- 亜紀書房 (2020年9月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (312ページ) / ISBN・EAN: 9784750516608
作品紹介・あらすじ
私たちが暮らす世界では、なぜ〝ことば〟がここまで空疎なものになってしまったのか!?
森友・加計、検事長の定年延長をめぐる数々のデタラメ、新型コロナウイルスをめぐるアレコレ、世界を、日本を跋扈するポピュリストたちのワンフレーズ、機能不全に陥っているメディア……。
世の中を真摯にそして斜めに睨みつづける〈至高のコラムニスト〉が、雨後の筍のごとく湧いて出る様々な問題を、舌鋒鋭く、ユーモアいっぱいに斬り捨てる!
——あえて、ムシ返すことにする!
みんなの感想まとめ
言葉の空疎さや社会の問題を鋭く切り取ったコラム集は、政治やメディアに関する様々な出来事を振り返る機会を提供します。著者は、森友学園や加計問題、さらにはコロナウイルスに関連する発言など、記憶の片隅に追い...
感想・レビュー・書評
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ここ数年の間に、雑誌などに書かれたものを集めたコラム集。安倍前総理をはじめとする、政治家、あるいは政治そのものに関すること。また、マスコミ、メディアに関することが多く書かれている。
森友学園問題、加計問題、中央官庁の障がい者雇用水増し問題、色々な事件でのデータや記録改竄・廃棄問題、麻生大臣の武漢ウィルス発言問題、等々。他にも同程度の問題が沢山。
本コラムは、こういった問題に関する記録にもなっているが、あらためて、これらに関するコラムを読んでみると、一つ一つの案件のひどさ・馬鹿馬鹿しさについてが思い返されると共に、殆どのことについて、既に忘れてしまっていたことに驚いた。もちろん、コラムで読んでみると記憶はあるが、普段思い出すこともしないという意味で忘れてしまっていた、ということ。
小田嶋隆も本書の中で書いているが、私たちは、こういった、よく考えれば酷いことに、慣れてしまって、いちいち怒ることもなくなってしまったのかも知れない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2020年発行の本なので、話題が古いけれどおもしろい
4年間って意外と多くのことが変わるんだなと思った -
短期間であまりに色々と起こり過ぎていて、ほんの少し前の大きな問題でも、ああそんなこともあったな…とずいぶん昔のように感じてしまった。
まだほとんど未決着/未解決だというのに…。
小田島氏の言葉で納得をしたり、新しい見方ができたりしたのは良いのだけど、一層この国どうなるんだと憂鬱にもなる。
が、自分で狭めてしまっていたところに思い当たり、少し息がしやすくなったこともあって、読んで良かった。
「理解」という言葉の使われ方の変化にはハッとした、私も注意深くなろう…。 -
超面白かった!一家に一冊だな。小田嶋氏と飲んでみたかったな。小田嶋氏が今の統一教会や裏金にまみれた自民党をみたらどんなコメントするのだろうか。きっと全然驚かないんだろうな。
表紙の絵も秀逸。 -
本屋で並んでいる表紙を見て,図書館にリクエストして届いた本を楽しみにして読み続けて,「ああ,日本語に関する本でなく,政治エッセイだったのかぁ」と思いつつ,「あ,この表紙のイラストを見て,安倍さんの『日本を取り戻す』をからかっている・『語』の背景になっているのが『アベノマスク』だぁ」,「経済の専門家でない」「政治の専門家でもない」と言っていて,「何の専門家?」と振り回され,随分,話題が古いなぁと思いつつ読み終え,奥付を見たら2年前の発行で吃驚!!~(エッセイですから・気になった言葉だけ並べると)「アカピ」「ダサヨク」「ジャーゴン」「マスゴミ」~調べたら,小田嶋さんは同い年で北区出身,小石川高校卒。おっ,友だちの友だち位の近さだ。早稲田大学,おっと同窓。教育学部社会科・・おぉ。2022年6月に亡くなっている,若いなぁ・・・。あ,なるほど! 書店員に小田嶋ファンが居て,出版社の働き掛けがあり,目立つ所に置いて売って得て印税を香典代わりにしようとしたんです・・・か?? リクエストして市に買わせたから,多少は協力したネ
