マイノリティの「つながらない権利」 ひとりでも生存できる社会のために

  • 明石書店 (2025年1月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (232ページ) / ISBN・EAN: 9784750358536

作品紹介・あらすじ

マイノリティにも、「つながらない権利」はあるはずだ。何らかのマイノリティ属性をもつ人は、必要な情報を得るために当事者コミュニティに行くなどして誰かと「つながらなければならない」のかを、根本から問い直す。

みんなの感想まとめ

多様なマイノリティの視点から「つながらない権利」を考察する本書は、情報を得るために当事者コミュニティに依存することの難しさと、その中でのつながりのメリット・デメリットを深く掘り下げています。著者自身の...

感想・レビュー・書評

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    雁屋優|note
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    マイノリティの「つながらない権利」 | webあかし
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    マイノリティの「つながらない権利」 - 株式会社 明石書店
    https://www.akashi.co.jp/book/b657015.html
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    (yamanedoさん)本の やまね洞から

  • タイトルの「つながらない権利」という言葉に「権利!」とハックを感じ手に取り。

    以前身近にいるひきこもり当事者に「何らかのコミュニティや人と関われるようになる支援などに繋がる努力をしないのか」と聞いた時に「別にそういうものを求めてない。今現在受けてる支援で暮らせているし、周りから見たら気になるかもしれないけど自分はこの状況で結構安心して暮らせてて、繋がりを求めるほうがしんどいから」という意味の返答を得たことがあり、あれはもしかして「つながらない権利」の話だったんではと思ったのです。

    本書はコミュニケーションせず必要な情報を得るための環境や手段を得ることについての考察と提言という一冊と言えるでしょうか。
    ⋯なるほどその視点はなかったなと思うことがまず自分のマジョリティ性なのだなと恥じつつ読み進めていきましたが、第一部については文間から著者自身の怒りがずっと感じられ苦しくなって正直読むのをやめて逃げたくなりました。

    読了後の感想など色々書いていましたが、何を書いてもマジョリティ側からの話になってしまいそうで全部一回消してこれ以上感想を書くのをやめました。
    この視点はこのように提言されないと気づけなかった大切な視点だと思います。
    繋がらなくても欲しい時に欲しい情報をえられる仕組みが、いるいらないをマイノリティーと言われる人たちが自分の意志で自由に取捨選択できる仕組みが出来ればいいのに、と思います。
    行政はまだまだこの視点には程遠いのが現状と思います。

  • 自分の立ち位置としてはマジョリティ側なので、良かれと思って行った事が、相手を苦しめてしまう事があるという事を自覚しつつ、発言に慎重にしないといけないとと改めて感じさせる。
    繋がる事なく、自由に知る事ができたり、手に入れる事ができたりできる仕組みの必要性と難しさについて考える。

  • タイトルの「つながらない権利」という言葉に最初はとても引っかかっていた。人と人とのつながりなしに生きるなんて可能なんだろうか?この社会は人のつながりの中で成立しているのではないか?

    ただ、本書が訴えるのは「誰ともつながらない」などという極端なことではない。困難を抱えた人が当事者コミュニティなしで情報を獲得しづらい、そんな現状の問題点を鋭く指摘していて、なるほどと唸った。

    情報が氾濫するこの社会において、特定のコミュニティに所属せずとも欲しい情報を得ることは比較的容易だ。ただし、それはマジョリティとして自覚なく社会のあらゆる利益を享受できる者の話。アルビノの当事者であり、ASDや性的マイノリティでもある著者のように、複数のマイノリティ性を抱える人にとって当事者コミュニティはかならずしも安心できる場所にはならない。マイノリティが本当に欲しい情報、例えば進学、就職、あるいはもっと身近な日々の生活に必要なことを知るための選択肢はものすごく少ないのだと改めて気づかされる。

    第2章の対話編では、3人の有識者へのインタビューによって論点が整理され、著者自身が捉われていた「能力主義」にも言及される。第1章を読みながら疑問に思ったことや違和感を覚えた点は、2章でかなり解消された。問題意識を発信し、有識者と共に見識を深め、これからの道筋を提示する本書の流れはスリリングですらある。

    マジョリティと呼ばれる側がマイノリティを理解する手がかりにもなる良書だった。

  • 終章で突然出てきた「私の人生は私のためだけにある」という一言に、強く懸念を感じて、書く。その言葉は、この本が積み上げてきた丁寧な対話と学びを根底から覆してしまうものなのではないか?なぜ、どこからこの一言が出てきたのだろう?

