本を読めなくなった人のための読書論

著者 :
  • 亜紀書房
4.12
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本棚登録 : 278
レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750516080

作品紹介・あらすじ

本は
ぜんぶ読まなくていい
たくさん読まなくていい

多読・速読を超えて、人生の言葉と「たしかに」出会うために。
NHK「100分de名著」常連の本読みの達人が案内する読書の方法。

本が読めなくなったのは、内なる自分からのサイン。
だから、読めないときは、無理をして読まなくていい。
読めない本にも意味があるから、積読でもいい。

知識を増やすためではなく、
人生を深いところで導き、励ます言葉と出会うためにする読書。
その方法を、あなたと一緒に考える。

【もくじより】
・読めないときは、読まなくてもよい
・「正しい」読み方など存在しない
・「書く」ことから始める「読書」
・本は、最初から読まなくてもよい
・言葉の肌感覚を取り戻す
・ゆっくり読む
・情を開く

感想・レビュー・書評

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  • 多読や速読など羨んだこともなく、出来るようになりたいと思ったこともない。
    十代の頃は憧れてもいたが、そもそもが遅読のためシフトチェンジも早かった。
    知識や情報を増やすためではなく、人生を深いところで導いてくれる一冊ともしも出会ったら、あとは熟読し咀嚼するだけだ。

    そうは思っていても、良書に出会った時ほどレビューを載せられない。
    こんな稚拙な感想で、とても伝えられるはずもないからだ。
    そもそも著者に対して失礼にあたるのではないか。
    ・・それで、読了から一週間が過ぎた。
    その間ずっと、この本を携えていた。
    外出の際には、鞄に必ず入れた。寝る時も抱えていた。

    おだやかに、やさしく温かく、心の底に語り掛けてくるような若松さんの文章。
    その語り口が、私の背中をそっと押してくれる。
    大丈夫、上手く語る必要はありません。
    読書は個人的な体験です。いかようにも、常にありのままで良いのですよ、と。
    それで私は、おずおずとキーを叩いている。

    著者の文章は、過去いくつもの大学や高校の試験に採用されたことがあるそうだ。
    試験終了後に、問題と報告が送付されて届く。
    しかし、著者でさえ解答できない問題があり、若松さん自身の答えが間違っていることも多々あるという。つまり、一般に言われる「正しい読み方」などなくて、問題作成者にとっての「正しい読み方」があるだけだと言われるのだ。
    『誰もが、自分の読み方が正しくないのではないかという不安を抱えながら本を読んでいる。
     あなただけが心配しているのではないのです。
     誰もがそう感じているのですから、自分を特別視する必要はありません。』

    そしてまた、こうも言われる。
    『正しい「読み」は、あるのかもしれません。しかし、それを完全に実践した人はいません。
     間違っていても良いではありませんか。
     私たちはそれを誰かに強要しない限り、そしてその「読み」によって他の人を軽んじることにならない限り、どこまでも自分の読みを深めて良いのです。』

    この本は「読めない時間」が私たちに何を伝えようとしているのかを、感じるところからスタートする。
    図書館で、あるいは書店で、どこを探したら良いか分からない時は童話か詩のコーナーに行くと良いと。全部読むのではなく、読みたいところから読みたい分だけ読み、気になったところを書き写すことをお勧めしている。
    『私たちに求められているのは、速く、多くの言葉を読むことではありません。
     ほんとうに必要なコトバに出会うことなのです。』
    そして私は、この本の気になった個所をいくつもいくつも書き写した。

    仕事に忙殺されていた時期、心のバランスを欠いてしまった時期、全く本が読めなかった。
    本・コトバではなく、自分にとって必要なものは自分の外にあると思って探していた。焦っていた。
    しかし今は、意味のあることの全ては目の前にあったのだと知っている。
    だからこの本に出会えたということだ。
    良かった。読めない時期は無駄ではなかった。そう思ったら涙が滲んだ。
    タイトルになっている「本を読めなくなった・・」という部分に惹かれる人もそうでない人も、「情報」を入手する読書ではなく「経験」としての読書を望む気持ちはあるのではないだろうか。
    生活のための読書ではなく、人生のための読書に。

    本当に必要なたったひとつの言葉に出会うまで、本は待っていてくれる。
    読書の秋におすすめの一冊。

  • 去年あたりからか、もう少し前からか忘れてしまったけど、以前ほど本を読むということに集中できなくなってきていて、悩みまでいかないけど違和感をおぼえていたので読んでみることにした。