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内容の前に「この表紙、どうなの?」って話です笑。
待ちに待った当代随一のコラムニスト小田嶋隆さんの新刊。
森友・加計問題や検事長の定年延長を巡る政府のデタラメ、世界と日本を跋扈するワンフレーズの罠、凋落する一方のメディアを俎上に載せ、バッタバッタと斬りまくる。
内容も痛快ですが、ぼくは小田嶋さんの文章が好き。
先日、読了した武田砂鉄「わかりやすさの罪」ではないですが、理路整然では決してない。
いや、どちらかと言えば分かりにくい方ですが、小田嶋さん自身の思考の痕跡がしっかり見えて、誠実で信頼できます。
逆に、借り物の知識で理路整然と語られるコラムほど退屈なものはないですね。
小田嶋さんが使う言葉もしばしば難しいです。
一般に、文章は、難解な言葉を用いず、簡潔・平明に書くことが良しとされています。
私も9割方支持します。
中には、背伸びをして難しい言葉を誤って使い、自爆している向きもありますが、これなどは絶対に回避すべきでしょう。
でも、小田嶋さんは敢えて難しい言葉を用いている節があります。
そうやって文章を引き締めることで、小田嶋さんの最大の魅力であるユーモアが引き立つ効果があるのですね。
小田嶋さんは、本当に文章がうまいと思います。
コラムを書かせて小田嶋さんの右に出る人は、少なくともアジアにはいないんじゃないかしらん。
では、私の好きなコラムを1本、本書から紹介するとしましょう。
タイトルは「サッカー監督に聞くべきは」。
◇◇◇
面白い動画が流れてきた。
画面に出て来る主人公は、サッカープレミアリーグ(イングランド一部リーグ)で首位を独走するリバプールFCの監督、ユルゲン・クロップ氏だ。クロップ監督は、パネルの前で記者の質問に答えている。そのやりとりが水際立っている。記者がコロナウイルスについての考えを質す。と、クロップ氏の回答はこうだ。
「私は、政治やコロナウイルスのようなシリアスな問題について、サッカー監督の意見を聞きたがる風潮が理解できない。私は素人だ。有名人だからという理由で私の意見を尊重する必要はない。ごらんの通り、私は野球帽をかぶった、自分のヒゲをきれいにしておくことさえできない男なのだからね」
なんと見事な回答ではないか。
実際、クロップ監督とて、コロナウイルスについて、自分なりの見解を持っていないわけではないはずだ。しかし、彼は自分の意見よりも、サッカー監督たる自身の立場をより重要視している。まったく完璧な自己省察だ。
対照的なニュースがある。3月2日に放送された民放のワイドショー番組で、吉本興業所属のお笑いコンビ「ブラックマヨネーズ」の吉田敬氏(46)が、与野党の政治家の発言を断罪したというお話だ。発端は、麻生財務大臣が新型肺炎をめぐる臨時休校要請の質問をした記者に対して「つまんないことを聞くねぇ」と返したことだった。これに対して、立憲民主党の蓮舫参議院議員がツイッター上で「貴方にとっては『つまんないこと』なんでしょう。でも、親にとっての費用負担はとても大きいものです」と噛み付いた。で、両者の発言をとらえて、吉田氏は、放送の中で以下のように述べたわけだ。「麻生さんからしたらホンマしょうもない質問なんでしょうけど。そこを我慢もう一歩してほしいし、そこの揚げ足をとってうわぁーっていう蓮舫さんといういつもの流れ。もう、ええわって。どっちも0ポイントというか」
ま、要するに「どっちもどっち」てなことで、麻生氏と蓮舫氏の双方の発言を相対化した定番のコメントだ。
吉田氏のコメントに賛同する人もあるだろう。逆に、反発を抱く視聴者もいるはずだ。しかし、問題はそこではない。見解の当否は、この際、どっちでもよい。
重要なポイントは、しゃべりは得意かもしれないが、政治やウイルス対策の専門知識を持っているわけでもない人を連れてきて、国会議員の答弁やツイートを採点するがごときコメントをさせ、それで番組を作ることにある。
しかも、そのコメントは、テレビ電波を通じて全国に流され、のみならず、スポーツ新聞がそれをネタに記事を書く展開が約束されていたりする。つまり、われわれは、お笑い芸人であるというだけの素人の台詞を、新聞で読まねばならない国に住んでいるわけだ。