    「私の人生は私のもの、あなたの人生はあなたのもの」「私の身体は私のもの、あなたの身体はあなたのもの」「私は私のままで生存していい。あなたはあなたのままで生存していい」、人権、大いに賛同する。能力主義からの脱却、個人モデルから社会モデルへの移行、優生思想に抗い家父長制に抗うこと。いずれもこの本がくれる大切な学びだ。
    しかし、「私の人生は私のためだけにある」とは、前掲の、人権を表す言葉の、真逆なのでは?つまり、他者の人権(他者の存在)を無視してしまっている言葉なのでは?
    もっとはっきり言うと、「私の人生は私のためだけにある」とは、加害者に都合よく使われてしまいかねない言葉だ。

    私の人生は私のためだけに存在していない。
    この社会には、あらゆる他者が、既に存在している。本書が中盤で既に指摘してくれているそのことを認識し他者を尊重することが、大切なのではないか。
    【他者とは、自分に都合の良いモノでも、道具でも、単なる情報でもない。一人一人が尊厳ある存在。】
    【他者に加害してはならない。】
    【私は誰にも加害されてはならない。】
    他者の苦しみや傷つきを看過しないという観点も必要だと思う。他者への敬意という観点も必要。自己中心的ふるまい(利己主義)からの脱却や、責任という観点も必要だと思う。既に人間による理不尽な暴力(性加害・二次加害・SOGI差別等)が存在しているこの社会を、サバイブするために、サバイブできる社会にするために、自分が遭ってきた苦しみに他者が遭わないような社会にするために、良心をもって、繕っていく、社会の理不尽を改善していく、という観点も必要だと思う。
    【自分とはこの世界の「お客さん」ではないし、他者は自分にとっての都合の良いモノや道具や単なる情報ではないのだから。一人一人が、生きて既に在る、存在なのだから。】
    自分が生まれる前も社会は存在し他者は存在し、自分の死後も社会は続き他者の人生は続くのだから。(私のいう他者とは、人間だけでなく動植物やあらゆる存在を想定している)

    万が一、他者を、尊厳ある人間存在ではなくモノと見なしたり、都合の良い道具や情報と見なすようになってしまったら、つまり見下すようになってしまったら、、
    他者を利己的に搾取し無責任に傷つけるテイカーになってしまう。その最悪が極まった先は、
    ハラスメント加害者や性犯罪者になってしまうだろう。
    私に性犯罪した犯人(性的マジョリティ男性上司)はまさにそういう人間だった。マイノリティを、自分に都合の良い道具扱いし、マイノリティに味方するふりして良い評判を得ようとし、マイノリティに取り入り、油断させてから性加害した。私や周囲の人々に抗議されると、犯人は、謝るふりをして、謝罪・償い・更生の約束を果たさずどこまでも自己中心的に逃げ去った。犯人は、自分さえよければいい、他者に犯行して他者の人生を破壊しても何とも思わない、という人間だった。マイノリティを徹底的にモノとして見下していた人間だった。
    他者に加害してはならないし、加害した者は責任を持って被害者に謝り、償い、更生することが必ず必要だ。
    その先にしか、暴力のない社会、【すべての人が】【性加害・二次加害・SOGI差別されず】【安心して安全に】【尊厳ある人生を生きていける】社会は、存在しないだろう。

    ...と、男性との性交を望まない性的マイノリティ当事者であり、かつ、その私のSOGIを知っていた性的マジョリティ男性上司に性犯罪(エントラップメント型性犯罪かつ、LGBTQへの差別を利用したレイプ(ヘイトクライム))されたサバイバー当事者である私は、強く思う。

