・トルコ音楽の音階の繊細さ(ドとレの間を9分割)に驚きました。それだけ音楽文化が違う中で西欧の音楽を取り入れ、またトルコが西欧に音楽の影響を与えたというのは面白いなと思いました。(第16章、第33章、第34章、コラム6)

    ・エルトゥールル号事件でトルコが親日国になったという話はいろいろな本で知りましたが、それだけのバックボーンがありながら、日本がトルコに不平等条約を締結させようとしていて国交が樹立できず、事件から50年近い歳月が過ぎた第一次世界大戦の講和条約でやっと樹立できたというのはある意味当時のアジアの強国意識が強かった日本らしいなと思いました。(第25章)

    ・ケマル・アタテュルクの、敗戦で国土が占領されるところを食い止め、臨時政府を樹立し、攻めてきたギリシャとの戦争に勝利し、オスマン帝国を滅亡させ、国民のほとんどがイスラム教徒である中で「世俗主義」や「トルコ国民主義」を体制原理としたトルコ共和国を建国した、という業績はとてつもないなと思いました。(第27章)

    ・ケマル・アタテュルクが側近に命じて、19世紀のヨーロッパの「中央アジアで最古の文明を築いたのはアーリア人である」という考え方をそのままトルコ人にすり替えた「トルコ史の基本路線」を1930年に出版させたというのは面白いなと思いました。韓国でも「孔子は韓国人」という説を公表したりしていましたが、国家統合のイデオロギー形成はどこも同じようなやり方をするのだなと思いました。(第28章)

    ・トルコではイスラム教徒の割には酒が飲めるのは不思議だと思いましたが、それも世俗主義の一環だったのかなと思いました。今の与党である公正・発展党がイスラム志向であり、閉鎖空間での喫煙を禁止するなど、世俗主義からイスラム主義に徐々に移行しようとしている動きは面白いなと思いました。(第30章)

    ・1994年で消費者物価上昇率125.5%、2001年2月の金利4018.6%という高インフレ高金利から順調に成長レベルまで引き戻した現在の首脳の手腕はとてつもないなと思いました。(第41章)

    ・今までに読んだ新興国の本ではトルコは農業国のイメージでしたが、かなりの工業国(自動車生産16位、白物家電生産4位、アパレル輸出7位、鉄鋼生産10位、貴金属生産3位、など)ということを初めて知りました。ただ、日本人と同じでオリジナルの発想に弱いというのは何となく納得できました。(第43章)

    ・憲法2条で世俗主義、3条で国民と領土の絶対不可分が定められていて、その改正の発議すら憲法で禁じられているというのは、憲法改正が非常に困難な日本と状況が似ているなと思いました。(第44章)

    ・最大の護憲勢力が軍で、今までに何度も憲法違反だった政府を解体してきたというのは珍しい国だなと思いました。建国の父ケマル・アタテュルクが軍で国家を築き上げたことから現在に繋がっていて、実績と世論からこれまで軍の優位が乱されなかった状態から現在は政府優位になっているというのは面白いなと思いました。インドネシアやエジプトなどの国家だと軍の力が強く、そちらにコネクションがないと政治を行うのも難しい状況ですが、トルコの現在の首脳に軍に関わりがある者がほとんどいないのは珍しいなと思いました。(第46章)

    ・トルコのEU加盟問題で、ずっと加盟が悲願だった状態からむしろ冷静に見ることができるようになっていること、EU側は今なおトルコを見下していることなど、いろいろな考えや思い込みが入り乱れていて複雑だなと思いました。(第48章、第49章)

  • 「知るための」シリーズのトルコ版。半分以上前近代で占められていて、後半は現代トルコに関する内容。

    在日トルコ社会についても述べられていて興味深い。あとトルコがアフガニスタン、パキスタンと深い関係にあるのは初めて知った。

  •  トルコの歴史から現代社会、文化までこの一冊で網羅している。
    僕が特に興味深く感じたのは「スカーフ論争」。イスラムの女性はスカーフで肌を隠すというイメージがあるが、トルコは世俗主義(政教分離)を強く推し進めた歴史があるため、「スカーフ」は宗教の象徴として公の場(大学など)では禁止されていた。「スカーフ」はイスラムの象徴であり、「イスラム主義」を政治の持ち込むという意思表示であるとみなされる場合もあるからだ。
    2012年7月にトルコを訪れたとき、多くの女性がスカーフを身に着けていたが、スカーフをめぐってそのような論争が繰り広げられていたとはそらなかった。大変勉強になった。

  • トルコ人は人なつこく、自尊心が高く、日本人に友好的。イスラム的な家族観があり、家族の絆が強く個人主義的な部分は弱い。弱者は放っておかない社会的な雰囲気がある。
    ギリシャを退けオスマン帝国に変わって建国されたトルコはヨーロッパ的な世俗国家を目指していたが、奔放な恋愛・性交渉、厳格な個人主義などの文化にはなじめず、近年ではイスラム主義が隆盛し支持を集めている。しかし世俗国家としての原則は微妙なバランスの上に守られている。

    まるごと一冊で概ねトルコの初歩的なことを理解できると思う。Wikipediaなどでは難しい、情報の横の繋がりが理解の助けになっている。

  • 【新刊情報】トルコを知るための53章 302.2/オ http://tinyurl.com/89ycgj5 トルコを知るための53のキーワードを、「古代トルコ」「オスマン帝国の興隆」「帝国の改革と社会の変容」「生活と文化、多彩な系譜」など5つのテーマに分けて解説する。 #安城

全12件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所所長。早稲田大学第一文学部西洋史科卒業後、トルコ政府給費留学生としてアンカラ大学言語・歴史・地理学部ヒッタイト学科に留学。中近東考古学科博士課程修了。留学中からトルコ国内の発掘調査に参加。帰国後、中近東文化センター勤務。1985年よりトルコのカマン・カレホユック遺跡の発掘調査に従事。著作に『鉄を生みだした帝国――ヒッタイト発掘』(日本放送出版協会、1981)、『アナトリア発掘記――カマン・カレホユック遺跡の二十年』(日本放送出版協会、2004)など。

「2012年 『トルコを知るための53章』 で使われていた紹介文から引用しています。」

大村幸弘の作品

ツイートする