    この本の内容さえもきちんと入って来ずに読んでいるんじゃなくって字を眺めているだけ…という自分にイライラしながら進めていくと、「待つ」そして「書く」ということが述べられていて、そういえば…ブログとかスマホとかで入力はするけど、紙に筆記用具で字を書くということから遠ざかっているなぁ…、それと同時に時間はあるけど家族や仕事がメインで、「自分」だけの時間というのがないし、そういう時間を大事にしていないということに気づかされた。

    読書してブクログやノートにまとめながらも、何かが違うと自分の中に叫びのようなものがあって、それが何かわからずにいた。それがどんどん膨らんでいって変な焦りに変化していった。この本を読んで自分の想いを「紙に書く」というのが、私に必要なことなのだと知ることが出来た。そういえば小さい頃から日記が大好きで毎日だらだらと書き続けていた(毎年必ずスケジュール帳を買って数行は書くけど、本当はもっと書きたい)。本を予約することを控えめにして(無理に読まないゆっくりと待つ)、ノートに数行ずつでも自分の気持ちを書き始めたら、少しずつ何かが見えてきたように思う。まだまだスッキリはしないけど今はこういう時期なんだと自分に言い聞かせながら、自分と向き合うことを大切にして「待つ」ということを大事にしていきたいと思った。

    貸出期間フルに使って延長までしたのに、、、きちんと自分の中に入ってこなかった。とても大切なことが書かれていたのでまた再読したいと思う。

  • まず、タイトルにも魅かれたが、読み進めていくうちに、この著者の読書や人生に対する真面目で優しい、そして深い態度にひかれていった。
    活字も大きく、行間も広く、それだけでも本を読めなくなった人に対する思いやりがあるように感じた。
    本を無理して読む必要はない。それは自分の内からのメッセージでもあり、読めない本にも意味はある。。。本は私たちがいつか戻ってくるまで、じっと辛抱強く待っていてくれる存在だと気づかせてくれる。(コアラ)

  • 今はネット全盛期、スマホも全世代に普及をし、
    改めて読書の存在意義は、何か?この本で語られています。著者の問題意識は、なぜ読まなくなったことから少し視点をずらし、なぜ読めなくなったかに置かれています。この視点は、かなり新鮮なものでした。

    本を読む必要性が、ある人とない人で、大きな格差が生まれていると思います。これは、本を読むのが、良い、悪いとは、違うことです。誰だって、「必要ならやります」。今、読書は、必要なんでしょうか?

    出版業界は、このたった20年で業界規模が半分になりました。新聞も同様です。この減少が意味していることは、なんでしょうか?

    現在家計に占める書籍費の割合は毎月850円です。この数字が、深刻というより、多くの人が読書に価値を置かなくなったことの裏付けできる数字だと思います。本を読む必要性がないと思う人が、圧倒的多数であることは、周知の事実で、「いや、それでも必要性がある」という問題提起は、正直意味ありません。

    〇〇離れを防止するために、〇〇の必要性や意義を語りかける手法というのは、ただ業界が縮小していくと自分達が食いっぱぐれるからでしょう。今、出版業界は、「売り方」だけにこだわり、血みどろの競争をしています。本来は、「在り方」を、問うべきなのに、実体は、如何に読者が求める本を出すかに、必死になっています。いいじゃないかと思いますが、テレビ番組と同様に、実は必要ないのに、なぜか、見られている、売れているというのも書籍には、沢山あります。

    売れる本が良い本というのは、わかりますが、この論理は、自滅につながるというのは、勝てばいい、儲けばいいと考える愚かさと同じです。ただ、自体は、ますます自滅に向かっている気がします。必死に努力をしても、ちっとも良くならない日本と瓜二つです。

    なんとかしなきゃと思い、〇〇離れ自体を、問題にするのは、賢いやり方というより、単なる時間と労力の無駄です。〇〇離れ防止キャンペーンをやる、これは、果たして、有効な方策なのでしょうか?

    本質的な問題を提起しないで、どうでもいいことを、取り上げ、必死に改善し、頑張るのは、日本人の個性と思いますが、それは豊かな時代か、登り調子の時代に許された甘い態度です。今の時代は、もうそんなことが出来る余裕なんてありません。生き残るためには、何をしなければいけないか、それぐらい日本の状況、日本人を取り巻く環境は、切迫していると思います。

    大学教授や企業経営者を使って、読書離れを食い止めることは、それこそ何十年前からあるキャンペーンで、それで何か効果が上がったという話しは聞いたことがありません。

    大学生の勉強時間が世界最低で、
    もちろん読書量も世界最低です。
    根本的な何かが、日本では機能していないと、
    見た方が良いと思います。

    大学教授は、読書をするのが、ほぼ職業と変わらないので、如何にしても今の状況を変えたいと思いますが、それは、説得力があるようで、私はないと思います。ここらへんに、出版業界が抱える大きな問題があると思います。権威が大嫌いなのに、権威を利用して何とかしたい、本当に浅はかな考えだと思います。