  • 本書は「つながらない権利」の必要性を主張し、その主張に至るまでの出来事や問題点を提示した問題提起の書である。読後、私はいくつかの複雑な感情とジレンマを抱えた。
    まず印象的だったのは、筆者の怒りや不満といったマイナスな感情が文章に強く込められていたことだ。これは筆者個人の愚痴ではなく、マイノリティが直面する構造的問題への批判的視点から来るものだろう。問題点の多さは、おそらくマイノリティが「あらゆる場面で」つながりの圧力を感じている現状の深刻さを物語っている。しかし同時に、この批判的トーンの強さが、結果的に読者の反感や防衛反応を招いているようにも感じた。
    本書の構造を整理すると、「つながらない権利」という考え方(What/Why)は明確に提示されているが、それを実現する具体的な方法(How)については限定的である。これは意図的なものかもしれない。まず概念自体を社会に提起することが第一段階であり、具体的な方法論は次のステップということだろう。しかし読者としては「では具体的にどうすれば?」という疑問が残り、もどかしさを感じた。
    読みながら私が最も戸惑ったのは、「じゃあどうしてあげればいいの」と思う一方で、その「どうしてあげる」という発想自体が差別的だと捉えられるというジレンマだった。善意で何かしようとすれば「上から目線」と批判され、何もしなければ無関心として批判される。この板挟み状態は、理解しようとする人の意欲を削いでしまう危険性がある。
    本書が示す核心的な問題は、マジョリティによる「無言の圧力」と認識の違いだと理解した。マジョリティが当たり前だと思っている「つながり=善」という価値観が、無自覚に、無言の圧力としてマイノリティにのしかかっている。「なんで来ないの?」という善意の誘い、「ひとりは寂しいでしょ」という心配、「みんなで助け合おう」という呼びかけ――これらは悪意ではないが、「つながりたくない人」「ひとりが楽な人」にとっては圧力になる。そしてマジョリティはそれを圧力だと気づいていない。この認識のズレこそが問題の根っこなのだろう。
    私自身、性的指向はマジョリティに属しており、マイノリティの苦悩についてあまり考えたことがなかった。普通に過ごしていて、アルビノや性的指向、発達障害といったことに思考を巡らすタイミングがない。マイノリティが情報をつかみにくいように、マジョリティ側にも情報がそもそも出回らないのだろう。これがマイノリティ問題の最大の壁だと思う。身近にいないと切実に取り組めない――これは構造的な問題である。
    本書は、マイノリティの困難を知るには適切な本だと思う。ただし、「つながらない権利を行使する具体的方法」を求める読者には物足りないだろう。目的が違う読者には評価が分かれる本である。
    読後、私が感じたのは多くのジレンマだった。個人的にできることは少なく、制度や仕組みの見直しが必要だと思う一方で、では具体的にどうすればいいのかはわからない。完璧な答えはないのかもしれない。ただ、「つながりを押し付けない」という消極的配慮を意識すること、自分が「当たり前」と思っていることが誰かにとっては圧力かもしれないと知ること、そして完全に理解できなくても、ジレンマを抱えながら考え続けることが大切なのだと思う。
    本書を通して、マイノリティについて考えるきっかけを得た。それ自体が、この本の目的を果たしているのかもしれない。

  • アルビノでASDの著者が自分の病気の情報を得るために凄く苦労した経験を元に書かれている。情報を得るには当事者コミュニティが大きな役割を果たしているが、情報が欲しいだけなのにコミュニケーションを要求されるのがかなりしんどいって話なんだけど、障害者で地方暮らしだった私にはかなりぶっささる内容でした。とにかく自分の病気の情報は当事者コミュニティしかないけど、その中でもあまり前例のない私もだいぶ情報には苦労したし、地方だと簡単にはイベントの情報とかも手に入らない。そんな中で私は特にSNSを活用していくことを覚えたけど正直かなり手間だよね。繋がらずとも欲しい情報にアクセスできるといいのに。そうすれば陰謀論も素日も少しは減るのにね。