思うに、お笑い芸人をコメンテーター席に座らせて、政治経済外交防衛いじらせて番組を進行させる手法は、21世紀にはいってから顕在化した、「24時間総バラエティ化」の一環だ。実際、今回のコロナウイルス関連でも、お笑いの人間の意見が、最も大きな影響力を発揮していたりする。
いや、笑いごとではない。
われら一般国民がテレビを見て笑っている限り、いずれ、この国は、世界の笑いものに成り下がっていく、と、私は思っている。 -
人気コラムニストの単行本ですが、2022年と
なっては若干古い気がする、安倍政権につい
で書かれた内容が大半です。
なのでタイトルの「日本語を取り戻す」とい
うのも、安倍政権のキャッチコピーであった
「日本を取り戻す」をもじっています。
しかし岸田政権の今であっても読むに値する
内容です。
それは著者の主眼は「日本語を取り戻す」こ
とを目的としているからです。
政治家を筆頭にマスコミも含めて、ここ10年
ばかり、言葉がぞんざいに扱われている、と
著者が感じているからです。
政治家は意味不明な答弁、マスコミは些細な
言葉の揚げ足取り、と言葉を大切にしていな
いと著者は嘆きます。
それだけに本書に掲載されたコラムは言葉に
向かい合って、丁寧に論調が繰り広げられま
す。
自分が発する言葉を大切にしたくなる一冊で
す。 -
表紙のデザインが秀逸やなと思う。
結構さくっと読めるかなと思ったけど、なんというか今の世のヤバさを改めて感じることとなり、結構読むのもしんどかった。。
必ずしも小田嶋氏の言うことにすべてが賛同というわけではないけども、おおむねは筋がとおっていて真っ当だと思った。
議論の内容から一歩引いた目線からものごとを見ているトピックもあり、そういう見方ができるんだなと新しい視点に気づくことができた気もする。
安倍政権はもちろん、政治家とかメディアとか、いろんな人たちがいかに日本語を壊してきたか、そして私達がそれを許してきたか、
政治家の答弁の時間かせぎにつきあって、無駄な時間を費やしてしまったのかと思うとクラクラする。。
許したくないけど、私たちは、一体何ができるのかなあ。。「なかば諦め」的なことばがこの本にも何度か出てきていたけど、私も同じ気持ち。。諦めたらあかんのやけどね。。。
個人的には24時間バラエティ化というのはすごく思う。。むかしは芸人さんがニュース番組とかワイドショーとか出るにしてもちょっとスパイス的な感じな立ち位置だった気がするけど、いまはもうワイドショーとか芸人ばっかり。専門家の知見のある人の話が聞きたい。。まともなニュース番組はほぼない。まっとうなニュース番組を見たいよ私は。。。
わかりやすかったり、情報をゲットしやすかったり、叩きやすくてオモシロイ、そういうネタにメディアが食いつきがち。楽な方に流れていっている的な内容にはなるほどなーと思った。。この国にジャーナリズムはないんか。。。
言葉って大事やなと思う。言葉と責任。日本語、取り戻したいね。。。
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いちいちごもっとも!
さすがコラムニスト!
言葉に敏感ですね。
一番強い印象は「安保関連法案に対する理解が進んでいない」というクダリ。
何となく聞き流していたけど、国民を確かにバカにしているよね。ちゃんと理解していたから、反対した人がたくさんいたんだよ。
憲法改正(改悪?)議論もそんなふうに片付けられたら、声を上げなくてはならない! -
面白い!東日本大震災からコロナ禍までのコラムを集めた、4年前発行の本。表紙の通り、当時の政権を斬り捨てていますが、ただ罵倒するのではなくユーモアや自戒を加える語り口はさすが稀代のコラムニスト。もっと長生きして欲しかった…
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何気ない言葉から世の中を分析。
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この、安倍さんやその政権の諸々の担当者が作った無意味な日本語を垂れ流す事態は、その後の首相やその政権の担当者たちが変革し、日本語を取り戻すことができたのだろうか?