    読書に変わるモノが、この数十年年で次々と出現してきました。ネットに代表される新しいメディアは、本を読む行為自体を、あまり意味のないことにしてしまいました。以前それはテレビでした。現在でも、日本人平均で年間1200時間テレビを視聴しています。生活時間を15時間とすると年間80日です。

    以前もテレビが読書を駆逐してしまったと言われましたが、ただ両者は割と相性が良いのか、共存している状況でした。どちらもあるまとまったコンテンツを読者や視聴者と呼ばれる受け手に語りかけるスタイルでした。

    しかしネットは違います。何かを発信したら、すぐにフィードバックがある。これは、読書やテレビよりハマると思います。まるで依存症患者のようになるぐらいまでハマります。ある面では、ユーザーに至福を与えてくれます。その代償はいったい何か?読書とも、テレビとも違うことは、確かです。

    読書は、読み手が能動的に著者の問題提起を理解し、自分なりに解釈する必要がありました。読み手の知性によって、受け取り方が全く違いました。子供向けの絵本が、何十冊の本を読むより、メッセージと優れていることを、経験できる、こんなことは、ザラにありました。

    テレビは、視聴者が一方的に伝えたい側の問題意識を、驚くほどの情報量で、訴えかけられます。視聴者が、その問題を理解するというより、圧倒されてしまう現象が多々起こります。おまけに、ビジネスモデルの中核である企業広告を、これでもかと、見させられまし。それを毎日、毎日、テレビ番組を見れば、何かの感覚が麻痺するのは、当たり前です。

    では、ネットはどうでしょうか?これは、ユーザー同士が双方向に問題意識を投げることができます。しかし、匿名性の特質なのか、問題が理解され、解決に向かうことは、ほとんどありません。必然的にネット世界は、カオスの体をなしています。

    本の世界、テレビの世界、ネットの世界、
    これらをバランス良く「使う」のがいいでしょうが、現実は、「使われる」状態になり、貴重な人生の時間が、どんどん奪われているのが実態だと思います。それをどうするかの答えを何に求めるか、一人一人が真剣に考えなくては、いけないことかもしれません。

  • ゆっくり心に染みました。
    本がうまく読めなくなり、呆然としたことがあったので、同じような方がいるということも、少しホッとしました。

  • 今月本屋で見かけてそのまま購入。腑に落ちるというか、納得できた本。なんと言うか、気が楽になった。以前から量も少ないし、読みは浅いしで、こんなのじゃ本を読んでるとは言えないなと心のどこかで思っていた。だけど、これからも細々とでも読み続けていきたいと思えた。おそらく繰り返し手にする本。

  • 10/27は読書の日
    多読・速読を超えて、人生の言葉と「たしかに」出会うための一冊。

  • 最近どうも本を読み切るのが苦痛だったり、長く感じたり、そもそも読みたいという本に出会えなかった。結果、誰かがいいという本、仕事に必要な本、ベストセラーに走り、本屋さんに行かず、Amazonでばかり買っていた。昔は仕事の帰りに毎日のように書店に立ち寄り、買う日もあればうろうろするだけの日もあった。しまいにはKindleにどんどんダウンロードして積読。Audibleで速度を速めて聴いて読み終える。そんな読書は今の自分に必要なかったのだ。だから読まなくなっていたのだ。

    ハッと気づかされたのは、
    多読がいいことという思い込み、同じく速読がいいという思いこみ。誰かが勧める本が自分に合うとは限らないこと。言葉を、自分に必要な言葉を探すために読書をするのだから、時に立ち止まり、考え、何年かけて読んでもよいということ。

    著者の語り口はとても優しく、まるでカウンセラーの先生の話を聞いているようである。押しつけは一切なく、心が楽になる。

    仕事でも言葉に多く関わる。自分の言葉を育むため、これからは自分のための本、言葉をゆっくりと探そうと思う。
    著者の他の作品も読んでみたくなった。

  • 岩見沢市立図書館 塚谷有加

  • 読書に対する心のつかえが取れた気がする。読んでよかったな〜

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著者プロフィール

若松英輔(わかまつ えいすけ)
1968年、新潟県生まれの批評家・随筆家。
慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」で第14回三田文学新人賞受賞。2018年『見えない涙』(亜紀書房)にて第33回詩歌文学館賞、『美しい花 小林秀雄』(文藝春秋)で角川財団学芸賞をそれぞれ受賞。
その他の著書に『常世の花 石牟礼道子』(亜紀書房)、、『悲しみの秘義』(ナナロク社)、『霊性の哲学』(KADOKAWA)など。

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