  • マイノリティ(特に複数のマイノリティに属する当事者)がつながることのメリット / デメリットについて、アルビノ / ASD / セクシュアルマイノリティ当事者である著者の経験から語っている。

    つながらないことで、公的機関以外からの情報(実際の治療・就学就労・ライフハックなど)が得られないことや国が当事者達の活動に寄りかかりすぎていること、日本では「難病」というだけでもばらばらに団体がある状況なのでなかなか活動が大きくならない / その属性の可視化がされにくいという問題点には同感。



    一方で、著者同様ダブルマイノリティ当事者である私は「公的機関以外でもつながる場が少ないマイノリティにとって、つながる場があることはいいこと」だと思っている部分があったので、「ダブルマイノリティにとっては安全ではない場や、“ここは自分の居場所ではない”という場もある」という著者と知人の経験には、言われてみればそういう場合もあるのか……とちょっとショックを受けた。

    もちろん「マイノリティ」と一口にいっても、実際は個人によってその属性の濃淡は違うし、自分と似た人でも考え方や感じ方はぜんぜん違う、ということも少なくない。
    人間は誰でもどこかではマジョリティでどこかではマイノリティだけども、マイノリティをデフォルトとして(公的支援などを受けながら)生きている当事者にとっては、“当事者として当事者コミュニティに属するという生きにくさ”はデリケートですごく難しい問題だ。



    本書は「つながる」ことを一概に否定するものではない。タイトル通り、「ひとりでも生存できる」ために、公的機関以外でも正確で必要な情報をじゅうぶんに得られること、その上でつながる/ つながらない / 必要だけつながる / つながるならどのような方法でつながるのか、などを多数の選択肢から選べることが重要だと思う。

  • 研究書みたいなテイストだった。


    p120
    飯野由里子:人は「違っていて当たり前」。(中略)コンフリクト(衝突)を起こさない方法ではなく、コンフリクトが起きたときにどう対処するかを学校教育でも教えるべきなのに、日本においては、対人トラブルを起こさない子が「いい子」とされます。それでは、コンフリクトに向き合うことのできる大人になれませんよね。
    →「違っていていて当たり前」を前提とする「対話」。「日本に住んでいるのだから同じ前提や認識枠組みを共有しているはずだ」という社会文化的な規範が非常に強い環境にいること+この「対話」の訓練を積んでこなかったことで、マイノリティの立場に置かれて対面コミュニケーションが苦手に感じる側面はあるだろうなと思った。

    p144
    本田秀夫:能力主義は家父長制につながっています。家父長制を基盤とした日本の社会においては、人に優劣をつけて、優位に立つ人が劣位に立つ人を支配する構造があります。家父長制や能力主義に染まってしまうと、劣位に立ったときに自尊心を持てなくなったり、自分より優位に立つ人に物を言えなくなったりしてしまいます。
    →自分も内面化してる気がして警戒したいなと思ったのでメモ✍

    p206
    マイノリティは少数派とも和訳されることもある通り、基本的にその数は少ない。市場原理との相性は悪い。利益が出なくても、たった一人のマイノリティを救うことができるならやるべきという判断も可能な形態で運営しなくてはいけない。マイノリティの「つながらない権利」はマイノリティの中でも周縁化され、後回しにされてきた人のためのものだ。

    p207
    公的資金と事業収入で独立性を確保:
    資金源は公的な資金と情報発信を軸としたサイエンスコミュニケーションによる事業収入を柱としていくのがいいだろう。公的資金は一定の割合まで運営する。(*メモ:自助努力でやるのはおかしい)マイノリティの方を向き続けるサイエンスコミュニケーションであるためには、未だ差別の残る公的機関の意向を聞きすぎず、また、運営が間違えた場合にそれを検証しやり直せるような、独立性と風通しのよさが必要になってくる。
    →独立性のために両軸を、風通しのよさ(事業収入だけに依存しない)のために公的機関を頼る。