いやいや、そんなことは決して無いのだろう。
願わくば、この著者の遺志を継いだ人が同じテーマでこの本の続編を出してもらえないものだろうか。に、しても惜しい人を亡くしたものだ。 -
システム思考という名前を最近知った。それができていることがこの先を生きていくために重要だと。
この本の著者はそれができている。出てきた奇天烈な言動に反射的な批判を繰り出すのではなく、それが別の場所で生じさせる影響や時を経て生じる影響まで思いを致して、文章に綴っている。だから、エッセイストとして一流なのだと思う。
題材となった色々はまだ解決しておらんので、まだ古びてはいない。今となっては貴重な一冊である。 -
一言、面白かった。
小田嶋さんの書物は初めて。コラムニスト独特の出来事に対する切り口、感じかた、その変化球的な伝え方は、他のコラムニストでもありますが、ユニークさと自虐的なこと、相手をいじり、ここぞというときはこれでもかと言うくらい書きのめす。
「日本を取り戻す」は、安倍元首相が使ったフレーズ。主語や目的語等何もない。とは言え、戦後進駐軍に押し付けられた憲法は、彼にとっては(お祖父さん)出来損ないと考えていたのでしょう。で、憲法改正を高らかに唱えることを、少し逸らして言ったフレーズなのでしょう。
これに限らず、安倍元首相から発する言葉は、エモーションに訴えるものが多く、実はさっぱりわからない。そこで「日本語を取り戻す」となる。
表紙を飾る小マスクのおじさまは、誰だか容易に推察できる通りで、中身もほぼ安倍元首相に対するコメント。
既に自分の脳には新しいニュースが上書きされていたため呼び戻す必要があったが、思い返すと全く共感出来る所が多く、膝をたたくとはこう言うことね と感じ入った。
権力側ではなく一般庶民の側に立った意見は必要。
どちらも鬼籍に入ってしまったが、違った世界てもバトルを繰り広げているかも。
少し気になったことば、
行政文書の記録や保管、政治資金の正直な報告を蔑ろにした。みた政権中枢メンバーは、正確な日本語を使い、公の場でウソをつかないという、大人として守るべき規範をかなぐり捨てた。でもって、血統と人脈とおべっかと忖度ばかりがものを言う前近代がよみがえりつつある。文化と社会の破壊だ。
データの一滴は血の一滴。政権幹部ならびに関係省庁の官僚たちが、野党の質問に対し殆ど全く誠実な回答をしようと言う意思を見せていない。「総理の強いご意向」を示唆する文書の存在が報道された時の菅官房長官の言葉は「怪文書」として、最後まで取り合わなかった。
「アベノミクス」が、経済政策として機能する前に、むしろ経済政策を隠蔽する用語として見事にその役割を果たしている。これは総理の名前を冠しただけの「オレオレ経済政策用語」だ。いきなり持ち出された総称は、その内部に畳み込まれた未検討の内容をまんまと隠蔽してしまう。「シェフの気まぐれサラダ」みたいなもので、レシピの内容を類推することさえ出来ない。見出しだけで全て分かったけど気になる「思考停止ワード」の典型だ。内容が軽薄で且つ語呂が好い。しかも反知性主義をかかえた経済無関心層に、居心地の良い思考停止をもたらすための好適なスイッチとなっている。そしてネット上では安倍シンパとアンチ安倍を仕分けるためのリトマス試験紙として扱われる。
理解という言葉を多用するのは基本的に「異論」を認めない人間だ。と言うのも「理解」と言う言葉の前後には、自分の側がものを教える立場で、相手側が教えを乞う立場だと暗黙の前提が横たわっているからだ。そして上から目線での立ち位置で、理解しない人間を予め軽蔑する準備を整えている。
小池百合子都知事のメディア操作術を「あいうえお」で表現すれば、あざとさ、いかがわしさ、うさんくささ、えげつなさ、おしつけがましさに集約されるだろう。
世界を動かしているのは真相ではない。我々の心を動かすのは印象であり憶測であり予断であり不安だ。
忖度システムの中では、何らかの不都合が生じた場合、ボスの目配せを「忖度」して「指示」に翻訳した現場の人間が責任を負うことになっている。一方「揚げ足取り」が横行する報道の現場では、「真意」の凶悪さより、「言語運用の稚拙さ」の方がより大きな罪として断罪される。何と馬鹿馬鹿しい話だ。
小泉新大臣の演説はある意味見事だった。あれほどまでに内容希薄な話を、あれほど自信満々な語り口で言い切ることの出来る政治家は、近年では珍しい。昔小泉純一郎と言う政治家がいたが、あの人以来ではないか。
お笑い芸人をコメンテーター席に座らせて、政治経済外交防衛いじらせて進行させ、我々一般国民がテレビを見て笑っている限り、いずれこの国は世界の笑いものに成り下がっていくだろう。
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はじめて著者のコラムを読んだのはバグニュースというパソコン雑誌だった。80年代半ばで高校生の頃だった。独特の語り口と考え方にすぐ夢中になったが、就職してからは疎遠のままであった。
訃報を受け、久々に著者の作品を手に取った。題材は社会的なニュースになり、より広範な人たちに向け警鐘を鳴らすような内容に変わったが、切れ味のある論評と小粋なユーモアは変わらない。
冥福を祈ります。
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ずっと気になっていながら、結局追悼的に読む感じになってしまった。まだまだお若かったし、そんなに体調が悪かったとは知りもせず…。ちなみにこの☆5つは、追悼抜きでの感想。思えば、この表紙の人のあまりに貧しい言葉遣いとかも、小田嶋さんのつぶやきで知ったことも多かったし、鋭いツッコミに『我が意を得たり』って思ったことも数知れず。そんな氏のコラム集が面白くない訳はなく、もっともっと小田嶋節を!っていう渇望が抑えられない。
著者プロフィール
小田嶋隆の作品