  • ・マイノリティが剥がれる恐怖(マイノリティ性のせいにしていたことにつき、同マイノリティの他の人にとって問題となっておらず、その原因がマイノリティ性ではなく個人の問題であった、自分の至らなさにあったと直面したように感じられた現象)
    →しかし、そのような場面でこそ社会モデルの考え方が必要である(対談において呈示された視点)


    ・マイクロアグレッション
    ・つながらなくても情報が得たい、マイノリティについては、つながらないことが、つながることよりデメリットが大きすぎる
    ・ダブルマイノリティにとっては、一つのマイノリティにとってのコミュニティが、もう一つのマイノリティへの差別を秘めた場所であることがあり、安全ではない

  • 自分と同じこと考えてる人がいてびっくりした

  • 【目次】

    はじめに:ここでもまた、コミュ力ですか

     第1部 問題提起編

    1 当事者コミュニティに参加できない/したくない理由
    2 当事者コミュニティの功罪
    3 マイノリティの「つながりたくない」も尊重してほしい
    4 マイノリティの運動を振り返る
     ◆番外編 私が「つながらない権利」を求めるまで――読書の旅を辿る

     第2部 対話編

    1 「障害の社会モデル」の観点から考える、マイノリティの「つながらない権利」
      ――飯野由里子さんインタビュー
    2 発達障害の診察、研究の現場から考える、マイノリティの「つながらない権利」
      ――本田秀夫さんインタビュー

     ◆コラム 生活保護についての解説、受給に関する各種相談機関紹介
     ◆コラム 「能力主義」とは何か

    3 障害開示や特別支援教育の視点から、マイノリティの「つながらない権利」を捉え直す
      ――相羽大輔さんインタビュー

     第3部 解決編

    マイノリティの「つながらない権利」を再定義する
     ◆コラム 「知能」の持つ危うさ
    1 当事者運動は社会に開かれなくてはならない
     ◆コラム 優生思想の正体を捉える
    2 オンライン空間が鍵を握っている
    3 マイノリティのための運営や資金のあり方
    4 マイノリティとテクノロジーの距離は揺らぐ
     ◆コラム 「正しい」情報とは何か
     ◆コラム 多様性という戦略、人権という約束

    おわりに:私のままで生存できる社会を作る

    あとがき

  • 当事者が直面する困難は、そのもの自体の構造は健常者が相対するものと本質的には変わらない。問題は、対処の手段や難易度が格段に違うということなのだと思った。

    個人的には、XR空間のような、自分の障害を含めたアイデンティティを恣意的に捨象し選択して参画できるようなテクノロジーがブレイクスルーになるのではと思ったし、テクノロジーと障害をキーに作られているプロダクトがこの辺りを意識してるのではと今更ながら気づいた。

  • 東2法経図・6F開架:361.61A/Ka67m//K

  • 第132回アワヒニビブリオバトル テーマ「ビョーキ」で紹介された本です。ハイブリッド開催。
    チャンプ本。
    2025.10.7

  • 361.61||Ka

  • コミュ障の自覚があるのでタイトルや帯につられてつい手に取ってしまったのですが、大学生のレポートレベルの内容という感じの本でした。ウェブの連載をまとめた本ですが、とりとめのない内容で他の文献からの引用もなく、わざわざ書籍化する必要があったのか疑問です。もう少し見識を深めてから書いて欲しかった。インタビュー部分は少し面白かったのでそこが救いでした。

  • 終章 今後のあり方について、特にマイノリティの情報プラットフォームやつながりについて、海外での事例などがさらに知りたいなと思った
    資金の部分などでどのように運営されているか

  • つながる、ことを強要される/するのはやはりかなわん。という人、つながることがうれしい人。かなわん側でも生き延びられるようにすることは可能なんだが、そこにはリソースと技術がいる。その分もちゃんと割いてほしい、というのはまっとうなんだが。そこまでしろというのか、と言われそうな気もする。

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